50回目 最悪の可能性



 ヘルメス商会の目的が何となく見えてきたところで、全くのノーマークだった東候の考えなど読めるわけがない。


 だからクレインは、相手を東伯に絞って考えてみた。


 まず、アストリを奪うためだけに、大規模な軍事行動を起こすのは下策だ。


 その理由では東候を説得できないだろう。

 もしもそれで説得できたなら――


「まさか東候までロリ……」

「あの。クレイン様」


 マリウスも流石に、それは考えたくなかった。


 凛々しい眉を八の字に曲げた家臣を見て、クレインも己の考えた、最悪の可能性を打ち消していく。


「いや、何でもない。東伯がどういう話を持ち掛けたか。それを予想しよう」


 少なくとも表向きの理由はあるはずだ。

 そして、東候が動くとすればその理由に賛同したからだ。


 間接的に考えることで東候の望みを予想し。

 できることなら――


「寝返ってもらえれば最高なんだが」

「それは間違いございませんね」


 そういうわけで、東伯が東候へ出兵を説得できるような話。

 そして彼が取り得る手について、二人は考え始めた。


「まずは東伯のビジョンから考えてみよう。仮にマリウスが東伯の立場ならどう動く?」

「一番良いのは内政を回して、戦争など考えないことです」


 彼としては戦わずに、共存する方法を考えるのが一番だと思っている。

 しかし軍事行動に打って出るなら、悩みどころだ。


「戦うならばとにかく手を出して、反撃を誘うしかありません。挑発を繰り返します」


 背後に異民族の脅威がある以上、行軍距離は伸ばしたくない。

 大規模に展開すれば長期戦は難しい。


 それなら同盟軍を本拠地の、東側に引き込む以外の勝ち筋は見えなかった。


「しかし引き込んで全滅させたとしても、その後どうするかまでは……。まず、彼らの戦略目標が分かりませんので」

「だよなぁ」


 これだけ悪条件が揃っている上で、そもそもの話だが、彼らには東伯の勝利条件が見えていない。


 何がどうなったら勝ちなのか。

 東候に話を持ち掛けるにしても、まずは自分のゴールラインを決めておくはずだ。


 クレインの首を取ったらか。

 アースガルド領を攻め落としたらか。

 それともアストリを奪い取ったらか。


「うちを倒して得られるもので、東候が納得するとは思えない」

「そうですね。大義もございませんし」


 それでは東候にメリットが無いだろう。

 何があれば東候は動くか。分析はそこから始まった。


「実は中央政界入りを望んでいるとかは、どうだ」

「それを東伯が後押ししていると?」

「ああ。北候と俺たちを倒せば、武力で覇権を握れるだろ」


 もしも王国を牛耳ることを考えているならば。

 王都までの最短経路上にあるアースガルド領は、確かに目障りかもしれない。


「ですがあの頃ならば、我々を配下として取り込むこともできたかと思います。先に声を掛けてきそうなものですが」

「……まあ、そうだよな」


 東よりは中央寄りにあるアースガルド領だが、ヘイムダル男爵を通じて、緩やかな従属態勢を作るくらいはできたはずだ。


「でも俺たちを従属させる目は、戦争を仕掛けた時点で消えた」

「脅しのために出す兵力としては、多過ぎましたしね」

「ああ、あれは本気だった」


 事実、クレインは今までの人生で東伯から領地を滅ぼされてきた。

 脅しでも何でもなく、二十回も攻め込まれたのだ。


「そもそもアースガルド領を攻め落として領地に加えられたところで、本拠地を移動させることはできないし。中央に近くなれるわけでもない」


 それ以前に、アースガルド家も元は中立勢力だ。

 東側勢力が王都で政治の舞台に立とうとしても、別に問題は無い。


 クレインには領地の外への興味が無いため、使者を送ろうが伯爵が通ろうが素通りさせたはずだった。


「政治的な問題じゃないなら。俺が主導した経済圏を見て、本格的に邪魔だと思うようになったか?」


 クレインも頭の中で論点を整理していくが、経済圏が理由でも疑問が残る。


 東部の経済圏は元から独立しており、中央側から商会が参入するのは難しい状態だ。

 身内で回し合っていたのだから、仮に東側全域が干されたとしても、影響は限定的となる。


「いや、そりゃまあ。金回りが悪くなるのは嫌だろうが」

「経済的な問題ではない気もしますね」

「ああ、違う気がする。これで困るのはヘルメス商会だけだろう」


 経済的な案には、そう区切りをつけた。

 そして次の案に移る。


「東候の仮想敵がラグナ侯爵家で、王国最大勢力でも目指したとすれば。その支援を……いや、違うな」


 アースガルド家へ攻め込んできた時点では、ラグナ侯爵家と関係ないどころか敵対する陣営だった。

 言ってしまえば東伯は、無駄に敵を増やしたのだ。


 そんな男からの共闘提案に、東候は素直に乗るだろうか。

 疑問に思ったクレインは、途中で案を止めてしまった。


「東側勢力からすれば、むしろ俺たちは味方にしたいはずだ。わざわざ敵に回した東伯に、好印象なわけがない」

 

