13回目 それにつけても4月から



「さて、一堂に会するのは初めてだな」


 招待客が集まったクレインは、まずそう切り出した。


 この場に居るのはいずれも王都で幅を利かせる大手商会の責任者であり、4ヵ月前のクレインでは面会すら叶わなかっただろう顔ぶれだ。


 ――それは間違いないが、現在クレインの前には2つの空席がある。


「御大は欠席ですか。悪い気もしますが、我々だけで儲けさせてもらいましょう」

「まあまあ、そう明け透けに言うものではありませんよ」


 まずは御大と呼ばれる男、ジャン・ヘルメスが欠席している。ヘルメス商会は王都どころか国中の商会を見ても最大手に位置しており、この場においても影響力が最も強い商会だ。


「サーガさんのところも、儲け話には乗りたかっただろうになぁ」

「近頃は景気が悪そうでしたからねぇ」


 そして最も資本力の無いサーガ商会の会長、ドミニク・サーガも欠席していた。サーガ商会は主に東方で商売をしているが、最近は経営が上手くいっておらず、徐々に影響力を落としている。


 最強の商会と最弱の商会。まずはそこから落としてみようという作戦だった。


 欠席した二人には、「別口で特別に商談がある」と伝えてある。今日の会合に間に合わなかったことにして、明日改めて領主の館に来るようにと根回しをしていたのだ。


「こちらは田舎者だから、少しは手加減してほしいものだ」


 会話に多少の変化があったものの、流れそのものは変わらない。

 大筋は前回通りかと思いながら、クレインは過去と同じ言葉を繰り返していく。


「クレイン様は話術に長けるともっぱらの噂。謙遜が過ぎますよ」

「左様でございますなぁ」

「クレイン様には商才があるかと存じますが」


 持ち上げてくれるのはいいとしても、この中に暗殺者がいると思えば嬉しさは半減していた。

 笑顔で擦り寄り、裏で毒殺を目論む輩がいるかもしれないのだ。


 ブリュンヒルデは完全に善意で殺しに来ている節があるので、彼女へは怒りよりも恐怖が勝るが、それはさておき彼は続けた。


「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ。本当にね」


 こっそり裏切りを企むような奴は許さんとばかりに、クレインは商人たちに――暗殺者に――怒りを燃やしていた。


 しかし誰が犯人かは分かっていないので、ここは慎重にいくと心に決めている。

 彼はなるべく同じ流れになるように気を使いながら、周囲の顔色を窺っていた。


「さて、スルーズ商会が王家の銀山から最後の設備を持ってきてくれた。これを使い、新規に銀山を増やそうと思うのだが」

「規模はいかほどで?」

「前の二つと同じくらいだ」


 クレインは先の展開を見てきたのだから、裏事情は既に知っている。

 しかしここから先は確実に展開が変わるので、彼の表情は無意識のうちに硬くなった。


「輸出は順調でも、まだ金庫の中身は少ないのでね。配当は前回と同じにして、諸君から出資を募ろうかと思う」


 前回はここでヘルメス商会長が出資比率を持ち出したが、今回彼はこの場にいない。

 どうなるかと思いながら成り行きを見守っていれば、代わりにトレックが名乗り出る。


「こんなこともあろうかと、御大を中心に出資比率を話し合っておりました」

「新規開発は予測済みか」

「銀山開発はかなめですからね。大筋は把握しておりますので、今書き上げます」


 彼は用紙を取り出すと、各商会が出す予定の金額を書き込んでいった。一時期は瀕死であったとは言えスルーズ商会も老舗なので、この仕切りは自然の流れとも言える。


 無駄に張り合おうとしなければ、未来でも潰れはしなかっただろうし、大きな影響力がありながら弱点も抱えていたからこそ、トレックのところが真っ先に狙われたのだろう。


 クレインがそう考えている間に、簡単な提案書が完成した。


「ご確認ください」

「……そうだな、見てみようか」


 確認はしてみたものの、内容はヘルメスが提案してきたものと全く同じだ。

 ならばと、クレインはこの後も同じように進めることにした。


「よろしい。ではこれで進めよう」

「取り分の交渉はご不要ですか?」

「一見して適正価格だからな。儲けさせてやるから、存分に働いてほしい」


 この提案書自体に問題はない。彼にとっての本題はこの先にあるのだから、ここはあっさりと流した。

 そして突然の提案にも全く動じなかったことは、むしろ彼にとってプラスの評価となった。


「流石はクレイン様。思い切りのいいことです」

「この決断の速さも若さゆえ、ですかな」


 持ち上げる言葉など、既にクレインの耳を素通りしている。


 彼はこの後に出てくる料理を怪しんでおり、高確率で死亡すると思っているのだから、関心の大半はそちらに向いていた。


「目先の小金に釣られて利益を逃すような二流は、ここに居ないと信じるよ」

「はは、これは手厳しい」


 今やクレインは巨大な利権を動かす男であり、談合や賄賂、裏取引など当たり前の世界に来てしまった。


 それでも商慣習として許される範囲で、違法なことはしていないのだが――考えるまでもなく、暗殺は完全に道を外れている。

 絶対に犯人を見つけてやるという意思とは裏腹に、彼はにこやかに笑いながら対応した。


「そう言えば、いい絵が手に入りましてな。子爵の屋敷に似合うかと思います」

「では当商会からもこちらの焼き物をお受け取りください。北方製の名品です」

「ああ、ありがたく受け取ろう」


 贈り物も前回通りだ。各自が交易品を持ち寄っているのだから、ここが変わるわけがない。

 一段落ついたところで人払いを止めて、料理と酒が運ばれてきた。


「……まあ、全ては生き残るためか」


 改めて決意したクレインは、陶器のコップに注がれたワインを一息に飲み干す。


 最近では領内に回る品物の質が高く、酒も食事も上等になったものだが、しかしこれには毒が入っているかもしれない。

 などと思いながら、クレイン以外の面々は上機嫌で商談を進めた。




    ◇




「……腹痛か」


 その晩のこと。クレインが予想した時間帯に、予想通りの痛みがやってきた。

 死を確信した彼は、物憂げな顔で下腹部を撫でる。


「大丈夫ですか? クレイン様」

「ああ。少しばかり……いい物・・・を食べ過ぎたかもしれない。今日は早めに寝るから、マリーはもう下がっていいよ」

「何かあれば呼んでくださいね?」


 そう言って廊下を歩いて行くマリーを見送りながら、クレインは溜息を吐いた。

 今回は昼に貰った胃薬を使わずに、様子を見てみるつもりだ。


「この腹痛が、ただの腹痛ならいいんだけど……。あー、それにつけても、生まれ変わるなら今年の4月からがいいなぁ」


 戻るにせよ、何かを得てから戻りたいと願うクレインだが、とにかく4月に戻りたいのだと口にしつつベッドに潜り込み――


 ――彼はそのまま永遠に眠った。




 王国暦500年8月22日


 領主の病死により、アースガルド家の歴史は終わった。

 アースガルド領は後に、王家の直轄地に編入されることになる。


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