51回目 ニヤニヤした主従



「またですか、また戦争ですか」


 物資の買い占めから一週間。東への物資差し止めを受けて、東伯、東候は動き始めた。

 諜報対策をすることも無く、大っぴらに侵攻の準備を始めたという動きは既に報告が上がっている。


「やりたくてやっているわけじゃない! ほら、援軍用の物資を手配するんだよ!」

「ヘルメス商会からの物品受け入れも、まだ終わっていませんって!」


 急激に緊張が高まったため、彼らは再びの死の行軍デス・マーチを始めることになった。

 その矢面に立つのは、主にトレックだ。


「ああ、くそ。流通遮断はいいアイデアだと思ったんだが」

「買い占めたあとの処理が、中々追いつきませんね」


 有言実行で、文字通りに全部。

 ヘルメス商会が保有するありとあらゆるモノを、一つ残らず買い取った。


 まずは食料品と武具を全て買い占めてアースガルド家の蔵に運んだわけだが、しかし保管スペースが無く、他の物品までは収納しきれない。

 だから現在はスルーズ商会の倉庫や店頭にも、山のように商品が積み上げられている。


 特にスルーズ商会三号店だ。そこはオシャレな品物を揃えたハイセンスな店だった・・・が。


「店のコンセプトが滅茶苦茶ですよもう……」


 デザインの関係上スペースに空きがあったので、これでもかと在庫を詰め込み、今や卸問屋おろしどんやのように木箱で埋め尽くされている。


 ヘルメス商会の持つ倉庫を、空にする勢いで買い付けたのだ。

 日用品の鍋やフライパン、アクセサリーや服なども残らず買い占めたものの、アースガルド家に鍋を千や二千と集めても意味が無い。そんなに使わない。


 使わないならどうするか。

 武具と日持ちのする食料品以外を処分することに決めたクレインはトレックを呼び、定価の七割引きで買ったものを五割増しの値で転売していた。


「安値で譲ったんだからいいじゃないか」

「不良在庫の処分とも言いますよね」

「……まあな」


 トレックから見ても半額以下で買えているので、得をしているのは間違い無い。

 しかし輸送中の物まで残らず予約しているのだから、今回の取引で動く品数と金額は子爵家史上最高レベルとなったなっている。


 それを買い取らせるにはスルーズ商会アースガルド支店の準備資金だけでは到底足りなかったので、代金の不足分は王都の本店から急いで運ばせているところでもある。


「在庫がはけるまでは、買い付けにもいけません。ええ、余剰資金ゼロです」

「安心しろ、俺もだ」


 東へ横流ししていた量は膨大だ。

 十個仕入れたうちの五個をアースガルド家へ。残り五個を東へ送る仕組みだった。


 しかしそれは主に食料品の話で、日用品や雑貨は領内の在庫が大量にある。


 経済の中心地に建てられた巨大な倉庫。

 大商会の抱える在庫を空にする勢いで買ったのだから、いくら儲けている子爵家といっても相当な出費になる。


 買えば買うほどヘルメス商会が赤字になるので、資金の限界を迎えるまで買い叩いたのだ。

 結果としては手持ちの全財産で何とかなった。


 しかし砦の建築と資材炎上で大打撃を受けたところへの追加なので、アースガルド子爵家はもう財布が空。

 そして物品の大半を転売されたトレックも、かなりの資金を使うことになる。


 動く金額が大き過ぎて、まだ決済が通っていないため。細かく言えばアースガルド家は現在の資金がゼロに近く、決済が終わった瞬間、スルーズ商会の余剰金がゼロになる。


「商売敵のヘルメス商会が持っているモノを全部、半額で買えたんだ。利益は凄いことになるだろうな」

「そうですが、こんなに在庫を抱えたのは人生で初めてです」

「……すまん」

「……いえ、いいですよ。何かセールでもやりましょうかね」


 トレックは格安で大量の品が手に入り、クレインは銀山からの収入が増えた。


 スルーズ商会は、最大の商売敵であるヘルメス商会の店頭から商品が消えたのだから、ここはシェアを大きく伸ばすチャンスでもある。

