10回目 何も殺さなくて良かったのでは?
「お前、第一王子の護衛だったのか!!」
九度目の人生を終えて、クレインはまたいつものベッドで目覚めた。
その第一声がこれである。
――もう滅茶苦茶だと、クレインは頭を抱えていた。
例の、優しい瞳の暗殺者が第一王子の近衛騎士ということは。つまりクレインはこれまでに5回、王家の命令で殺されていたことになる。
「俺を殺害した回数なら、あの常に微笑みを浮かべた騎士がダントツだぞ! ああもう!」
奇襲で滅ぼしてきたラグナ侯爵家よりも、王家への恨みが勝ってきた彼はベッドの上でのたうち回った。
しかし少ししてから、ピタっと動きを止める。
「いや、待て。最後に気になることを言っていたな。ラグナ侯爵の謀略が何とか」
死ぬ直前に怒涛の急展開が待ち受けていて、クレインは混乱していた。
だが王子の発言を冷静に思い返しながら、やり取りを枕元のメモに書きこんでいくと、彼は徐々に前向きな気持ちになっていった。
「あれ? これは……もしかして王家とラグナ侯爵家って、実は仲が悪いのか?」
つい先日の粛清事件に、ラグナ侯爵が一枚噛んでいる。国王や宰相がどうかは分からないが、少なくとも第一王子はそのことを知っている。
だからラグナ侯爵家に近づく家を警戒して、クレインのことも、侯爵家側に回りそうであれば始末しようとしていた。
その事実を並べ終わった彼は、非常に明るい顔になった。
「ははははは! なんだ、やれる! これならやれるじゃないか!」
敵の敵は味方だ。将来的に王家とラグナ侯爵家が争うのなら、王家側につけば生き残れる可能性が高くなる。
未来に希望を持ったクレインは、ベッドの上で自然とガッツポーズを取っていた。
「つまり前回と全く同じ動きをしながら、ラグナ侯爵家を罵ってやればいいんだ!」
気を抜けば微笑み暗殺騎士のことまで扱き下ろしそうだ。気を付けないとな。
などと言って、ベッドの上に立ち上がり狂喜乱舞していた彼は――そう言えば今朝はマリーが起こしに来ないなと――ふと我に返った。
そして部屋のドアが半開きになっていることに気づき、慌てて廊下に飛び出す。
「いやぁぁああ! クレイン様がご乱心しちゃったぁぁあああ!!」
「違うんだ、待ってくれマリー! 給金は上げてあげるから!」
寝巻をはだけさせて、半裸で追ってくる領主は必死の形相をしているのだ。
金銭欲よりも恐怖が勝ったマリーの足は、当然止まらない。
騒ぎを聞きつけた執事が彼らを捕まえて、廊下に正座させて説教を始めるまで、5分ほど追いかけっこは続く。
◇
さあ、王子様と二度目の交渉だ。
そんな言葉は当然口に出さないが、心の準備だけはできていた。
「ありがとう、マリー。給金は望み通りに上げるよ」
謁見までの流れは何も変わらず、問題は待機部屋に戻ってきてからだ。彼はタイミングを見計いながら、前回の人生で呟いたものと似た言葉を口にした。
「マリーとは誰のことだ?」
「当家のメイドでございます」
「……存外、驚かんな」
話しかけてきたのは、前回と同じく第一王子だ。
線が細めで目つきが鋭い、神経質そうな人物である。
「まあいい。それで、メイドがなんだと?」
彼は傍に居た使用人に紅茶を淹れさせて、クレインの正面に座った。
謁見の間では一言も発さず、個人的に話したこともないクレインだが、
手札の端が見えていることもあり、前回よりも楽な心持ちで受け答えをしていく。
「当家のメイドが、欲張り過ぎれば失敗するものだと話しておりまして。考えてみれば確かにそうだと思い、今回の献上に至ったのです」
「なるほどな。下々の意見を聞く、良い領主というわけだ」
第一王子からは圧力が漂っており、クレインを品定めするような目つきをしていた。
新たに銀山という力を得たアースガルド家が、ラグナ侯爵家と接近するか否かを見極めようとしているのだろうと、クレインは既に察している。
片や第一王子は、つまらなそうな顔で紅茶を飲んでから更に続けた。
「横の繋がりは薄いそうだが、縦はどうか」
「寄り親はおりませんし、大家との血縁もございません」
「そうか」
前回と同じやり取りを、同じような声色で淡々と続けていく。
