55回目 本音
「お酒に強くないんですから、飲み方を考えてください!」
「いやぁ、ちょっと盛り上がっちゃって。周りがどんどん奢ってくれるもんだから」
「まったく、もう」
宿の入り口へ放り投げられたクレインを二階へ運び、宿の主人からもらった水を飲ませること数十分。
ようやくクレインの呂律が戻ってきた。
「いえ、まあ。クレイン様を励ますのが目的なので、合っていると言えば合っているんですが」
しかしまだフワフワしており、少しフラフラしている。
そんなぐでんぐでんのクレインを見て、マリーは呆れていた。
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
「何でもないですー」
久しぶりに見た彼の笑顔に安心しつつ、彼女はベッドに腰かけている。
普通のメイドなら水を置き、世話をしたらすぐに下がるか。
部屋の入り口に立ち様子を見守るものだが。
彼女は遠慮なく領主が寝ている横へ座り、楽な体勢で介抱をしていた。
「まあまあ。薬は結構売れたんだし、いいじゃないか」
「その薬も、クレイン様が見栄で買ったものですよね」
「先行投資と呼んでくれ」
傷薬を買った経緯について、マリーからすれば呼び込みたい商会にいい顔をしようとして、無駄に仕入れた不良在庫という認識だ。
確かに売れたし利益もそれなりに出た。
明日以降、トムの元へ現れる客も少し増えるだろう。
利益にはなったとして、それはそれだ。
「まあ何でもいいですよ。今後は無茶な飲み方をしないこと。マリーお姉さんとの約束です!」
「同い年だろうに」
「気分の問題ですので」
誕生日もクレインの方が早いので、お姉さん要素は欠片も無いとして。
クレインは何故か昔を思い出し、彼女はどこか、大人ぶりたいところがあったなと笑う。
「あっ、何を笑っているんですか」
「ん。いや、お酒が入って楽しいなって」
「絶対嘘です。何を考えているのか、白状してください!」
そう言って、マリーはクレインの頭を両手で挟み込んだ。
クレインはアストリから頬を挟まれたことを思い出したが、仮にこのまま滅亡が回避されるなら、彼女と結ばれることは無い。
そうと察すれば、クレインは寂寥感を覚えた。
――彼も、本音を言えばアストリを迎えに行きたい。
しかし彼女と結べば東伯が攻めてくるのだ。守り切るためには銀山を開発して、勢力を拡大する必要がある。
だが力を持てば第一王子やヘルメス商会、その他の勢力が謀略を仕掛けてくるだろう。
仮に最初からラグナ侯爵家と結んだとすれば王子と敵対関係になるし、その場合はブリュンヒルデが殺しに来る可能性もある。
そもそも王宮から人を送ってもらわなければ、領地を発展させられない。
その過程で王子や、袂を分かった者たちとの接触も避けられない。
そこまで考えてから、クレインは思索を振り払った。
「ああ、もう。やめだ」
「……何ですか? 今度は急に凹んで」
一度拡大を始めれば、もう止まれない。
全ての敵対勢力に勝つまで拡大し続けなければいけない。
考えれば考えるほどに。アストリと結ばれる未来は難易度が高過ぎた。
どうにかして彼女と結ばれる方法は無いかと考えるクレインだが、平和だけを目指すなら彼女と結ばれるべきではない。
彼女と縁を結ばなければ、東伯との最初の一戦が起きず。
経済圏を作らなければ、東候を刺激することもないだろう。
そう考えて、こびりつくように纏わりつく思考を振り払おうとしていた。
「あの、クレイン様。本当に大丈夫ですか?」
「……何でもないさ」
色々と考えることはあるが、マリーを前にして考えることでもない。
そう思った彼は強引に話を終わらせにいった。
「明日は朝からトム爺の手伝いだ。もう寝よう」
「うーん。……分かりました、何かあれば呼んでくださいね」
「ああ、おやすみ」
マリーは心配そうな顔のまま下がった。
足音が遠ざかり、部屋には静けさが戻る。
そうして一人になると、また前回の人生のことや今後のことを考えてしまう。
自分が強くなるのではなく、強い者の庇護下に入る。
それが正しい戦略だ。
その戦略を実行するなら、彼女を求めてはいけない。
「そうだよ。俺は領地を守るって決めたんだから」
アストリとの思い出を、それは別な世界でのことだと封印して。
そういう可能性もあったが、手が届かない存在だったと消化できる日が、いつか訪れるかもしれない。
しかしそれは、このまま北候の傘下に入ることができればの話だ。
難癖を付けられて潰されるようなら、いずれにせよ勢力を伸ばしていくことになる。
「……まあ、今回の結果次第か」
何を犠牲にしても、誰にどう思われても。
必ず領地を守り切ると決めた結果が、前回の人生だ。
その気持ちが残っていると再確認できただけでも、やり直した価値はある。
しかし共に過ごした時間は忘れられていなかった。
だから彼は考えてしまう。
「それなら、いっそ」
平和に過ごす案が通らなければ、再び勢力を拡大することになるだろう。
そうなれば大手を振って彼女を迎えに行ける。
だから、侯爵家との話し合いが決裂して――むしろ戦乱が訪れてほしい――などという破滅的な考えまで浮かんでしまうほどだ。
心情の面では、全く何も割り切れてはいなかった。
「いや、もう止めよう。そんなこと、考えることすら」
優先するべきことは領地が滅ばないこと。そう思い直そうとしたが、思考は乱れたままだ。
自分の感情を優先して、何千、何万もの人々の命と生活を犠牲にはできない。
感情を優先して仇討ちをする人間たちへ、それは正しくないと拒否をした手前。
「ここで俺が……。その道を選ぶわけにもいかないよな」
弱小領地のアースガルド子爵領が北候の配下に入り、平和な未来を拓けるか。
それを確かめることが今回の人生の目的だ。
――少なくとも、今生で彼女との関係を望んではいけない。
少なくない時間をかけて自分を納得させたクレインは、そう締めくくると。
重く深い息を吐いた。
「……ダメだな、本当に。もう寝ないと」
ここ最近のクレインは寝つきが悪く、悪夢を見ることも多かった。
だが今日は酒が入っているのだから、寝ようと思えば何も考えずに寝られるだろう。
そう思い、彼は徐々に暗くなる視界を閉ざす。
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次回、目的地到着。
新しい登場人物が一人。その次でもう一人登場します。
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