51回目 トレックの恋愛事情



 クレインがアストリとラブラブなところを見て、自分もそろそろ結婚したいと嘆いていたトレック。彼も最初は王都でいい人を探そうと思っていた。

 しかし今や、商会の収益はアースガルド家での売り上げがトップになっている。


「トレックさん。段々王都に帰る機会が減ってきたから、南地区の造成地に家でも建てようかってボヤいてたんですよ」

「……ちゃっかり、将来一等地になりそうなところを選んだな」


 何度も行き来をするのも億劫なので、アースガルド領で結婚相手を探して、そのままこの地に定住しようかと考えを改めた。

 しかし大商会の嫁となれば、それなりに商売を手伝ってもらう必要もある。


 名家のお嬢様などこの辺りにはいないので。少し裕福で、きちんとした家庭で育った女性を探そうとしても――トレックにはツテがない。

 そんな折にマリーと雑談をしてみれば、彼女も意外と顔が広いので、知り合いの女性を紹介するに至ったというわけだ。


「で、結果は?」

「全滅です」

「そりゃあご愁傷様だ」


 トレックは大商会の若手会長で、かなりの金持ちだ。

 マリーとしてもそんな優良物件に相応しい高嶺の花を選んでみたが、結果としては全て空振りに終わっている。


「ねー。口利きをした私もご愁傷様ですよ。メリンダと最近ちょっと気まずいですし」

「それを言われると……」

「あーあー。いい人選んだんですけどね」


 そして善意での協力だったので、利益も得ていないマリーのメンツが潰されるだけの結果になった。


 だったら、分かるよね?


 という副音声が聞こえてきそうな圧力を受けたトレックは視線を右往左往させていたが。結果としてはもう白旗を上げるしかない。


「……マリーさんが買う分は、半額でいいです。代わりにまた誰か紹介してください」

「いいでしょう。セールの値引きから、更に半額で手を打ちます」

「え? ああ、いや。もうそれでいいです……」


 恐らくマリーは、目当ての品を七割引きほどで買うことができるだろう。

 どうやら交渉はまとまったようだ。

 しかしクレインとしては、この会話を意外に思っている。


「なんだ。二人は結構仲が良かったんだな」

「まあ、クレイン様への取次が一番多いの、トレックさんですし」

「会う頻度は高いですからね」


 何かにつけてクレインに会いに来るので、最近ではフリーパスだ。しかし取次がなかったとしても、マリーとトレックは屋敷でよく顔を合わせている。


「で、トレックがモテないというのも意外なんだが」


 ここでクレインがトレックの顔を改めて見るが、見た目は優男だ。むしろ女慣れしていそうな雰囲気がある。

 ルックスは然程悪くなく、鼻筋や輪郭は整っている方だろう。


 やや長めの茶髪を適当にセットして、服のセンスは上々。

 王家の御用商だっただけあり、礼節やマナーも完璧で。頭脳もそれなり。

 適度な清潔感のある金持ちなのに、何故モテないのか。


「……仕事が減ればとは、思うんですが」

「一回会ったら、次のデートが三週間後とか。しかもお休みは不定期ですからね」

「ああ、なるほど」


 理由は簡単。休みが無くて、恋人と会う暇が無いからだ。

 月に数回しか休みがなく、遊べるのはその中のどこかから、それも半日だけだったりする。


 忙し過ぎて気軽に恋愛を楽しめる相手ではない。

 しかもお付き合いするとなれば、将来的にその仕事を手伝うことになるだろう。


「エマちゃんの時なんて、初回から実家の話や結婚後の話ですよ。もう、面接じゃないんですから」

「すいません、ええ。あれは一番焦っていた時期でした」

「笑い話になったからいいですけど、気を付けてくださいよね」


 スルーズ商会の会長夫人として、動き一つで領内の状況を激変させる立場になるのだから――それなりの覚悟が必要になる。

 トレックは結婚願望強めで、付き合い始めから結婚が視野に入るお付き合いを求めているのだ。


 下手な相手は選べないというプレッシャーと、恋愛したいという欲。

 それから結婚への焦りもある。

 そんなものが積み重なった結果、特に最初の方は、ガッつき過ぎて引かれることもあった。


「何となく想像がついたよ」

「ですよね」

「はは……」


 条件はいいとしても、色々と重い。だから相手が見つからないのが現状だった。


 バリバリ働きたいキャリアウーマン志向なら別なのだが、そんな上昇志向の強い女性は領内でも稀な方だ。

 だから相性重視で選ぶとするなら――


「マリーはどうなんだ? トレックと気が合いそうだけど」

「え?」


 クレインの中ではそういう結論になった。


 仕事でよく顔を合わせているし、マリーは身元もはっきりしている。

 最近は内政にも携わらせていたので、結婚してスルーズ商会を盛り立てるなら能力の不足はない。

 貴族の屋敷に勤めているのだから、礼儀作法へも無知ではない。


「現実的に、いい線いくんじゃないか?」


 クレインは素直にそう思った。

 が、しかし。マリーはプイとそっぽを向くと、鼻を鳴らして不満気に言う。


「ナシです。私はそんなんじゃ……もうっ!」


 よく分からないことを言いながら退がっていき。

 応接室のドアが、パタッと閉められた。


「……何か失敗したかな」

「あー、えっと。まあ、マリーさんのことは置いておいて。ヨトゥン家からの援軍の話に戻しません?」


 トレックが話題を元に戻せば、クレインもそれはそうだと同意する。


「かなり話が脱線したな。よし、手配を頼む」

「……藪蛇でしたかね」


 軽くそうお願いしてから、クレインは思う。

 もしかして、トレックが結婚できないのは俺のせいじゃないのかと。


 無茶な量の仕事を振っている自覚は、彼にもあった。


 しかしクレインに、女性を紹介できるようなツテはない。

 マリーのご機嫌を取り、何とかトレックの後押しをさせて。


 貴重な文官を獲得。


 もとい、気の置けない友人がこの地に定住してくれることを、彼は願った。


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