13 決着☆ヘレンアティス



 戦闘が開始されると、ヘレンアティスはまっすぐ俺の方へ突っ込んできた。


 ライフルのような形をしているが、ヘレンアティスの『OS』は銃であって銃ではない。

 その形状から想定できる通り魔法の弾を発砲することもできるが、直接ぶん殴ることもできる近・中距離両用の武器なのである。


 そもそも近距離戦闘ができない女王候補など1人としていない。得意・不得意の差はあるが、女王候補の誰もが近接戦闘の訓練を己の義務としているのだ。


 人々の前に立って力を示す。

 それはこの国の貴人の女たちが抱く、誇り高き思想の1つである。


「シールド!」


 叩きつけられた『OS』を俺のシールドが跳ね返す。

 ヘレンアティスが驚いた反応を見せるが、一瞬のことだ。すぐさまシールドの範囲を検証するかのように、いろんな角度から攻撃を加えてくる。


 数度攻撃を受けて、ヘレンアティスにディーアモーネのようなシールドごと吹き飛ばすような攻撃力はないことがわかった。


 とはいえ、シールド魔法は俺の全身を完全に守ってくれるものではない。効果範囲は普通の盾と同じようなものなので、手数とスピードですぐに突破されてしまうだろう。


 それを防ぐためには攻撃をしなくてはいけないが、さっきも言ったがヘレンアティスとガチ戦闘する想定などほとんどしてなかったのだ。


 人間は訓練もせずに闘う動きをすることはできない。

 パンチしたりキックしたりすることは誰でもできるが、目の前で不規則に動く相手にそれらをぶつけるためには、それなりの準備や知識や経験が必要になる。


 戦闘経験に乏しい俺がまともな戦闘をするためには、事前準備とイメージトレーニングが必須なのである。


 だから、それをしてない俺に今出来ることは一つしかなかった。


「サンダーストーム!!」


 今俺に出来る唯一のこと、それはディーアモーネ戦の模倣である。

 油断していたとはいえ、ディーアモーネに勝利した戦法なのだ。初見殺しと言えるほどの威力を秘めているはずだった。


「っっ!!」


 俺が力ある言葉を放つと、俺を中心にして訓練場に雷光の嵐が吹き荒れる。ヘレンアティスはあっさりその光の嵐に飲み込まれた。


 俺はすぐにその場から移動し、次の魔法を放った。


「コールミスティック! マインミラージュ!」


 霧を発生させ、7つの分身を作り出す。

 準備は整った。さぁ、霧を吹き飛ばせ。分身をもったいぶって叩き潰せ。


 ディーアモーネが拘束された戦法をヘレンアティスが防ぐことは、ほぼ間違いなく不可能だろう。

 あとはむにゃむにゃして、むちゅむちゅするだけだ!


 俺は今か今かとヘレンアティスが罠にかかるのを待った。

 10秒。20秒。30秒。

 わずかな時間と思えるだろうが、戦闘中の1秒は普段の数分にも等しい時間である。

 それだけの時間、何も動きがないなんてことは普通ありえない。ありえないはずなのに、実際何も起きなかった。


「いや、まさか……ウインドブロウ」


 俺は一応罠の可能性を考慮して小声で風の魔法を発動した。

 霧を吹き飛ばした後には、7人の俺と、数メートル離れた場所で尻もちをついて体を震わせるヘレンアティスがいた。

 それはディーアモーネとの決闘の時、最初のサンダーストームで想定していた状態そのものの姿だった。


「く、クリス……あなたこんな力を隠して……」


 悔しそうな顔でこちらを睨み、ヘレンアティスは痙攣する体を何とか立ち上がらせようとしていた。

 1対1の決闘の最中において、その状態はもはや詰んでいた。ヘレンアティスも当然理解しているだろう。


 俺は少しの間ヘレンアティスの様子を観察した。

 さすがにフリということはないだろう。それをする意味はないし、俺相手にそういったブラフを使うのは頭脳派と言われるヘレンアティスでもプライドが許すまい。


 ということは、本当にサンダーストームが想定通りの効果を発揮したということになる。

 『気』の強さには多少強弱があるだろうが、ディーアモーネにほとんど効果のなかったこの魔法がヘレンアティスにここまで効いたのは不思議だ。


 聞いたことはなかったが、もしかすると『気』には属性のような要素があるのかもしれない。

 ディーアモーネの赤は火の赤で、ヘレンアティスの青は水の青。

 そう考えると雷の魔法がヘレンアティスに効果的だったことに一応納得ができる。


 ……いや、検証は後回しだな。ヘレンアティスの麻痺がいつ治るかわからない。

 麻痺が治れば相対するのは油断のないヘレンアティスだ。

 サンダーストームは広範囲魔法で回避が難しい魔法だが、気合を入れて構えられたら同じ効果を与えられない可能性がある。

 ディーアモーネを捕らえた触手タイプの拘束魔法もあるが、油断してない相手を捕まえられるかどうかと聞かれると難しいと言わざるを得なかった。


 つまりさっさと禁呪をかけろという話である。


 いまだに動けないヘレンアティスの傍に立った俺は少々思案した。

 お腹の辺りに跨った方がやりやすいが、それをしたらたぶんブチギレるだろう。

 この世界の女にとって男とは組み伏せるもので、その逆はありえない。男がそんなことをしたら、それは常識外れどころか、気狂いと思われるレベルである。

 そんな風に思われてしまったら、まぁ関係の修復は不可能だろう。


 俺は頭の中で色々考えつつ、ヘレンアティスの傍らに片膝をついた。

 動けない自分に攻撃をしてこない俺に対し、ヘレンアティスは戸惑いの表情を浮かべている。

 俺はそんなヘレンアティスの頬に手を当てて逃げられないようにすると、唇を奪った。


「んんん!?」


 目を見開いて体を硬直させたので舌で口を割って開かせ、魂を奪わんばかりに吸い付く。そして――

 禁呪発動!


(ソウルスティール!)


 びくんっと大きく体を震わせ、再び体を硬直させるヘレンアティス。


 俺は続けてディーアモーネよりは大きいがマリーアネットよりは小さい2つの丘に手を当てると、魔法の手を伸ばして心臓を掴む。

 禁呪発動!


(ハートバインドディマスター!)


 禁呪が発動し、心臓に服従の刻印を刻み付ける。

 これでもうヘレンアティスは俺に逆らえない。明日からはきっついパシリ生活もおさらば……おさらば……できたらイイなぁ。あはは。

 できないんだけどな。アハハ。

 急にしなくなったら疑われるからね。うごごごご……



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