神の願い

犬丸寛太

第1話神の願い

 これはとある時代、とある国の王の話


 私は神の子として半ば予定調和ともいうべき福音を授かり生まれてきた。

 決して、夢物語でも、大言壮語でもなく、私は生まれながらにやることなすことの全てで成功を収めてきた。

 私の生誕をきっかけに私の周囲からはありとあらゆる障害が取り除かれた。

 詳しく述べるまでも無く、およそ人々の悩み、苦しみ、その他人生をゆがめる一切合切が私の人生から取り除かれた。いや、そもそも存在してはいけなかった。

 私は生まれる前に父と言うべきか、母と言うべきか、恐らくどちらでもない、千貌

、全能、無限、生きとし生ける人間をして神と畏れられる存在に出会った。

 彼は私に、完全なる生を、完璧な運命を、この世の隅々まで見通す叡智を約束した。

 後に私となる魂は神に問いを投げた。


 何故


 見てみたい


 何を


 完全とは


 身の内からこぼれ出ても尚、余りある神気を見た人々はやがて私を王として奉り上げた。全てを蹂躙し、全てを手にし、私は悪魔すら従えた。

 生涯の半ばほどで私は人の知る世界全てを手中に収めた。

 ある時、一人の旅人が私に問答を投げかけてきた。


 「王よ、貴方は満ちているか、乾いているか。」


 私は窮することなく答えた。

 

 「無論満ちている。」


 旅人は杯を取り出し続ける。


 「王を杯に、神気を水に例えると致します。もし、杯から絶え間なく水があふれ出している様を見て、王は何を思われる。」


 「絶え間なく、絶える事無く、即ち無限。」


 「然り。では無限とは。」


 「限りの無いものである。」


 「王は先ほど満たされていると仰いました。では、果たして、無限とは満たされるものでしょうか。」


 「限りなき故、決して満たされることは無い。」


 「畏れながら申し上げる。王は満ちてはおりませぬ。」


 「では、如何に。」


 「それは王すら知りえぬこと。私が知りようもございません。ですが、その答えはあまねくこの世界至る所に存在していると聞きます。」


 「良き問答であった、下がれ。」


 「旅の最中の戯言なれば。王を煩わせたものとして、こちらの杯を献上いたします。」


 私は自室へと戻り献上された杯を見る。妙な杯だ。本来蓄える為に作られる杯の底に穴が空いている。以来、私は夜ごとに杯を眺め続けた。

 旅人はこの杯を私に例えた。穴の空いた杯。決して満たされず、杯の意味を成さない、云わば不完全な存在。如何にしてこの杯を満たすか。

 生まれ出でて悩み考える事など無かった。私には全知が授けられている故、その必要が無かった。

 答えを求めるため、旅人を探させたがその行方は知れず、やがて私は老い、死を待つばかりとなった。

 恐怖は無く、私の興味は一身に杯へと注がれていた。私は確かに満たされていない。この穴の空いた杯のように。

 死も間もなくと言ったところ、私の元に不死の霊薬が献上された。

 私にはわかる。これは紛れもなく確かに不死をもたらすものだ。

 興味など無かったが、不死となればいずれ問答の答えを見いだせるかもしれない。

 やがて、霊薬が私の目の前に差し出される。

 杯に満たされた不死を前に私は問答を思い出す。

 

 無限が満たされることは無い。


 不死とは即ち無限を得る事にほかならず、もしや、この霊薬に口をつければ私は永遠に満たされぬのではないだろうか。


 私は答えを得た。満ちるとはすなわち、限りあるもの、有限であり、終りを迎えるもの。

 

 命、そして死である。


 決して満たされぬ穴の空いた杯、全てを手にし、なお満ちる事の無かった私はそもそも不完全であったのだ。しかし、死によって私という杯の穴は塞がれ、今ようやく満ちることができる。


 なるほど、問答の答えはあまねくこの世界に存在する死であったか。


 「実に良き、満たされた命であった。」


 私は杯に口をつける事無く、死を受け入れた。


 神よ、お前は満ちているか。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の願い 犬丸寛太 @kotaro3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