55回目 平和路線を試すなら



「ああ、予備は三枚あるから、好きなやつを選んで――」

「枚数が足りん。七枚重ねろ」


 これは真剣勝負、ならば全力で挑もう。

 そんな考えでわざわざ難易度を上げた彼を、友人たちは呆れた目で見ていた。


「それじゃあ増やそうか。こっちの方が盛り上がりそうだし」


 一方で言われたクレインは板を積み、レンガのようなもので下の部分を固定する。

 床へ積まれた板は意外と目立ち、酒場の酔客たちも興味深げな顔をして覗き込んできた。


「お、なんだ?」

「何か始まるみたいだな」


 そしてある程度の注目が集まった中で、クレインは言う。


「さあ、今からこの男が板を叩き割ります! 見事に割れたら、奥さんへのプレゼントを進呈!」


 そう言って盛り上げれば、酒場の大半はそちらに目を向けた。

 店主も面白そうな顔をしており、特に問題は無いようだ。

 ならばと、クレインも続ける。


「割れなかったとしたら……。まあ、恥ずかしいだけか。彼が賭けるのは男のプライドかな」

「言ってくれる」


 煽りを受けたランドルフは憮然とした顔だが、何はともあれ試し割りをする板の固定が終わり、用意はできた。


「じゃあ張り切っていってみよう」

「いいだろう」


 そう言って深呼吸して目を閉じたランドルフは――目を見開いた次の瞬間、野獣の如き眼光を両目に宿した。


「ウォォオオァァアアアアアアッッ!!!」


 雄叫びを上げながら、ランドルフが拳を振り翳す。

 それは槍を振るう度に人間を数人、宙へかちあげる腕力だ。


 板は見事に、全部割れた。


 というか爆散するかのような勢いで砕け、店の床が砕けるかどうか、というところまでブチ抜いた。


「すげぇ!」

「おお、やるじゃねぇか!」


 一瞬酒場が静まったが、チャレンジに成功したとあって、次の瞬間には拍手と口笛が鳴る。


「はい、見事成功ということで。こちらの薬は彼のものです」

「え、ああ。本当にくれるんだな」


 騙されているという線も捨てていなかったランドルフは、あっさり薬が手に入ったことへ意外そうな顔をしていた。


「ラベルは本物のようだが……」


 もしや中身は偽物かと言わんばかりに、瓶をまじまじと見つめている。

 まあこれで終わっても不自然だ。そう思い、クレインは別な薬を取り出して言う。


「日常生活で、急に木の板を割りたくなった。そんな日も多いと思いますが」


 そんな日は無い。

 お前は何を言っているんだ。


 と、周囲からヤジが飛ぶ中で、クレインはトレックから仕入れた傷薬を掲げる。


「彼ほどの体格があっても怪我はします。そんな時にはこれ! 打ち身や、擦り傷にもよく効く軟膏がおススメです」


 周囲がまじまじと見つめてくる中で、クレインは目を丸くしているランドルフの拳に、それを塗りたくった。


 木に擦った彼の手からは少し血が流れていたが、効果は確かなようで、それもすぐに止血される。


「大通りの馬宿亭に留まっている行商人のトムから購入できますので、是非よろしく」


 そう言うクレインは袋から在庫を取り出し、希望者がいればこの場でも販売すると宣言した。


 ここでランドルフも、友人たちも気づく。

 ああ、派手なことをして商品を宣伝したかったのか。と。


 実際には知り合いが苦しむのを忍びなく思い、適当な理由で手助けしただけなのだが――お題目作りのためと、トレックから無駄に仕入れさせてしまった薬の在庫放出を兼ねたパフォーマンスだった。


「上手いことやったな、坊主」

「折角だ、一つ寄越せよ」


 薬草を擦り下ろした傷薬ならそれほど高値でもないので、宣伝に使った高価な薬代を考えれば、全部売れたとして利益は微妙なところだろう。


 しかし行商人が知らない街で知名度を上げるには、まあ悪くない手段だ。

 ランドルフへ渡した薬の足しに、まあ一個買うか。そう思いつつ彼らは笑った。


「ははは、面白い奴だな」

「一杯奢ってやるから、まあ座れや」


 横のテーブルに居た客からも薬の注文が入りつつ、そこそこ盛り上がっただけあり、クレインは周りのテーブルからも酒を奢られていく。


「こんなことで薬を? 本当にいいのか」


 しかしランドルフは、降って湧いた幸運に理解が追い付いていなかった。

 キツネにつままれたような顔をしている彼に向けて、クレインは微笑む。


「いいって。奥さんに渡してあげて」

「すまない、恩に着るぞ。……俺の名はランドルフと言う。何かあれば頼ってくれ」


 その薬が効くことは確認済みだ。

 適当な理由を付けて薬を渡し、配下だった男と妻を救うことができた。


 しかし彼の望みは、武将として名を上げることだ。

 今のアースガルド家では彼を雇ったところで、彼の望みが叶うはずもない。


「だから、まあ。これでいいよな」


 生活自体は改善できないが、命は助かるだろう。


 それで満足したクレインは、できることはここまでと区切りをつけた。

 陰謀に絡まれない平和路線を試すなら、これ以上できることはない。


 ランドルフを誘ったところで戦場を用意することもできず、彼は平和な領地で腐らせるには勿体ない人材なので、これでいいと区切りをつけた。


「さあ、乾杯といこうか」


 クレインは、周囲の酔客から奢られた酒も浴びるほど飲み。

 そのまま数時間飲み続けて。




「おーう、届け物だぜー!」

「うぇへへ、ただいままりー」

「うわっ!? 飲んできたんですか!?」


 酒に強くもない彼は、例のごとく泥酔してしまい。

 強面の男たちに担がれて、宿で待っていたマリーの元へ配達されることになった。


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