 仮に一連の流れが東伯からでなく、東候側に謀略があっての動きだとしても。

 これでは東伯との連携が取れていなさ過ぎる。


 どんな作戦を選ぼうとプラスには働かないと判断され、東候黒幕説はすぐに取り下げられた。

 現状の材料から判断すると、東伯の行為が意味不明になるからだ。


「……分からん」

「……ですね」

「東候を説得できそうな材料が、どうも違う気がするんだが」

「そこばかりは、密偵たちの働きに期待する他はございません」


 何か違う。

 クレインもそこに対してだけは確信を持っていた。


 勘がそれほど鋭い方でも無いのに、何故だか違和感が拭えていない。


「ああ。色々と考え付きはするが、本当のところは分からないな」


 ヘルメス商会については単品でも考えた。動きの意味を、勢力的な意味合いでも考えた。

 そして答えらしきものは見えた。


 しかし東候は、一切が謎だ。

 個人的な思惑が分からないので状況から考えることになったが、一連の動きを東候が主導しているとすれば、東伯の行動がちぐはぐになる。


 だから、ここはあくまで東伯からの誘いを受けての行動だと仮定。

 勢力図などを見ず、東伯本人のことを考えることにした。


「全部の中心にいるのは東伯かな。東側勢力は俺たちを打倒した方が、色々な面で得になる状況だというのはいいとして」

「この状況になったのは、東伯が攻めて来たからですか」

「そうだ」


 今となっては戦う理由も色々ある。

 しかし最初に攻め寄せた段階では、利害関係も対立も無かった。この点をどう見るか。


「東伯が俺たちを打倒するための理由。滅ぼすためのモチベーション……」


 こうして現実的な部分だけを考えていけば、答えは例のアレに戻ってきた。


「となると残るは、やはり怨恨関係しかないわけだが」

「考えたくはありませんね」

「俺もだよ」


 大軍勢を率いて戦争をするのだから、ここまできたら壮大な理由があるはずだ。

 いや、あってほしいと願う二人だった。


「野心があるならもっと中央との関係を開いておいたはずだし、ヘルメス商会を通じて商いでもやっていた方が繋がりもできる」

「行動が大きくなれば、王宮からの制裁もあり得ます」


 二人は色々と検討してみた。

 しかしどう考えても、戦争へのメリットはあまり感じられない。


「だよな。前回の沙汰がどうなったかは知らないが、一体何を――」


 ――メリットの無い戦争。


 そのフレーズを思い浮かべた時。

 クレインには追加で一つの考えが浮かんだ。


「……もしかして」

「何か心当たりが?」


 色々と考えた結果。

 クレインは最悪の可能性まで考えてしまった。


「実際はどうだか知らないが、東伯は戦場に出るのが生きがいなんだろ?」

「そう伝え聞いておりますが……まさか」


 それは。これから起きる戦争に、特に意味が無いという可能性。


「ああ。何かの目的を達する手段・・ではなくて、戦争それ自体が目的・・だった場合はどうなるかな、と」


 東伯が戦争によって、何らかの目標を達成するのではなく。

 戦乱を巻き起こすこと、それ自体を楽しんでいるとすれば最悪だ。


 それなら名目など何でもいいだろう。


 何気なく言ってみたクレインにとっては。

 何故だか今までの案の中で、一番しっくりくる答えだった。


「クレイン様。その仮説が最も、危ないような」

