第六十二話 予定通りに作戦へ



「誰が和睦をするなどと言った! 滅ぼしてやるから覚悟しておけ!!」

「ま、待たれよ……!」


 クレインの挑発に乗った使者はいきり立つが、「滅ぼしてやる」という発言は完全にアウトだ。

 これには王都から来た文官組が頭を抱えている。


 水利権の取り合いなどで、隣接する領地間の小競り合いが起きるくらいならいい。

 その程度の問題にいちいち構っていられるほど、彼らは暇ではない。


 ほどほどに殴り合って、適当に決着をつけるくらいなら問題は無いのだ。

 しかしそれが総力戦になるのであれば話は変わる。


 味方同士で滅ぼし合えば他の地域にも動揺が走るので、余程の理由が無ければ止めに入ることになるのが常だ。

 その顛末を、王都にいるもっと上の役職者へ報告する必要も出てくるだろう。


「あ、あの、子爵、ここは冷静に」

「冷静になって――どうするんだ?」

「……いえ、その」


 しかし話に口を挟みかけた青年の役人は、クレインから真顔で聞き返されて言葉に詰まる。

 彼らは争いを止めるべき立場だが、どちらをどう止めればいいと言うのか。


「覚悟しておけ! 命乞いをしても、もう遅いぞ!」


 問題を持ち込んだ方の使者には話が通じそうにない。

 原因となっている側は金に目が眩んでいる節があるので、理屈での説得は無理だ。


「命乞いは、弱い方がするものだろうに」

「なんだと貴様!」


 話が分かりそうなのはアースガルド側だが、こちらは当主のクレインが彼らの主君であるアレスと親密な上に、今回の件では完全な被害者だ。


 現状ではクレインが直属の上司に当たるし、この理不尽を我慢しろとも言えない。


 クレインが意図的に挑発しているなどと分かるはずもないので、役人からすれば、突然の無礼に対して相当怒っているものだと判断された。


「あの……。いえ、何でもございません」


 交渉しろと言っても賠償金の交渉になる。やってもいない事件の非を認めて、謝罪の上で金を払えなどと言えるわけがない。

 だから結局どうともできなかった。


「よし、話は決まったな。戦うというなら受けて立つまでだ」

「その大言壮語、忘れるな!」


 しかし煽ることはないだろうと恨めしい顔をしている青年に罪悪感を覚えつつも、クレインにとってみればこうするしかない。


 領内の森林を拓いての開拓作業が急に進むはずもないし、荒れているとは言え、整備された土地が合法的に入手できる機会はここだけだ。


 虐げられている民草を救うためという、クレインの中にしかない大義もある。


 万が一でも和解に舵を切らせるわけにはいかないので、クレインからも喧嘩を売っていく必要が出てきてしまっていた。


「使者がお帰りだ。出口までご案内して差し上げろ」

「……では、私が」

「いらん! ええい、どけ!」


 広間の出口付近にいた役人を突き飛ばして、使者は出て行った。

 しかし、尻もちをついて呆然としている男は、代々中央で官僚をしている男爵家の出身だ。


 こんなぞんざいな扱いを受けたのは人生でも初めてで、唖然とした顔をして固まっていた。


「知らぬとは、恐ろしいことですね」

「ああ、無知っていうのは何より怖いよ」


 ブリュンヒルデがポツリと呟いた意見には、クレインも同意するしかない。


 どういうことかと言えば、小貴族たちは喧嘩を売っている子爵家当主の顔すら知らないのだ。

 この襲撃が発覚した場合に、王宮がどういう対応を取るかもよく理解していない。


 その上で、この場に王宮から来ている人間が何人もいるなどと、思いもしていないことだろう。

 使者は突き飛ばした男を子爵家の家臣と認識していたが、実際は申し開きをする相手の交渉窓口だ。


「見事に仲裁の目も消えたな」

「ええ」


 これでどう転んでも庇われはしない。

 仮にアースガルド家に勝利したとしても、お家取り潰しは確定したようなものとなった。


「見た通りだけど、近場の小貴族たちは大体同じ思考をしているんだ。領地のすぐ傍にあんな勢力を放置しても、良いことは無いだろ?」

「左様でございますね、クレイン様」


 話を振られたブリュンヒルデは特に感慨も無く肯定したが、彼女の元にはアレスから「クレインの好きにさせろ」と命令がきている。

 アレスにはやり直しの経緯を残らず話してあるので、この戦いも先刻承知の上だ。


 戦後の計画まで含めた相談は終わっていたので、喧嘩を売られる・・・・用意は完璧にできていた。