この辺りから不穏な気配が漂ってくると知っているクレインだが、それでも平然と、同じ内容の受け答えを思い浮かべていた。
「では東伯の、ヴァナルガンド伯爵家についてはどう思う」
伯爵の事情は目の前の王子も知っているようなので、今回はこれも普通に処理できる。
そう考えたクレインの内心は、気楽なものだった。なるべく前回と同じ言葉になるように意識をしつつ、彼は衝撃の事実を明かしていった。
「遠縁の話なのですが、ヴァナルガンド伯爵家の御当主様から、熱心に縁談をいただいていると聞き及びました」
「それならいずれは親戚ではないか。政敵でもなし、何が不満なのだ」
言い淀む時間はどれくらいだっただろうか。などと考えつつ、クレインは続けた。
「縁談を持ちかけられている者の年齢が、11歳なのです」
「……ああ、なるほどな。そう言えば、奴は
よく観察すれば気づけたが、第一王子の眉間にごく小さな皺が刻まれて、目元の筋肉が少し震えた。
これから本命の話題に入るという、サインが出たと気づいたクレインは、勝負はここからだと気を取り直す。
「では北侯、ラグナ侯爵家はどうか?」
クレインの苦労が始まった原因とも言える、因縁の家に関する印象だ。
奇襲戦争で領民を皆殺しにされた上に、先祖代々の街を根こそぎ焼き払われたのだから、もちろん印象は最悪だった。
悪し様に言ったことが侯爵本人の耳に入れば、滅亡が早まるだけだとクレインは
しかし目の前の王子はラグナ侯爵家か、はたまた侯爵本人を警戒しているようだ。まさか告げ口されることはないだろう。
そう見立てたクレインは、差し当たり――ラグナ侯爵家のことをボロクソに扱き下ろした。
「名門ではございますが、野心が透け過ぎですね。王都の事情に疎い私でも、ラグナ家が謀略に一枚噛んでいることは容易に推測ができました。あんなに短絡的でこの先は大丈夫なのかと、見ているこちらが不安になります」
「ほう。どこでそう思った」
第一王子が促したのをいいことに、クレインは早口でラグナ侯爵家を貶め続ける。
「毒殺を未然に防ぐ素振りも見せず、混乱に乗じて勢力の拡大を図ったのです。あの事変で最も得をした家がどこか、考えてみればすぐに分かることではございませんか。田舎子爵の私ですらすぐに分かる
仇敵のことを、やり過ぎなくらい徹底的に叩いたのだ。ここまで言えば、万が一にも侯爵家に擦り寄るような人物だとは思われないだろう。
そう確信しながら言いたことをぶちまけたクレインは、非常にすっきりした顔をしていた。
「……ふむ、頭は回るようだ。丸きりの凡夫というわけでも無さそうか」
言いたいことを言い切り、しかも第一王子にも認められて、全てのミッションを達成できただろうと――クレインは満足気に紅茶を嗜んだ。
しかしその一方で、紅茶のカップをソーサーの上で軽く回つつ、第一王子は何気なく言った。
「だが。粗忽者だな」
前回と同じ流れで、クレインの首を狙った一閃が飛んでくる。
それを避けて、返す刀も避けた。そこまでは良かったが、そこまでだった。
「ぐっ、あ……」
「人払いもせずにそのような話をする
神速で飛んできた、切り返しの二連撃目もきっちり避けた。しかし微笑みを浮かべた騎士は最後まで剣を振りぬかず、途中で軌道を変えた剣がクレインの喉を貫く。
「左様でございますね、殿下。……ああ、いけない。苦しませてしまいました」
完全に上手くいったと油断していたクレインは、茫然の表情で倒れ伏した。
そして微笑みを浮かべた騎士からトドメを刺される直前に。ふと、王子の呟きが耳に入る。
「まあ、ここに居る騎士も使用人も私の腹心だ。万一のことは無いはずだが……用心に越したことはない」
それなら外に話は漏れないだろうし、そもそも――何も殺さなくて良かったのでは?
そんな感想を抱きながら、クレインは意識を失った。
王国暦500年4月22日。
アースガルド子爵は王宮から領地に戻る途上で、馬車の横転事故により死亡したという発表があった。
これによりアースガルド領全域は、王家の直轄地に編入されることになる。
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