18 子供の頃のラクシィ・ムーン



「すー……すー……」


 魔道具のプレゼンが終わった途端に、ラクシィはソファに埋まる様に寝ていた。

 いちおう仕事中だというのに、大好きな魔道具を見せびらかして、それが終わったかと思ったら寝ちゃうとか。子供か。

 まぁこの世界では成人してるとはいえ、同じ歳なので俺の感覚的には子供と呼べる歳だが。


「良いのか、これ?」

「かまいませんわ。魔道具魔道具で寝る間も惜しむような子なので、寝れる時は寝かせておく方が良いのですわ。今日は少々はしゃいでおりましたし」

「本当にラクシィは魔道具大好きだな」

「ふふ……そうですわね。ラクシィは魔道具に命を救われたようなものですもの、不思議はありませんわ」


 ラクシィと知り合ってからもう長い時間が過ぎたものだ、と思いを馳せた。


 昔のラクシィは変わり者だった。

 今も変わり者なのだが、子供の頃の変わり者というのは特に目立つ。

 周りの子供が子供らしく遊んでいる中で、一人だけ混ざることなく、魔道具や物の構造について考え込んだりしていれば、そりゃ目立つだろう。当然ながら悪い方にだ。


 ラクシィはいわゆる頭脳系の天才だったのだ。

 だが天才というのは往々にして理解され難い。

 とくにまだ言葉にも表現力にも乏しい子供などは、おかしい子、危ない子、といった風に見られたりしてしまう。

 ラクシィはまさにそんな風に周りから思われてしまった子供だったのだ。


 そんな風に思われている子供に近づきたくない。そう周りの子らが思ってしまうのも、残念ながらしかたのなかったことだったと言えるだろう。

 誰が悪いというわけじゃない。仮に責任を求めるなら、人をそういう精神構造にした神に求めるしかない。


 そう言った理由からラクシィは周囲から数歩距離を置かれるようになってしまったのである。


 もともと周りの子供と遊ぶことがなかったラクシィだが、自分から一人でいるのと避けられるのでは、当然意味が違ってくる。

 街を歩いていて知らない人とすれ違っても何も思わないだろうが、知り合いとすれ違った時に目が合ったのに何の反応もされなかったら疑問を感じるだろう。

 あからさまに目をそらされたら、思うこともあるだろう。

 それに近い事があって、ラクシィは自分が避けられているらしいことを、認識することになったのである。


 一度認識してしまうと、気になってしまうのが人間というものだ。

 ラクシィは周囲から避けられているという認識をして、なんで?となった。

 ラクシィは普通に過ごしていただけなのである。他の子供とほとんど関わらず、自分の好きなことをしていただけなのだ。

 それがどうして避けられるようになっているのか。子供の頭ではそうそう理解できることではない。


 仮に天才でも変態でも、人の精神構造なんてものはそんなに差があるものではない。

 夏の虫を嫌う気持ち。暗い夜道を怖いと思う気持ち。他人に避けられて嫌だと感じる気持ち。

 理解できないまま、嫌な感じばかりがラクシィの心に積み重なっていった。

 そんな負の感情が溜まっていくことが体に良いわけがない。しかも多感な子供の頃ならば、そのおりは毒そのものになる危険性を含んでいた。


 この時、親だけでもラクシィを肯定していれば、ラクシィもそこまで苦しまなかったかもしれない。

 けれど、ラクシィの親もまた天才を理解してあげられる親ではなかった。

 みんなと遊びなさい。おかしなことをしないで。どうして普通にできないの。

 母親はそう言って怒ったが、ラクシィには怒られる意味がわからなかった。


 みんなと遊べと言われても、避けられているので遊べない。

 おかしなことをするなと言われても、ラクシィにそんな意識などなかったから意味がわからない。

 どうして普通にできないのと言われても、何を非難されているのか理解できなかった。


