第六十一話 少し違う言い掛かり
事前の用意が全て完了していくらかが経った頃。
クレインがそろそろかと思った時期に、狙い通りの使者がやってきた。
「当家の衛兵隊五十名を虐殺したこと、断じて許し難し。義によって、悪逆無道の子爵家に対し宣戦を布告する!」
そんな内容の手紙が届き、通知を持ってきた使者は正統性をアピールしている。
過去とは状況が変わっているが、特に影響は無い。
使者の言い分も手紙の文面も、クレインがどこかで見たことがある内容そのままとなっていた。
「衛兵隊? 何か月か前に領内で暴れようとしていた盗賊団のことか」
どういう名目で仕掛けてくるか多少興味があったクレインだが、蓋を開けてみれば今回も完全に言いがかりだった。
使者を出迎えるために周囲へ居並んだ家臣たちも、同席している王宮から派遣されてきた役人たちも、これには失笑するしかない。
しかしそんなことにはお構いなしで使者は続ける。
「盗賊団? 言い逃れはやめてもらおう。
「ああ、はいはい」
確かにクレインは盗賊を討伐させた。
それが他領の兵士だと言うなら、兵士が殺されたという結果は残る。
しかし今回は領内で攻撃を受けており、領内の村を防衛する形で全滅させたのだから攻め入った事実は無い。
もちろんランドルフは大暴れしたが、味方の兵士を敵の背後に回り込ませて、誰も逃がさずに仕留めているのだから越境しているはずもない。
この点については王都から出向してきた役人たちも、何人かが事件調査のために現地を確認済みだった。
だから使者の話がおかしいことは、この場のほぼ全員が承知の上となっている。
つまり初手から外堀を埋めてあるので、あとは流れ作業だ。
クレインも無駄だと知りつつ、一応は聞く。
「彼らの装備品は盗賊討伐の戦利品として押収してあるが、粗末なものだったぞ。あれは本当に正規兵なのか?」
「なんと無礼な! 我が領の兵士は、金貨50枚相当の装備が標準だ!」
装備についてはクレインも直に確認したが、廃棄予定の武具と言われても納得ができるほどボロボロだった。
「で、仮に装備が高級だったらどうなるかな」
「当然、賠償に含む。金貨2500枚の上乗せだ」
鋳溶かして日用品にするしか使い道が無いので、手間を考えれば金貨どころか銀貨2500枚になるかも怪しいところだ。
それに過去では新兵の訓練用装備にしていたが、今回の人生では装備が整っているので、転用の必要も無かった。
「そちらでは、兵士の装備は自弁だろう? 普通は遺品を買い取って、遺族に返還するのが道理だと思うが」
「そんなことをするわけがあるまい」
むしろゴミ処理にかかった費用を請求したいクレインだが、ここでも一度聞き返してみる。
兵士の遺品に返還要求をするでもなく、家への弁済を求めるのはどういうことかと。
「戦力を失った当家へ、補填の支払いをするのが当然だ」
「……殉職した兵の財産を取り上げるような真似は、いかがなものかな」
捕虜の身代金と同じような扱いで、戦いで散った兵の遺品の買い取りをするケースは多い。
徴兵した農民の遺品はほったらかしにする貴族が多いが、正規兵なら従士の家柄であることも多いので、配下への配慮で取り戻すのが慣例だ。
まともな兵士が殉職したなら、遺品の回収は家で行うはず。
むしろ男爵家が金を払え。
クレインがその理論で話をしてみれば、使者はあっさりと拒否した。
「これは……」
「うむ……」
そして「遺品はどうでもいいから賠償しろ」という理屈を聞いて、王都出身の武官たちは顔を顰めている。
中央に近いほど名誉を気にする性質があるので、英霊や遺族に敬意を払わない考えの者には嫌悪感を抱いていた。
沙汰を下すであろう中央の人間の心象を傾けながら、クレインは更に切り込む。
「そもそもの話だが。各自で持ち寄った武具の価格が、一律で金貨50枚なんてことがあり得るのか? そちらで手配したわけでもないだろうに」
「情報が古いな。当家が主導し、統一した最新の武具に入れ替えさせたのだ」
そこで言葉を切った使者は大仰な仕草で手を挙げ。
堂々と、自信満々に、クレインを指して言う。
「情報網が狭く、時流を読めぬ者は破滅するのみ――それは歴史が証明している!」
「……っ」
クレインからすれば驚くべきところだが、この発言には珍しくマリウスが噴き出しそうになっていた。
彼からすれば今年一番と言えるほど面白い発言だったからだ。
既に小貴族連合側の各家に対して、調べは完了している。
兵数、装備、兵士の状態、指揮官の性格、各家の当主の趣味や嗜好まで。ありとあらゆる情報は丸裸にされたあとだ。
対する相手は子爵側の戦力を知らないどころか、王子と領主がかなり近しい間柄であり、王宮から人材の支援を受けていることすら知らない有様である。
これで情報網について語るなど、意図的に笑わせようとしているとしか思えない。
そうは思いつつも、公式の場なのでマリウスは真顔を維持した。
「……あー、盛り上がっているところを悪いが、ご託はもういいだろう」
「何だその物言いは!」
「逆に聞こう。男爵家の使者が子爵家の当主に、その物言いはいいのか?」
引き出せる情報も無いのだし、ここは適当に流していい。
クレインも何だか嫌になってきたので、早々に話を切り上げようとは思いながらも聞いてみた。
歴史の浅い男爵家の人間が、格上相手にどうしてそんなに偉そうなのかと。
「当然許される。こちらが被害者であり、謝罪を受けるべき立場にいるからだ」
「そうか」
無理筋な主張だろうと関係無い。使者は尊大な態度でふんぞり返ったままでいる。
結局のところ連合を組めば勝てると踏んでいる彼らは、もう名目など気にしていないことだけは明確になった。
言いがかりでも何でも滅ぼしてしまえば関係無いと踏んでいるし、それはクレインも知っていたことだ。
「あ、この段階で賠償金も請求してくるってことは、微妙に違うか?」
「何の話だ!」
「こちらの話だ」
以前この状況になった時は、単に宣戦布告をされるだけで終わっていた。
しかし賠償金に上乗せという話をしているのだから、もしかすればこの話し合いで
もちろん戦勝後に請求する腹積もりだったのかもしれないが、領地が過去よりも大きくなった分、多少の脅威は感じているのだろうか。
この流れを見たクレインの感想はそんなところだ。
結果は決まっているからと話し合いを流していたクレインは、賠償による手打ちを避ける方向に誘導しなければと――多少頭を使う。
「まあいい。お前ら如き怖くもないからな。そんな要求を呑む気は一切無いし……まあ、攻めてくるならご自由に?」
頭を使うと言っても煽り文句を考えただけだ。
相手はプライドが高いと知っているので、侮ってやるだけでいい。
狙い通りではあるが、使者はみるみるうちに顔を赤くして一気に冷静さを欠いた。
その様を間近で見ていたクレインは残念な気持ちを抱いている。
もう少し我慢のできる人間を使者に立てた方がいいのではと、小貴族たちが抱える人材の層が薄いことへ軽く同情を覚えるほどだ。
「宣戦布告の手紙を持って来たのに、戦う前から和睦の話を持ち出す勢力なんて怖くもないだろう」
「貴様! 言わせておけば傲慢な!!」
「し、子爵!?」
突然喧嘩を売り返したクレインに、中央から来た文官たちは驚愕した。
しかしこの使者はどれだけ怒らせても構わない。むしろ激怒しているくらいがちょうどいい。
そんな思惑で、クレインは追加の煽りを入れていった。
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