 少し待てば大金が転がり込むとしても、しかし資金繰りが苦しいのは事実だった。


「はい! それなら雑貨のセールがいいと思います!」

「雑貨?」


 そして、多少投げ売りしてもいいかと投げやりになるトレックの横で、今日もお茶くみをしていたマリーは元気に手を挙げた。


「スペースを取りますし、流行りが終わらないうちに売っちゃいましょう! 私みたいな女子を中心に、顧客開拓ですよ!」


 雑貨の流行り廃りはクレインにも分からない。

 しかし腐ることもないのだし、捌くならむしろ後回しでもいいのではと思ったのだが。

 これはマリーの趣味だろうと、一瞬で察する。


「マリーはブレないなぁ」

「だって、ヘルメス商会製のものが半額ですよ? ここで買わなきゃ損です」

「本音が出るの早過ぎないか」


 ヘルメス商会は、言うなれば総合商社だ。

 大量の品をまとめ買いして安価に仕入れて、他店で銀貨二十枚のフライパンを銀貨十五枚で売っている。


 そんな薄利多売が基本だが、規模のメリットを生かして品ぞろえや品質も上々だ。少し背伸びしたお高めの商品から、大貴族に提供する超高級品まで取り扱っている。

 下着だろうが馬車だろうが幻のワインだろうが、何でも揃うのが売りだ。


 そしてデザイナーや工房まで囲い込んで、流行を発信する側に立っている。

 庶民からすれば、ヘルメス商会で取り扱う小物は最先端と見られることも多い。


 新しもの好きなマリーからすれば、狙っていたアイテムを安値で買えるチャンスなのだから――ここぞとばかりに役得を発動しようとしていた。


「確かに仕入れ値は半額だけど。そこにトレックの儲けが乗ってくるんだよ」

「トレックさんなら、サービスしてくれますよね?」


 スルーズ商会とて良心的な値付けをしている。

 クレインが大量に発注するような場合は割り引くとしても、付き合いのある個人が購入する日用品や雑貨へは、それほど値引ける余地が無い。


「いえいえ。当商会はいつでもディスカウントでお送りしておりますので」


 まあ、マリーはクレインお付きのメイドでもあるし。トレックとしても知らない仲ではない。

 多少オマケを付けるくらいならいいかと、穏やかな表情のトレックに対し。


「エマ」

「うっ」

「ステファニー、メリンダ」

「い、いや、ちょっと、それは……」


 マリーが女性の名前をいくつか呟くと、トレックが焦り始めた。


「何を言っているんだ?」

「私は女性の名前を言ってみただけです。深い意味はないデスヨ」

「ちょ、ちょっと、マリーさん? ここでは止めません?」


 清々しいまでの棒読みに、トレックの笑みが引きつっていくのだが。


「いや、もう少し詳しく聞かせてくれ」


 嫌らしい笑みを浮かべるマリーに乗っかり、クレインも笑う。

 そして、オロオロするトレックへ人差し指を向け、マリーが言うには。


「彼女が欲しいと言うので、何人か紹介したんです」

「面白そうな話題だ。続けて」

「え、ちょ、あの……」


 フリーズしたトレックを前に、領主とメイドはとてもニヤニヤしていた。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 例えるなら、2000円で売っているフライパンを七割引きで購入:600円。

 600円のものを五割増しでトレックへ売却:900円。

 仕入れ値を引いて、クレインが300円の儲け。


 900円で買ったものを、トレックが割引セールで販売。

 定価2000円の品を三割引きで売ったとすれば1400円。

 仕入れ値を引いて、トレックが500円の儲け。


 ただし店員の給料や保管の費用が引かれていくので、WIN-WINではありますが、一括で買い取ってもらえたクレイン側が得をしています。

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