「落としどころが東伯の気分次第になるからな。そんな理由なら本当に最悪だよ」


 痴情のもつれで攻め込まれること。

 理由なき戦争。


 一体どちらがマシかと思っても。クレインには「どちらも勘弁願いたい」としか思えない。


 彼は非常に嫌そうな顔をしながら。まずは目の前の問題だと、話を戻していく。


「まあいい、今はこれ以上考えても仕方がない。現実的な話だが、砦までは攻めてくるよな?」

「そうですね。しかしまずは、東で細々と交易している商人への攻撃が先かと」


 大っぴらにやってはいないとして、一応東へ向かう縁故の商人もいる。

 アースガルド家と仲が良い商人を締め上げるだけなら、戦争よりも確実に現実的だし簡単だ。


「それしかないだろうな。……そして今のところ、こちらから手を出す気が無い」

「ですので、いずれは」

「だよなぁ」


 スルーズ商会を始めとした、同盟側と懇意にしている商会は既に東から本格的な撤退を始めている。

 未だに残っているのは、再び旗色の怪しくなったヘルメス商会くらいのものだ。


 中小の商人を絞り上げたところで大した成果も出ない。

 どの道、いずれは直接的な軍事行動に移るとはすぐに予想がついたらしい。


「で、挑発のために軍を送るだけ領地が疲弊していく」

「ヘルメス商会なら、その状況が一番得ですね」

「……そうか。東伯と東候の勢力が削れれば、むしろ影響力が伸びるか」


 一方で、三領同盟が本格的な反撃を仕掛ければ東方が荒れる。

 そうなれば、苦労して東へ開いた通商ルートに価値が無くなる。


 というわけで。

 やはりヘルメス商会にとって一番いい選択肢は、現状維持だろう。


 東側が小規模な軍事行動をするための物資を売りつけつつ、同盟側が防衛のみを考えて、細々と戦い続けること。

 それが彼らが最も儲けられる道だ。


「ウチの鉱山なんかにも投資しているから、滅亡までは望まないだろうとして。利益を考えれば適度に戦い続けてもらうのが一番いいだろうな」


 北で儲けつつ、東でも儲けて、ついでに中間地点となるアースガルド家でも多少の儲けが続けばいい。

 それがヘルメス商会のスタンスだろうと、クレインは見立てていく。


 マリウスにもその辺りが妥当だと思えたが、それでもまだ疑問はある。


「確かに軍需品で儲けることはできますが、しかし北候の不興を買ってまでやることでしょうか?」


 北候、ラグナ侯爵家から睨まれるリスクはある。

 ついでに言えばクレインや南伯からもだ。


「それでもやるんだから利益はあるんだろ。……どこに、どれだけの利益を見ているかは分からないが」


 それでも断行するのだから、それなりの狙いはあるはずだ。

 そう締め括り、クレインはニヤリと笑う。


「まあ、黙ってやられるのも面白くない。彼らにも少しは慌ててもらわないと」

「いかがしますか?」

「あの爺さんは領内にいないからな。明日、支店長を呼び出してくれ」

「承知致しました」


 ジャン・ヘルメスはアースガルド家での商いが一段落すると、またどこかの領地へ旅立った。

 しかし彼の行方は追えていないので、声を掛けるべきは支店長だ。


 その支店長に対して、クレインは強力な交渉カードを持っている。


 だからか。一転して彼はご機嫌顔になり、明日を待つことにした。


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