弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~

山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ

第一章 生存戦略

初回 とある昼下がり



「クレイン様ーッ!」

「ん? どうしたノルベルト」


 それなりに大きな屋敷の庭で、ハーブの栽培に精を出していた青年がいた。

 彼の名はクレイン・フォン・アースガルド。乙女座の十八歳だ。


 大して広くもなく、特産品があるわけでもなく、かといって極端に寂れているわけでもない普通の領地を、ごく普通に治めている青年だった。


 彼自身も平々凡々で特段何に優れているというわけでもないが、とにかく統治は上手く回っているはずだった。

 少なくとも今日、この日までは。


「一大事でございます!」

「どうしたんだ、そんなに慌てて。牛が産気づいたか?」


 この平和な街の一大事などたかが知れているとばかりに、クレインは笑顔のままだった。


 しかし息を切らせて走ってきた、初老の執事からの一報。

 その報告で全ては崩れ去ることになる。


「左様なことではございません!」


 執事のノルベルトは慌てた様子で、一枚の紙きれを手渡す。

 クレインが内容を確認してみると、それは宣戦布告の手紙だった。


「ええと、何々? 開戦、通知書……?」


 それは言い換えれば、アースガルド子爵家滅亡の知らせだ。


「ラグナ侯爵家より、宣戦布告を受けました!」

「はぁ!?」


 ラグナ侯爵家はクレインと同じ王国に属している、王国の北西から北東にかけて、広大な領地を持つ生粋の名門貴族だ。


 しかしクレインの領地、アースガルド領は国の中心である王都から見て東の方角にある。

 そのため北部に本拠地を置く、ラグナ侯爵家との接点など一切なかった。


 直に会って話したことがないどころか、手紙のやり取りをしたことすらなかったのだ。全く知らない家からの暴挙に、クレインは度肝を抜かれていた。


「な、何かの間違いじゃないのか?」

「使者はもう帰ってしまいましたが、通知はお預かりしております。すぐにご覧ください!」

「あ、ああ」


 クレインが届いた手紙をよく見れば、開戦理由は「交易路の計画を妨害したから」と書かれていた。

 しかし彼はもちろん、そんな命令など出してはいない。


「えっと、全く身に覚えがないんだが……」


 そもそもラグナ家が東方に交易路を開通させる計画など、今知ったくらいだ。

 訳の分からない通知を見て、彼はひたすらに困惑していた。


「そもそも地方の子爵家に、侯爵家を妨害する力があるわけないだろうに」


 突然の事態に混乱していたクレインだが、彼がラグナ侯爵家の評判を思い浮かべると、何となく話は見えてきた。


 まず、ここ数年のラグナ侯爵家は領地の拡張速度が凄まじい。没落した貴族家の領地や利権、叩き潰した商家の財産を根こそぎかっさらうことで有名になっている。


 彼は噂しか知らないが、当代の侯爵はやくざ者も真っ青なやり方で、次々に土地や産業を奪い取っているとも聞いていた。


「つまり、そういうことか」


 少し時間を置いて、難癖を付けられた理由を思い浮かべて。

 冷静になった頭で考えてみれば、彼はすぐに答えらしきものに思い至った。


「ラグナ侯爵家が東の領地をいくつか併合したから、間にいる俺たちが邪魔になったんだろうな」

「……なるほど」


 つい先日にも王宮で事変があり、数多の貴族家が粛清された。没落した貴族から巻き上げた東方の領地、そのいくつかが侯爵家に割り振られたという話はクレインも聞いている。


 そしてよくよく考えれば、アースガルド領はラグナ侯爵家の支配圏と、彼らが手にした領地の間にあった。

 クレインの領地を挟んで、侯爵家にいくつかの飛び地が出来たのだ。


 つまり間に存在しているだけで、妨害に・・・なっているとは言える状況だった。


「俺たちのせいで陸の孤島になっているけどさ、交易の邪魔って……それが理由じゃないだろうな」

「分かりませぬ。侯爵にも、色々と黒い噂がございますからな」


 ここまで聞けば、ノルベルトにも事態は飲み込めた。


 要は自分の領内で子飼いの商人に商売をさせるなら、他家に関所の通行料を払わなくてもいいのだ。関税がかからない以上に、荷物を検査されないことがメリットとなる。


「そう言えば侯爵家には麻薬とか、ご禁制品で荒稼ぎしているという噂もあったな」


 侯爵領と新侯爵領の間にクレインたちの領地があるのだ。

 中間の領地を潰してしまえば、何事も自由にできるだろうなと思いつつ、クレインは結論を出した。


「つまり因縁をつけて、脅しをかけて。最終的には自由に商売がしたいわけだ」

「それは、その。お間違いないかと存じます」


 連想ゲームを続けていくうちに、クレインも諸々の事情を何となく理解した。侯爵家の矛先が、自分たちの方に向いた理由も推測はできた。

 だが彼が腑に落ちないのは、届いた手紙に書かれている内容だ。


「……しかしこれ。攻め滅ぼされたくなければ、何か譲歩しろって話なんだろうけど」

「クレイン様。先方は何と?」

「それが、要求らしいものは何も書いていないんだよ。ただ宣戦布告を知らせるだけの手紙なんだ」


 彼に考えられる線は――「俺たちの要求を呑め、さもなくば痛い目を見るぞ」と、そんな流れである。

 脅した上で、何か利益を引き出そうとしているのだろうとクレインは思った。


 だが、手紙をどう意訳してもそんなことは書いていない。

 文章の内容は、ただ一つ。


「痛い目を見せてやる」


 どう読み解いてもそれだけだ。その他には要求も主張もない。

 このことが逆に、彼の不安を煽っていた。


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