百合の花 ー4ー

A(依已)

第1話

 どこまで眩しいアスファルトの路地を、歩き続けただろう。まだ朝だというのに、わたしの喉は、カラカラに干上がっていた。心ここにあらずといった状態の、虚ろな目で、ひとしきりふらふらと歩いた。ふと脇に目をやると、そこには民家に紛れすぎて目立ちもしない、小さな可愛らしい教会が建っていた。

"どうぞご自由に礼拝してください"

と、張り紙が貼られている。

 普段なら、そんなところに入ってしまえば、強引に勧誘でもされて、会員費でもとられてしまうに違いないと素通りするところなのだが、"ご自由に"という言葉に心惹かれた。信じてみることにした。というより、信じたかった。

 木製の重厚な扉を、おもむろに開いた。

 中は、この猛暑からは想像も出来ないほどにがらんとしており、寒々しい。人っ子ひとりとて、いないようだ。

 色とりどりのステンドグラスで、壁じゅう、そして天井の際まで、ぎっしりと埋め尽くされている。イエス、マリア、花、鳥・・・。この世のものとは思えない、幻想的で魅惑的なその世界観に、うっとりとした。

"この空間にずっといられたなら、どんなに幸せだろう――"

と、わたしは思わずにはいられなかった。

 キリスト像の前へと、脇目も振らずに、まるで吸い込まれるように、真っ直ぐにすすんだ。キリストは口から血を垂らし、ガックリとうなだれている。死に際、追い詰められたわたしと同じような心理状態であっただろうに、それでも尚、人々を救おうと尽力する寛大さと強靭さに、頭が下がった。さすがに、"神の子"だけはある、と。

 そして傍らのマリア像はわたしを見据え、わたしに向って、控え目に、その美しい手を差しのべている。その手に、抱きしめられ、包まれたいと思った。真実の母性とは、こういうことなとだと、改めて思い知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合の花 ー4ー A(依已) @yuka-aei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る