エピローグ 幸か不幸か2 モテ持て期編
ヘレンアティスとの決闘から1日が過ぎていた。
俺は今、椅子になっていた。
………
……え? 何を今さらだって?
ははん。想像力が足りていないな。人は日々、進歩と成長を繰り返す生き物だ。
昨日椅子だったからと言って、今日もただの椅子とは限らない。そういうことなんだぜ?
………
……うん、俺はいったい何を言ってるんだろう?
ストレスってやつは人から思考力を奪い取るものなんだ。そんなことを思う、午睡誘う麗らかな日の午後だった。
現実逃避? ああそうだよ、現実逃避だよ。
だけどさ、つらい時はさ、現実逃避したって良いじゃない。
現実逃避っていうのは逃げじゃない。
現実逃避は現実倒避。現実で倒れてしまうのを避けるためにする防御行動なんだ。
だから人は逃避してもいいんだよ? ね?
「聞いてるのかしらぁ? く~り~すぅ~~?」
マリーアネットの手が俺の尻を叩き、現実から逃げようとしていた俺の心の後ろ襟を引っ掴んで引き戻す。
現実は非情だ。ボスキャラからは逃げられない。絶対に回り込まれてしまうのである。
現実倒避。倒れるのを避けるためにする防御行動。
今の俺は両手両膝をついたお馬さん状態。すでに倒れていると言って良いだろう。
もう倒避とか言って、現実をごまかすのは無理だった。
俺は今、椅子になっている。
ただの椅子じゃない。言葉で言い表すとしたら、今の俺はベンチだった。
ベンチ。それは義明の世界の駅や公園にあるような、横長の3、4人で利用できる椅子の名称だ。
ふふふ。もうどういうことかわかるよな?
俺の背中にサフィアローザ、腰のあたりにマリーアネット、首のところにディーアモーネ、3つのお尻を乗せていたのだった。
椅子をしてる時の唯一の楽●み(内緒)である、お尻の感触とか言える状態じゃあない。もはや膝にでかい石を載せてる時と同じような気分である。いや、そんな経験はないけどな。本当だよ?
「私もちゃんと聞きたいわぁ。クリスがどういった言い訳するのか、ね?」
サフィアローザの優し気な声が俺の耳を撫でる。
攻撃的なマリーアネットと違って優しいサフィアローザは……ぐあああ! 両足上げないでくれ! せ、背骨があ!
「説明次第では不幸が起きるかもしれないわね……」
こわっ。
目の前の地面にぶっ刺さってるディーアモーネの『OS』に似た剣が恐ろしすぎる。
不幸が起きるってなんだ、不幸が起きるって? もうすでに不幸ですけど何か?
「………」
ディーアモーネの人差し指が俺の首をつつつ~っと撫でた。まるで刃を入れるところをなぞる様に。
ひぃぃぃ! いやだ、うそです! 不幸じゃないです! まだ死にたくなぁぁい!!
「それで? ねぇ、クリス? ちゃんと説明してくれないかしら?」
マリーアネットは俺のお尻をすりすりと撫でながら言い、アメの次はムチ、とばかりにぎゅっと抓って言葉を続けた。
「どうして私が、ヘレンアティスなんかに、クリスに害があるから今後は近づくな、なんて、上から命令されないといけないのかしら?」
ひぎぃぃぃぃ。尻肉抓んでぐりぐり捩じるなあ!
「あら。私なんてそのだらしない脂肪でクリスを誑かすのをやめなさい、なんて注意されてしまったわ」
うがが! 背骨が折れる、背骨が!
「私は何も言われてないけど、ヘレンアティスがなぜ2人にそんなことを言ったのか、とても気になっているわね」
だから首をなぞるなっての。怖いから!
まぁディーアモーネにだけ言わなかったのは何もおかしいことじゃあない。彼女に真正面からケンカを売るようなやつは女王候補でもそういないからだ。
それはつまり、ヘレンアティスがマリーアネットとサフィアローザを下に見てるってことなんだけどな。
2人、とくにマリーアネットはそのことに関してもかなりイラッとしていることだろう。
「ほらほら、ちゃんと説明しなさい。ヘレンアティスはどうして私たちをけん制するようなことを言ってきたわけ? ……納得させられなければどうなるかわかってるわよね?」
「………」
わかりたくない。わからないじゃなくて、わかりたくない。
だってどう考えたって納得させられる説明が思い浮かばないし、良い未来なんか唯一つすら想像できないのだから。
とはいえ、俺に黙秘権というものは存在していない。
納得させられるとはまったく思えなかったが、ヘレンアティスの言動に関係するであろう決闘後のことを、俺は思い返すのだった。
■□
□■
ヘレンアティスに禁呪をかけた直後の話だ。
目を見開いたまま硬直しているヘレンアティスから手と顔を離し、距離を取ろうとしたところで彼女の目に意思が戻った。
次の瞬間、まるで食虫植物が獲物を捕らえようとするような勢いで、首を抱き寄せられていた。
俺はまったく反応できずに、またヘレンアティスの唇の感触を味わうことになっていた。
「っっ!?」
い、いきなり何をするんだ!? 恋人でもない他人の唇を勝手に奪っちゃダメだろ!?
