閑話 強盗のランドルフ?



 時はランドルフが、アースガルド家に仕官した直後にまで遡る。


 つい先日、衛兵隊長として昇格することが決まり。本格的に家を引き払って引っ越しをしようと、故郷に帰ってきた時のことだ。


 この日ランドルフは、六人の友人たちと酒を飲んでいた。


「アースガルド子爵家は儲かってんだなぁ」

「ああ。景気のいい話ばかりだ」


 仕えてから二週間という短さで衛兵隊長に抜擢され、俸給は同世代の中でもかなり高い方になっている。

 武官の雇い止めが次々起きているご時世にあって、かなり珍しい事例だと言えるだろう。


 領地全体の景気が良く非常に活気が溢れていると、彼は自慢気に語っていた。


「にしてもランドルフが隊長ねぇ。大丈夫なのか、子爵家は」

「隊長ってガラじゃねぇよな」

「何を言う。知識を身に付けろと、領主様より書物を賜ったぞ」


 得意満面なランドルフは、子爵家が購入した兵法書を懐から取り出した。

 自慢するために持ち歩いていたらしい。


「あれ? お前って字が読めたっけ?」

「……勉強中だ」


 しかしランドルフは読み書きができず、貰った本を自分では読めない。

 だから仕官した武芸者の中で、学がある者に読み聞かせと解説を頼んだのだが。


「うちの息子は手習いに出したよ。俺らみたいに育ったら困るからな」

「言えてる。ランドルフだって、たまたま子爵サマが拾い上げなきゃ日雇い人夫のままだったろうし」


 しかし一度や二度の講義で、どうこうなるものでもない。

 書いてある内容をさっぱり理解できないのが現状だった。

 そんなランドルフを見て、友人たちは笑う。


「その点じゃあラッキーだったよな、お前さんは。ほれ、もっと飲め」

「おう、めでたい酒だ」


 貴族へのツテが無ければ、仕官など滅多にできない。

 指揮官級の人材は代々側近を務める家から輩出されることが常なので、外部から雇うことすら稀なのだ。


 友人の幸運を祈りつつ。

 近況を語りつつ。

 酒の席は徐々に盛り上がっていく。


「ランドルフの奥さんも、大分良くなってきたんだろ?」

「ああ、最近では立ち仕事もできるようになっているな」

「かーっ、羨ましいねぇ。美人の奥さんと高給取りの旦那ってやつか」


 懸念だった妻の体調も、クレインから差し入れされる薬で快方に向かっている。

 どうやら最初に渡した薬が効いたらしく。

 それは今でも、定期的に渡されることになっていた。


 しかも領主は時折見舞いに来て、何くれとなく気を配ってくれると言う。


「なんだって子爵は、そこまで厚遇したんだろうな」

「ああ、確かに」


 どこの馬の骨とも分からない平民を相手に、普通の貴族はそんなことをしない。

 そんな話を聞けば「待遇が羨ましい」以上に、疑問が出て来るのも当然だ。


「うむ。あの時期は深刻な人材不足で、有能な者は何としても引き入れたい時期だったそうだ」

「自分で有能とか言うなよ」

「まったくだぜ」


 ランドルフにも理由は分からないとして、冗談を言いつつ笑い合っている。


 しかし彼がたまたま好待遇を得ただけで、全国的には不景気だ。

 友人たちの経済状況は笑えないことになっていた。

 

