3 帰領命令 ~いのちを大事に~
「クリスちゃん、オリビアが何か話があるそうなの。ちょっと行ってきてくれる?」
母からそんな
オリビア、というのは、女王領ではない方のうちの領地・ゴールドフィール領の管理を任している領主代理のことである。
フルネームはオリビア・ミスティリアといい、母とは幼い頃からの友人であり、代官を任せてることからわかるように信頼厚い貴族の女性である。
母はゴールドフィールに関して完全委任に近い権限を俺に与えており、王城に籠っている俺はそれをオリビアに丸投げしている。
さっきは調子に乗って領主だよーん☆なんて言ったが、本当は俺はまだ領主代理で、その代理がオリビアなのである。
当然税金を好き勝手に使えないし、生類憐みの令(俺用)だって自由に発布できないのだった。
まぁそんな感じなので、完全委任状のようなものを持ってるオリビアが召還を願うなんて、よっぽどのことが起きたに違いない。帰りたくなぁい。
だってさ、針の筵なんだよ? その上、やっかいごと?
母は俺に死ねと言っているのか?
「
「はぁい」
返事がため息半分になったのは、どうか許してほしい。
■□
□■
さて、そこそこ離れた実家に帰るとなると、それなりの準備が必要だ。
こちらの世界での移動は義明の世界でちょいと帰省するように、財布とカードとスマホだけ持って電車に乗ればなんとかなる、というものではない。
移動のための乗り物から護衛の騎士。数日不自由ないだけの旅の支度まで、わりと大仕事なのだ。
普通の貴人ならメイドにお願いするだけの手間だが、俺の場合は自分で揃えなければいけないのである。
馬車と旅支度はまぁいい。彼らは嫌な顔をしたり、舌打ちしたりしないからね☆
けれど、護衛の騎士は……はぁ。
この騎士というのは王国の騎士ではなく、母に雇われているゴールドフィール領の騎士である。
騎士とはいえ、彼女たちも領民なので、俺に対する感情はあまり良くない。いや、この王都で俺のちょ~っと情けない話を聞いてる分だけより悪かったりする。
さすがに仕事を放棄するようなことはないが、嫌々しているという感情があからさますぎて、危険から守られる代わりに精神がガリガリ削られるのである。
とはいえ、獣や魔物が出る世界なので、命の危険か
まぁ命を失くすことと比べたら後の胃のことを気にしていてもしかたがない。
とか言いつつ、終わった後はいつも、死んだ方がマシだったと思うんだけどな!
俺はフライング気味にしくしく言い始めた下腹の近くを撫でながら、ゴールドフィール領の騎士リーダー、ミュール・リンクのところへ向かった。
■□
□■
騎士ミュールとゴールドフィール領騎士団は、城に併設された広大な敷地を使った騎士団訓練施設で日課の訓練をしていた。
母の傍にいなくていいのか?という話だが、城での要人警護は王国騎士団の役目なのである。騎士だからといって自由に城に出入りすることも許されていなかったりするのだ。
なので彼女たちは、母が城の外に出かけるといったことがなければ、基本的にここで訓練をしているか、呼び出された時にすぐ動けるよう待機しているか、そのどちらかで毎日を過ごしていた。
「や! やあ!!」
勇ましくもかわいい声がそこかしこから聞こえてくる。
かわいい子や綺麗な子やごっつい子がわんさかいて、見た目は女子高生の大運動会やー。
という感じなのだが、もちろんそんな華やかなものじゃない。
かわいい女の子がおっそろしいほどの速さで縦横無尽に動き回り、綺麗な子が鉄パイプでも振り回しているような、ぶぉんっ、という音を響かせ、ごっつい子が下着みたいな姿でポージングしている。
この訓練施設はゴールドフィール騎士団のような領有騎士団の待機場所としても使われているので、たくさんの女の子が訓練に勤しんでいた。
女の子たちがくんずほぐれつしている姿は見ている分には楽しいんだが……
「……何をしているのですか、クリスティアーノ様?」
いきなり背後から話しかけられて、びっくぅぅ、としてしまった。
だって、今の俺ってドアの隙間から女の子たちの訓練する姿を眺める、客観的に見たらとっても変態だったからね☆
そんでもって今の声は……そろりと振り返ると、思った通りの人物、騎士ミュールがいた。
ミュール・リンクは大和撫子なお嬢様風の容姿の美人なのだが、いつも怒ったような顔をしていて、それがクラウディアを想像させて怖いのである。
今もまた、この不審者が!とでも言いたげな目でジッと俺を見据えている。俺は無実だ!
………
……無実かな?
いや、無実だ! 俺は訓練を視察していただけだからな!
「それで、何をしているのですか?」
「嘘です! ちょっとだけ楽しんでました!」
「………」
俺の自白で、彼女の視線が冷たくなったような気がした。
というか、聞き直されただけか。いらないことを言ってしまった。
しかし、自白について追及する様子ではなかったので、俺はあらためて彼女の質問に答えた。
「ああ、えっと、騎士ミュールに用があって探していたんだ」
「そうでしたか。なんでしょうか?」
あいかわらず不機嫌そうな顔だなぁ。にっこり笑ってくれたらかわいいのに。
笑顔は大事だよ。ほら、怒ってる人に話しかけるのって躊躇しちゃうだろ? そんなの話しかける方も、かけられる方も、不幸になるってもんだ。もったいないもったいない。
さぁ、みんな笑顔でレッツ・コミュニケーション☆
「用とは、なんで、しょうか?」
「はい、すみません。ゴールドフィールへ戻ることになったので護衛を出して、もらいたいなぁなんて、お願いに来たしだいです」
俺の言葉が進むごとに、かわいらしいお顔の眉間に皺が寄っていくので、最後はなんとも情けない感じになってしまった。だって怖いんだよ! 胃がしくしくするんだよお!!
「かしこまりました。人選しておきます。出発は明日の朝でよろしいですか?」
「うん、いつもどおりで」
俺が帰領するときは、いつも朝早めに城の正面にある広場で待ち合わせをし、出発するのだ。
朝早めに出ると七日目の夕方くらいに着けるのだが、少しでも遅れると夜移動を避けるため、八日の昼の到着になってしまうのである。
胃後を大事に。できるだけ胃を痛める時間を短縮するのが、俺の旅にとってはとても重要なことだった。
移動中に胃にひびでも入ったら、領地のストレスで確実に割れるからね!
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