……え、お前が言うなって?
そうだね、でもね、自分は良くても他人はダメなんだ。
人間っていうのはさ、そんな勝手な生き物なのさ。
と、まぁそれは冗談だが、はっきり言って俺は今、とてもパニくっていた。
だって無理やりキスされた直後に、仕返しのようにキスをし返すやつとかいる?
いや、目の前にいるのだけど、目の前にいても信じられないというか、わけがわからない。
どういった心の動きがあれば、こんなことになるのだろうか? その答えを知っているのは情熱的に俺の唇を奪っている目の前の美人しかいなかった。
「……はぁ」
こうして目の前で見ると、やばいくらいの美人だ。
普通の恋人同士だったら幸せいっぱい夢いっぱいだったかもしれないが、残念ながら俺たちはパシリとパシラである。素直には喜べない。
いまだに首に回された腕の存在にちょっぴり恐怖を感じてしまっている俺では、ヘレンアティスを単純に異性として見ることはできないのであった。
ともかく、そろそろなんでキスをしてきたのか聞こうと思ったのだが、俺が質問する前にヘレンアティスが話し始めた。
「クリス、いけない子ね。私のことが好きなら、好きとまず伝えるのが先でしょう?」
「………」
……え? 私のことが好きなら、好きとまず伝えるのが先でしょう?
彼女は何を言っているんだろうか?
……ん? いや。もしかして禁呪でキスしたのを、俺がヘレンアティスを好きだったからしたと勘違いしたってことか?
え、なんでそうなる? 俺だって好みの美人を見つけたからって、勝手にその美人にキスしたりしない。
ヘレンアティスの唇を奪ったのだって、あくまでも禁呪の必要動作でしかないのだ。
まぁ、説明しないとヘレンアティスにはわからないか、と思って、彼女の勘違いを正そうとしたのだが、ふと俺は止まった。
唇を奪い、胸に触ったけど、好きだからしたわけじゃない。
外道か!
まぁ、実際やってるのは外道そのものなんだけど、それを説明するのは
結局のところ禁呪と俺の計画について説明して、納得して、認めてもらわなければいけないのだが、目の前の勘違いしちゃってる美人にはどうにも話しづらいというか……
というか、え、もしかしてあのキスって好意(勘違い)を受け入れたってことなのか?
「………」
ダメだ、意味がわからない。ちょっと前からヘレンアティスの思考回路がどう繋がっているのか意味不明だ。さっきも急にМ男と勘違いしたし、ホントどういった回路してるんだ!?
そんな風に戸惑い躊躇いしてるうちに、タイムリミットが来てしまった。
「今後どうするかは、またあらためて話しましょう。そろそろ仕事を始めないとみなに迷惑をかけてしまうから」
「え、いや、あ、そうだ! そう言えば聞きたいことがあるんじゃなかったか?」
「その話も後日で良いわ。緊急性のある情報でもないから。それじゃ今日のことは誰にも話してはダメよ?」
「そっちこそ今日の話は誰にもしないでくれ」
こう言っておけば禁呪の効果で今日の話を喋ることができなくなる。色々と早めに説明しないといけないが、こうしておけば当面はヘレンアティス関連で問題が起きたりはしないだろう。
今日はもう疲れた。どう説明するかなど含めて、少し休んでから考えることにしよう。
そうして俺はすぐに後悔することになる。
どうしてきっちり問題になりそうな点を潰しておかなかったのか、と。
■□
□■
「「「………」」」
昨日部屋に呼ばれたあたりからのことをダイジェスト風味で話したのだが、返ってきたのは無言の反応だった。
まぁ、3人もすぐには整理がつかないのだろう。あらためて思い返してみてもヘレンアティスの反応は意味不明だしな。
しかし、俺まで黙っているわけにはいかない。納得を勝ち取らなければ、どうにかされてしまうのである。
そういう意味では3人が混乱してるのはチャンスだ。ここでたたみ掛け、さらに混乱させて、うやむやにしてやるのである。
「誰かヘレンアティスが何を考えてるのかわからないか? なんであんな反応したんだろうなあ?」
考えている疑問を共有させることで当事者であるかのように錯覚させようという目論見である。
俺はわからないけど、みんなもわからない。みんなわからないのだから、俺がわからなくてもしかたがない。だから俺は悪くないんだよ、という訴えである。
完璧だ。完璧な論調で弁護士クリスは完全無罪を主張した。
ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!