 どこもかしこも増税政策が打たれ、収入は激減しているし。今日飲みに来ることすら、渋い顔をされた男もいた。


「俺も腕っぷしには自信があるんだがね」

「それを言ったら俺もさ」

「足し算と引き算ならできるけど、文官になれたりしねぇかな」


 などと、友人の境遇を羨ましそうに見ていたところで。

 待っていましたとばかりに、ランドルフは切り出す。


「文官は分からんが、衛兵隊に紹介することならできるぞ」

「おっ、本当か?」

「ああ。上役のハンス殿に相談はするが、基本的には俺の独断で人事をしてもいいとは言われている」


 クレインとしてはランドルフを将軍に育てたいと思っている。

 そして今なら衛兵隊もまだ小規模だ。


 今の時点では腕に覚えのある知り合いをスカウトするなりして、人事や管理のような内勤仕事も覚えてもらおうと思っていた。


「よし、じゃあ頼む!」

「俺もだ、乗った!」

「よく分からねぇけど、俺も行くぜ!!」


 食い詰め者の暴れん坊になるくらいなら、手に職を付けた方がマシだ。

 上手くいけば成り上がれるし、収入が今以下に落ち込むことは無いだろう。

 と、友人たちは誘いに乗った。


 引っ越しのために故郷へ来た甲斐もあるなと、ランドルフは思っているのだが。

 しかし数日前から、クレインの元へ続々と仕官に応じる手紙が届いている。


 結果として仕官者の数は爆発的に膨れ上がることになっていたので、これは過剰な人員だった。


 まあ、ランドルフの知り合いは腕の立つ者が多く、結果としては後に全員が仕官に成功するのだが。


「あー、いや。でも、引っ越しの金がねぇな」

「家の物を売っぱらっちまえばいいじゃねぇか。鍋とかコップとか、向こうで買えばいいだろ」


 それはさておき、行くとなったら金銭面での問題が出てくる。

 友人の一人が旅費のことを気にすれば、全員が同じような状況だと気づいたのだ。


「いやいや、向こうに着くまで二週間はかかるし。その間無収入じゃキツいだろ」

「だな。それに家財の買い直しって結構かかるぞ?」

「まあ、確かに」


 貯金がそれほど無い彼らは、ここで現実的な思考になった。


 節約して何とか暮らしていけている状態なのに、半月は無収入になるし。

 馬車を借りるなら、旅費もそれなりにかかる。

 予算としてはかなり厳しいところだ。


「そもそも家とか借りられんのか?」

「あー、そうか」

「家を売った段階で流民扱いか……」


 住所不定のホームレスの扱いは、あまり良くない。

 北侯のところはそうでもないが、西侯のところでは治安維持のために殺されることもあるくらいには厳しい。

 地域によっては移民や難民は迫害されるし、不安ならいくらでもあった。


「大丈夫だ。クレイン様は移民を歓迎している。兵士になれずとも他の職を斡旋すると言っていた」


 しかしランドルフは、豪快に胸を叩いて言う。


「職って言っても農家だろ?」

「いや、見習い鍛冶師とか、商会とかも色々あったな。最近人気なのは……何だったか、トレック殿の……スルーズ商会だったか?」

「は?」


 王家の御用商だけあり、しっかりした身元で無ければ入れない会社の名前が出てきた。

 少なくとも、国有数の商会が流民を雇うなど絶対にあり得ない。


「吹かすなよランドルフ」

「いやいや、真面目な話だ。人手が足りんと嘆いていたから、今なら入れそうだぞ」

「ええ……おいおい、マジで言ってんのかよお前」


 先ほど文官になりたがっていた男。

 地元の小さい商店で店員をしている男は、思考が停止しかけている。


 商人的には、「平民が明日から貴族になれる」と言われているのと、大差ない内容だからだ。

 ここまでくれば話は旨すぎるが、事実としてトレックは人員不足で困っていた。


「例えば木工職人とかにでもなれるし、仕事なら何でもある」

「でもよ、見習いってのは給料が安いんだろ?」

「最初の一年はどこも金貨7枚ほどらしいが、基本的に衣食住は完備だ。そう悪くないんじゃないか?」


 彼らの年収は、誰も金貨10枚ほどだ。

 衣食住まで完備ならば、やはり今の年収とほぼ変わらない。

 しかも来年からは昇給すると言う。


 それどころか、さらっと住居の問題まで解決されていた。

 あまりにも話が出来過ぎていて、詐欺を疑い始めた友人たちだが。


「なあ、お前が詐欺師だったとして、ランドルフを仲間に入れるか?」

「いや。俺なら絶対に入れない」

「カモにして終わりだろ」

「お前らなぁ……」


 脳みそまで筋肉でできているランドルフに、詐欺を手伝わせるなど無謀過ぎる。

 嘘を吐くなら、もう少しマシな嘘を吐く。


 そう結論付けて、移民自体には乗り気になった彼らだが、残る問題が金銭だけだとなればランドルフにも考えがあった。


「引っ越しの金が足りないなら、貸すぞ」

「あー、どうすっかな。多分かかるのって、金貨15枚くらいだろ」

「俺たちほぼ素寒貧だし」


 独身者もいるが、六人合わせて金貨90枚。

 農家の年収と同じくらいの費用がかかるのだ。


 いくら高給取りになったとは言え、そこまで負担はできないだろう。

 半額貸してもらうことすら遠慮する金額だ、と、彼らが思っていれば。


「問題ない。ここに金貨200枚ある」


 そう言って、金貨の入った革袋を机の上にドンと置く。

 目を見開いた友人たちは、凄まじい勢いでランドルフに詰め寄り。



「強盗したのか!?」

「違う」

「じゃあ駅馬車強盗か!」

「待て、居直り強盗かもしれん!!」

「自首するんだ、ランドルフ!」



 彼が大金を持っていたのは、どこかから略奪してきたからだろう。

 と、いよいよ犯罪を疑われて、終いには自首を勧められてしまった。


 恰好つけようとしたランドルフも、これにはずっこける。


「ち、違うと言っているだろうが! これは盗賊退治の報酬だ!」

「何? 盗賊退治?」

「ああ。衛兵隊は働きによって賞与が出るんだ」


 彼はつい先日、五十人の山賊を単騎特攻で根絶やしにしている。

 持っていた剣やら財布やらもランドルフの物になったので、貨幣は回収して武具は売り払い。

 ついでにクレインからの報酬金やら、昇格祝いやらで大金を得た。


 更に、故郷に帰るなら入用だろうと。規定よりも少し多めの報酬を受け取っていたのである。


「じ、じゃあ俺たちも」

「手柄を上げれば貰えるだろう。まあ、俺ほどの働きは難しいだろうが」


 そう言うランドルフが鼻高々な様子を見ては、彼らも黙っていない。


「んだと! じゃあ借りてやるよ、二か月で返済してやるからな!」

「俺もだ。ランドルフで将軍なら、俺は大将軍になってやるわ!」

「この流れで言うのも何だけど、俺はスルーズ商会に口利きしてもらえねぇかなぁ……」


 というわけで、商会の職員が一名と武人が五名。

 そして彼らの家族分、アースガルド領の人口が新たに増えた。


 この話はクレインが移民支援政策を思いつく、きっかけにもなっている。



 そして彼らは。後に王国最強の騎馬隊をボコボコにした、アースガルド家最強の軍――ランドルフ軍の中核になる人材だ。


 アースガルド家の景気の良さを象徴するエピソードの一つにもなったし、結果として戦力は大幅に上昇したまではいいが――


 この話が友人の友人にまで広まり。

 噂が噂を呼び。

 類が友を呼び。


 これにより大量の脳筋が屋敷へ押しかけて来ることになろうとは、クレインもまだ予想できていなかった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 次回、三章エピローグ。

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