神様は見る目がない

深海美桜

第1話

それは僕が2歳の時に現れた。母と手を繋いで歩道の小さな下り坂や上り坂を楽しんでいた。平らな道が続いて、また小さな坂が近づいて来ると共に、今までの小さな坂には無かった物も近づいてきた。灰色のボディに黒色のスクリーン、緑色の細長い六角形が数字を成しているデジタル時計が3、4個、坂の上にバランスよく立っていたり、宙に浮いたりしていた。僕はそれが気になって母の手を引いて、繋がれていない方の手を伸ばした。母は仕方なくという感じでついて来てくれて、僕はそれに触れた。その途端に繋いでいた手を引かれた。いつも勝手に行っちゃだめと言われているのに母を引っぱってしまったから、怒られると思って振り返ると、母は何も言わなかった。緊張が解け、先に進もうとするとまた手を引かれた。


「おかあさん?」


そう言ってまた振り返ると、母はさっきと全く同じ体勢でいた。ふと周りを見回すと、車も、自転車も、空中に跳んだ猫も、全て止まっていた。

僕は繋がれた手を母の手から離して、母の体を揺すったりしてみたけどびくともしなかった。さっきは母に手を引かれたと思ってたのに、本当は僕が動かなくなった母の手を引いていたのだと気がつくと寂しくなった。涙が出てきて、すぐに我慢できなくなって声を出して、いつもなら慰めてくれる母の声は聞こえてこなくて、寂しさが増して、泣き続けた。

いつもなら疲れて眠るまで泣くから、自分が泣きやんだことに気がつくのは目を覚ましてからなのに、その日は全然疲れなくて、初めて自分で泣くのをやめた。何分泣いていたか分からないけど、結局景色は変わっていなかった。2歳の頭で理解できることは、周りが動かないことくらいで、何をしたら良いか分からなくて、でも何もしないのは退屈だって分かるから何となく歩くいた。車が動いてないから道路も自由に歩けるし、変な人をじっと見ても怒られない、気になる虫や花も触れるし、入っちゃいけない場所なんてない。夜が来ないから眠らないでずっと好きなことをし続けた。ある程度やりつくして家に帰ろうと思ったとき、母が動かなくなったことを思い出して、また泣き出した―――


とても長い時間が経ち、僕は止まった世界から抜け出した。あの世界には誰がどういう基準で決めたか分からないトリガーが存在した。世界が止まるトリガーであり、世界を動かすトリガー。その時は道路に飛び出し、車に撥ねられそうになっていた猫がそれだった。僕はその猫を安全な場所に移動させることで、止まった世界から抜け出した。

世界が動き出して、とても久しぶりに母の声を聞いた。口を動かして、僕に語りかけている。手を伸ばして僕の手を取ろうとしている。動いている母を見て安心し、抱きつこうと歩き出した。しかし、母の胸にたどり着く前に僕は意識を失った。次に目を覚ましたのは2年後だった。

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