俺の訴えに対する3人の返しは、尻肉をむぎゅうと抓り、脇腹肉をむぎゅうと抓り、頸動脈をきゅうと絞めることだった。
死ぬ! 死んでしまうわ!
「痛い! 苦しい! なんでだ!?」
なんで俺は今、抓られて絞められた?
八つ当たりか!? ごまかされそうだったから、力業でひっくり返そうってことなのか!?
ひどすぎる! 俺はただ、この地獄から逃げたいだけだったのに! そのためにごまかして煙に巻こうとしただけなのに!
悲鳴を上げるように声を上げた俺をあやすように、マリーアネットがお尻をなでなでした。そして、俺が今思ったことを否定するように話し始めた。
「ヘレンアティスが何を考えてるかわからないって? 教えてあげましょうか?」
「……え?」
教えられるの? なんで?
「自分を好きだと勘違いしてキスをした。それはつまり、ヘレンアティスが以前からクリスに好意を持っていた、ってことじゃない」
「は? いやいや、そんなわけがないだろう? 私はずっとヘレンアティスには使用人みたいにこれ使われてきたんだぞ?」
「……それがどうしたの? 男が女のために世話を焼くのは普通のことでしょう?」
「………」
オゥ、マイ、ゴッド。
そうだ。そうだよ。そうだった。
この世界は、この世界の女にとっては、男に雑用をさせるのはごく一般的なことだった。
俺が気に入らないとか、俺を嫌っていたとかってわけじゃなく、この世界では常識的な感覚で普通に俺を使っていただけだったのだ。
「おそらくヘレンアティスにとって、クリスは自分の言うことをよく聞く、甲斐甲斐しい男なんでしょうね」
かわいい男。甲斐甲斐しい男。女を喜ばせる男。
呼ばれたら大急ぎで参上し、どんな指示でも(表面上は)まったく文句を言わずにきっちりこなす。そんな甲斐甲斐しい男が俺でした☆
えええぇ……
「それで、クリスはヘレンアティスをどう扱うつもり?」
ディーアモーネがそんな風に聞いてきたので、俺は反射的に昨日から考えていたことを答えた。
「どうも扱うも何も、ディーアモーネたちと同じだよ。俺の目的を理解してもらって、認めてもらう。それで協力してもらう」
「認めなかったら? 禁呪で言うことを聞かせるのかしら?」
「それをするつもりはない。けど、邪魔だけはしないようにさせる」
何度も言っているが、俺が動いていることを友好的じゃない女王候補に察知された時点で俺の計画は終わってしまうのだ。それだけは心を鬼にしてでも阻止しなければならない。
邪魔をしないようにさせるというのも、俺の計画に関係する一切のことを誰にも話さず、今まで通り過ごせと、命令するだけの話だ。
キリリとキメ顔で覚悟を語ってみたのだが、どうにも決まらない。四つん這いだからかな? だろうね!
そろそろ腕とか背中とか首とかやばいんだけど……
「ねぇクリス。クリスはヘレンアティスと結婚するつもりはないの?」
「は?」
サフィアローザの突拍子もない質問のせいで、危うく腕の力が抜けて顎から地面に落っこちるところだった。
「ないない。私にとってヘレンアティスは人のことをこき使うひどい女だと思っていたわけだし……今後どうなるかはわからないけどな」
仮にヘレンアティスが『俺女平等』計画を認め、協力する姿勢を見せてくれたとしたら、そういう未来もあるかもしれない。見た目は文句のつけようがないくらい美人だしな。
「それじゃあね、私たち3人のうちなら誰と結婚したい?」
「………」
おいおいサフィアローザめ、なんて恐ろしいことを聞きやがる?
こんなの遊びのない時限爆弾みたいな質問じゃないか。どのラインを切っても爆発する未来が、切る前から現実のことのように見えてるわ。
ディーアモーネと決闘する前ならサフィアローザ一択だが、今となっては素直に選べない。
誰を選んでも他の2人が怒り、全員と答えれば3人とも怒り、全員ないと答えればやはり3人とも怒るだろう。
俺には絶対に答えることができない質問なのだが、当然3人が黙秘を認めることはないのだった。
「「「クリス、いったい誰を選ぶの!?」」」
性格はちょっとあれなところがあるが、容姿は素晴らしく魅力的な女の子たち。
そんな女の子たちに比喩ではなく尻に敷かれる日々。
義明=クリスティアーノの第二の人生は幸か不幸か。
今日もまだ、その答えは出ない。
「今すぐ四つん這いになって大人3人乗っけてみろ! 答えなんかすぐ出るだろうよ!」
おわり
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