 理解不能が積み重なり、パニックがラクシィの限界を超えてしまい、逃げるようにラクシィは家を飛び出した。

 どこに向かうでもなく、目の前に伸びる道のままに、ラクシィは走った。

 いつからか目から涙が溢れ、泣いてることも気づかないまま、走り続けた。

 やがて疲れて足が上がらなくなり、のろのろと街を徘徊しながら、ラクシィは泣き続けていた。


 そんなボロボロのラクシィを見つけたのが、子供の頃の俺とアリシアだった。

 最初、俺たちは迷子だと思って保護したのだが、話を聞いてみるとどうも違うらしいということがすぐにわかった。

 親に怒られて。飛び出してきた。よくわからない。なんで怒られるの。普通にしろってなに。

 癇癪が爆発したように、ラクシィは頭に詰まった鬱屈を言葉にして吐き出した。

 普通に聞けば子供のわがまま。子供の感性でいけないことをして、親に怒られた。そんな風に聞こえるような言葉の羅列。

 けれど、義明の精神を持っていた俺には、ラクシィの言葉を完全に理解できたわけではなかったが、なんとなく察することができた。


 その後、言葉を吐き出し尽くして落ち着いてきたラクシィと色々話した結果、俺とアリシアはラクシィに職人としての道を与えることにしたのだった。


 当時はまだまだ小さかったセイラーズ商会の職人の下で基礎を学ばせ、ラクシィは家で寝る以外の時間を全て学ぶために使った。

 おそらくラクシィと物作りの組み合わせは凸と凹のようにぴったりだったのだろう。

 わずか半年で水を吸うスポンジのように基礎を吸収してしまい、学習に使った時間に比例して大量の知識を溜め込むことになった。

 たった一年で師匠役の職人から一人前の太鼓判を与えられ、ラクシィは物作りの職人となったのだった。



「あれからもう八年か」


 この変わり者の女性が今では国で最も知られていると言われる職人である。


 あの時、俺たちがラクシィを見つけなかったらどうなっていたか。

 そんなイフの話なんてわかるはずもないが、ラクシィだって歳を重ねていけばやがて普通を学び、周囲に迎合する術を覚えて、ごく一般的な女性になっていたかもしれない。

 そうなっていたらセイラーズ商会はこんなに大きな商会になっていただろうか?

 ゴールドフィール領はこんなに回復していただろうか?

 答えなんてある疑問ではないのだが、つい想像せずにはいられなかった。


「まぁ、普通になったラクシィなんて想像もつかないけどな」


 普通の仕事をして、休日は友人と買い物をしたり、ランチを食べたり。

 普通に結婚をして、子供を産んで、普通の母親になる。


「ありえないな。普通に男と結婚するラクシィとか、想像しただけで笑っちゃ、いたあああっ!」


 脛を蹴飛ばされて、俺は飛びあがった。

 蹴飛ばした足の持ち主……ラクシィに涙目を向けると、驚いたことに彼女は普通に寝たままだった。


「……寝てる? 寝たまま人の足を蹴飛ばしたのか?」

「失礼な気配に反応したのでしょう。わたくしに同じことを言ったなら、その口が二度と失礼なことを言わないように縫い付けて差し上げましたわ」


 カップを口元に運びながらアリシアが怖いことを言う。


「………」


 普通に男と結婚するアリシアも、いまいち想像ができないが……

 もちろんここで言葉にするほど、俺は阿呆じゃない。


「賢明ですわね」


 唐突にアリシアにそんなことを言われて、びくりとしてしまう。

 心を読まれた? そんなバカな。

 慄いてアリシアを見つめていたが、アリシアは微笑を浮かべてお茶を飲むだけだった。


「そろそろクリスティアーノ様の要件を済ませましょうか」


 アリシアに言われて、俺は今日ここへ来た理由を思い出した。

 俺はアリシアの近くの椅子に腰を下ろすと、本来の要件である誘拐事件についての話を始めるのだった。




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