第2話 出会い


「あ、あの、大丈夫でしたか」


 血まみれの少女が振り返って、俺を気遣った。

 彼女の血ではない。

 ドラゴンの首を斬り落とした時の返り血だ。


「あ、ああ」


 俺は呆けたように返した。

 先ほど目の前で起きた出来事が上手く頭で処理できず、腑に落ちて行かない。


「そうですか。それはよかったです」


 少女はおさげ髪を揺らして、にこりと笑った。

 天使みたいに可愛いらしい笑顔。

 笑うと八重歯が覗いた。


 こんなあどけない娘が、ミストドラゴンを一撃で殺した。

 やはりまだ信じられない。


 しかし――

 かろうじて一つだけ、理解できたことがある。


 この子は、俺を助けてくれた。


「ありがとう」

 俺は深く頭を下げた。

「キミは命の恩人だ。キミはいなかったら、俺はドラゴンに食われて死んでいた。本当にありがとう」


 少女はえへへとはにかんだ。


「俺はルポル。治療師ヒーラーだ」


 手を差し出すと、少女はおずおずとそれを握り返した。


「マキナです。一応、召喚士と錬金術師をやってます」


 召喚士?

 錬金術師?

 聞きなれぬ言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに得心が入った。

 なるほど――そいつは強いわけだ。

 召喚士も錬金術師も、とても貴重な職種だ。

 努力や根性ではなく、生まれながらの才能がなければできない。

 そんなレアな技能を二つも持つんだから、ドラゴンを殺せても不思議ではなかったわけか。


 俺ははあ、と大きく息を吐いた。

 しかし、こんな山奥で。

 死ぬかと思った瞬間、このような出会いがあるとは。


 人生とは面白いものだ。


 少女は「返却リトールノ」と呟いた。

 すると、彼女が手にしていた、凶悪な鎌が、ボンッという音と共に消えた。


「しかし――君は随分強いね。こんな山奥で、一体なにをしていたんだい」


 自分のことは棚に置いて、俺は聞いた。


「ああいえ、その、あの」


 すると少女――マキナは言い淀んだ。

 それからつむじが見えるほど俯き、小さな声で「捨てられちゃったんです」と呟いた。


「は? 捨てられた?」

「は、はい。実はさっき、ここまで一緒に冒険していたパーティーを追い出されちゃって」


 マキナは涙目になって俯いた。


 思わず目を見開いた。

 なんてことだ。

 この少女。


 俺と――俺と同じ境遇だった。


「ああいや、ちょっと待って」

 俺は短く頭を振り、手を突き出した。

「いや、おかしいでしょ。キミ、マキナちゃん、だっけ、キミは、めちゃくちゃ強いじゃんか。さっきも鎌を振るい、ドラゴンを一撃で倒した。そんなキミが、何故追放されたりなんかしたんだ。なにか深い訳があるんじゃ――」


 俺がそこまで言うと、マキナはいよいよ目を潤ませ、ふえーん、としゃがみ込んで泣いてしまった。

 

「あ、ああ、ごめん」


 俺は慌てて謝った。


「じ、実は、俺もさっき、ギルドをクビになったんだ。で、でもさ、俺なら分かるんだよ。ポンコツだしさ、見ての通り、見た目もパッとしないから。けど、キミはそうじゃない。可愛いし、強い。何か、事情があるのかなって――」


 そこまで説明すると、マキナは顔を上げた。

 涙と鼻水でべちょべちょだった。


「ル、ルポルさんも――追放されちゃったんですか」


 ぐず、と鼻をすすりながら、マキナは言った。

 俺は「ああ」と苦笑しながら頷いた。


「だから、そんな泣くなって。別に珍しいことじゃない。よくあることさ」


 俺は自分を慰めるように言った。


「それに、キミはさ、俺と違って、絶対にまた仲間が出来るよ。それだけ優秀ならさ、街に戻ってバルに行けば、引く手あまたに違いない。俺と違って、ね」


 はあ、とどでかいため息が出る。

 自分で言ってて、情けなくなってきた。


 マキナは黙って俺を見上げていた。


「ああそうだ。お礼をさせてくれよ。俺を助けてくれたお礼」

「そ、そんな。別にいいですよ」

「いや、させてくれ。このままじゃ、俺の気が済まない」

「けど」

「あ、もしかして、迷惑?」

「い、いえ、そんなことはないですけど」

「じゃあ決まり」


 俺はにこりと笑い、少女に手を差し出した。


「一緒に、やけ食いしようぜ。俺が全奢りするからさ。俺たちを見限った馬鹿どもを肴に、パーっと騒いでやろう。それで、ムカつくことは全部チャラ。どうだい? この案」


 マキナは刹那、きょとん、と俺を見た。

 しかしすぐに鼻を袖でぐいと拭うと、は、はい、と言って、俺の手を握り返した。


 森の奥深く。

 巨大なドラゴンと、追放された二人。

 それが、俺とマキナの出会いだった。


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