相合傘
レストランの食事はなかなかうまかった。肉から魚からいろんなメニューがあって、ほたるは目を輝かせながらアレこれと迷っていたけれど。
優待券はディナーかランチか選べたので助かった。メインを選べるフルコースだったので、彼女も満足そうだ。俺は肉、ほたるは魚を選んだ。前菜、サラダ、スープ、デザートにバゲット。メインがそれぞれ違って、ほたるはカジキのムニエルとホタテのグラタン、俺は牛フィレ肉のステーキとボリュームは申し分ない。
「ん~!…美味しかった!!」
「ああ。よかった…」
「ごちそうさま、時雨くん」
口元にバゲットの欠片を付けながらほたるが笑う。その姿に笑ってしまって、指先で摘んで俺の口に運んだ。まったく、仕方の無いひとだ。
「ふ…満足したようで」
「……!!!あ、も、もう1回、見て回りたいな…!」
顔を真っ赤にして、耳元でアリガト、と囁かれた。俺が聞いたことの無い声に、後頭部がざわ、と逆立つ。
腹ごなしに順路をもう一度周り、あっという間に閉館時間が迫ってしまった。
あれやこれやと感想を言い合って、帰路につく。確かほたるは電車通勤、だった筈だ。少なくとも駅までは、電車が来るまでは一緒にいられる。自然と手を繋いで、いつの間にかどちらも話す事に詰まってしまう。帰りたくない。
「………」
「………あ、降ってきたな」
水族館を出ると弱めの雨が降っていた。それでも夜の街は週末なだけあって、大層賑わっている。飲み屋の客引き、キャバクラの呼び込み、酔っぱらいの群れ。
「ねぇーおねぇさん、今晩どう?」
「悪いな。先客がいるから」
ホストのキャッチからほたるを庇う。それらを掻い潜って、とりあえずコンビニでビニール傘を買った。
傘を開いてほたるを中に入れ、少し足早に歩き出す。彼女を変な輩の目に入れさせたくないから。帰したくないのに、ここから一刻も早く帰したい。
「時雨、くん……」
繋いだ手が次第に後ろに下がっていたのに気がついていなかった。いつの間にか、ほたるの額に汗が滲んでいる。
「あっ…ごめん…少し早足だったな?」
繁華街から少し離れた小さい公園のベンチに座って、彼女に傘を差してもらいながら足を診る。ストッキングが伝線して土踏まずと踵が靴擦れを起こし、皮がめくれていた。
「足、しみるか?」
「…っ!…ん、うん…」
「俺が……急がせたから」
折角の、楽しい時間だったのに。
俺は心の底から自分を恨んだ。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「いいの。慣れない靴、履いたの私だから」
ごめんね、と自分が思っていた以上に小さい声しか絞り出せないのに驚いた。初めてのデート、初めて好きな人と手を繋いではしゃいでしまった。張り切りすぎて、新しい靴を履いたのが間違いだった。ヒールは低めにした筈なのに、少し擦れてじくじく痛い。
はぁ……かっこ悪いなぁ。
「大丈夫か?絆創膏、さっきのコンビニで買ってこようか」
時雨くんが心配そうに私の空いた手を握る。涙が出そうになる。堪えなきゃ、だって、私は…彼の、先輩だから、
「っ、ぅ……」
すごく、楽しかったのに。
彼を困らせてしまって、もう、なんと言ったら良いのか分からない。堪えなきゃと思ってたけど、堪えるほど涙が溢れてくる。傘を差してるのに、雨が頬を伝うみたいに後から後から零れた。
「っ、ごめ、んね……」
ほんとに、かっこ悪い。
もしかして嫌われちゃったかなと思うと、余計に辛くなった。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕
泣きじゃくるほたるを宥めようとしようにも、頭の中が真っ白になる。こんなこと、想定もしていなかったし予想出来なかった。
ほたるの目尻から溢れる涙を拭ってやりながら、ずっと握っていた手を離して思わず彼女の細い肩を抱き寄せる。
「っ、時雨、くん…?」
「俺は……」
「俺は、雨宮先輩が好きだ」
ずっと秘めていた想いを、いっそ砕けてしまえばいいと思いながら告げる。
「だから、泣かないでくれ。また、一緒に水族館行ったり…」
「…うん」
「それから、遊園地とか博物館とか…ほたるが嫌じゃなければ…」
「うん……」
「あの、ね、私も」
「私も、時雨くんが、好きだから…嬉しいな、」
へへ、と耳元で笑う声が聞こえる。
「…え?!そ、それって」
「私たち、両思い…だったみたいだね」
恥ずかしそうに俯くほたるの顔、頬に掌を当てた。じ、と見つめて、でもその先、身体が動かない。
「時雨」
「はい」
「今日は、ありがとね」
ほたるの顔が近づいて、俺の頬に柔らかくて暖かい感触が一瞬重なる。頭の中が真っ白になった。今の、キスってやつなんじゃ…
「……!」
「…あっ、その、ご、ごめんね…?」
雨は小雨になってきて、傘にパラパラと当たる音が聞こえていた。
「いや…こちらこそありがとう、ほたる」
次は俺の番だな、なんて思いながら、触れるだけのキスをほたるの唇に落とした。
「…!?」
「ふ、仕返し」
「んも…!しぐれーっ!」
幸せだなぁ。心の底から、そう思った。
僕の右手と君の左手
触れ合った時、魔法にかかる
✕✕✕
「初めまして、
「やだぁ、女の子みたいな名前~!」
「そうかしら?良いじゃないの。あたしは霧島瑠璃よ」
「綺麗な名前ッスよね。瑠璃さん」
「そ、そんなこと、ないけど…!」
「…あんた、何処かで見たことある?」
賑やかな座敷の外、小雨が降る中を眺める。親友の初デートが成功したのかどうか聞くのは、また後のお話。
相合傘 椎那渉 @shiina_wataru
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