 また、クレインは作戦のついでとばかりにアレスにも頼み事をしており、近衛騎士を5名ほど借りる予定となっている。


「殿下も快く貸してくれたし、最後の小道具もセットで付いてくるか」

「抜かりはございません」


 クレインも正式な装備で送り出すように依頼はしたが、彼らは別に戦わせるわけではない。

 強いて言えば役者というか舞台装置だ。


「殿下の後押しも得られたし、これで全部の用意は済んだな」


 この策で流れが変わり中央側に動きが出るようであれば、アレスの方で対処するという密書も届いているのだから後背も万全だ。

 仮に失策すれば自害してもう一度試すだけなので、どうなったところで彼に敗北は無い。


「こうして考えれば、やっぱり反則の力だけど……まあいいか」


 本来の時期よりも前倒しで時渡りを発動させる可能性がある、アクリュース王女が絡む問題では慎重に動く必要がある。

 又は打てる対抗策が多く、どんな返し手も選べる一大勢力が相手ならば、何度も繰り返す必要がある。


 しかし実行可能な作戦に限りがある、中小勢力を相手にした場合のクレインは無敵なのだ。


 自分の持つアドバンテージはやはり大きいと再認識しながらも、まだ難易度の低いここは通過地点だと、彼は改めて認識した。


「こんなこともあろうかと備えてきたんだ。さっさと片付けよう」


 情報集めから根回しから、実際の作戦から戦後の再建計画まで入念に準備をしてあるので、クレインにはもう勝ち過ぎることへの心配しか無い。


「では先生、お願いします」

「そうだね、段取りは任せてもらおう」


 前回の戦いと大きく違う点があるとすれば、敵を罠に嵌める準備を盛大に整えた点だ。

 何より立案者へ、クレインより遥かに軍略に優れるビクトールを据えてもいる。


「ハンス隊とバルガス隊は、所定の作戦行動に移ってくれ。マリウス隊も予定通りに行動開始。文官たちは領内に徴兵の布告を回してほしい」


 これまでの人生と比較しても、過去最大規模の人間を動員する。

 大掛かりな作戦を前にしたビクトールは、それでも普段通りの態度で、淡々と指示を出していった。


「マリウス隊は戦中から戦後にかけて、最低でも1ヵ月は借りるね」

「ええ、承知しています」

「あとは日雇い人夫を雇う関係もあるし、商会長たちとも打ち合わせをしようか」


 既に密偵たちは各領へ潜入をしているし、流民に扮した彼らを敵軍に紛れ込ませる予定で動いてもいる。

 マリウス本人を動かす理由はクレインも聞いていないが、そこは丸投げしていた。


「エメット君には特別任務だ。成功する可能性は高いけど危険だからね。武功の稼ぎ時だよ」

「……お任せください」


 むしろここでマリウスに別任務が与えられるからと、外交部長に就任したエメットには別な仕事が舞い込んでいた。


 彼の任務は一番危険な箇所になるが、主君と師から連名で頼まれれば断れない。

 恐らく一番割りを食っているであろうエメットを尻目に、ビクトールは話を締め括りにいく。


「当日の先陣はランドルフ隊に。その他は特段の心配も無いと思うけど、細かい動きはクレイン君の采配で頼むよ」

「分かりました。主戦場は任せてください」


 敵軍が布陣を終わらせた段階で、ランドルフ隊だけを一度前に出す。


 最精鋭部隊を前面に押し出す予定ではいるが、詳細はまだ武官たちにも知らされていない。

 これは間者対策というよりも、やることが多いので分業した結果だ。


 というかクレインに上手く説明できないので、成り行きを見せるのが一番早いという状態だった。


「さあ、戦いだ。予定通り・・・・作戦に取り掛かってくれ」


 しかし配下たちに詳細は分からないとしても、綿密に計算された上での展開なのは確実だ。

 クレインが堂々としていれば、家臣にも不安は無い。


 威勢のいい声こそ返ってこないものの、彼らの顔には自信が溢れていた。



――――――――――――――――――――


 道幅、地形などの測量&工兵隊動員。

 日用品、旗、楽器などの大量発注。


 王都から近衛騎士数名を召喚+アレスのバックアップ。

 密偵たちを貧民に変装させて、小貴族家の領地と軍に潜入させる。

 動員規模が過去最大。


 イケメンのエメットが一番割りを食う。

 ランドルフが頑張る。


 使えるものは何でも使った下準備、終わり。

 年内の更新はこれで最後です。良いお年を!

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