第51話 早乙女敦盛
決着がついたというのに、誰もが黙り込んでいた。
これで敦盛は瑠璃姫に連れて帰られ、好感度メガネは奏の手に。
だが――肝心の彼女は敦盛を凝視したまま固まり、彼は穏やかに微笑んで。
それを脇部英雄は、彼らを取り囲む輪の外から見守って。
「(……おい英雄、どうなっている? 何やら様子が変だぞ?)」
「(分かってる、けど今は見守るしかないよ。どうやらまだ騒動は終わらなさそうだから…………そうだ、念のための手配をお願い。義姉さんの時のあのヤツ)」
「(…………成程、理解した。さっそく手配する)」
彼の妻、フィリアは権力と財力を持つ。
彼女がこの場に居合わせた事に感謝しながら、脇部英雄は静かに輪の中へと移動して。
そんな動きを知らずに、瑠璃姫は黙ったまま敦盛を凝視し続けていた。
(――――不味い、何か分からないけどコレは不味いわ)
何と声をかけて良いのか分からない、何か行動を起こした時点で爆発する。
そんな危うさを感じ取って、動けない。
竜胆と円も、奏も火澄も、引いてはクラスメイト達も同じで。
ごくり、と誰かが唾を飲む音がした。
(……口を封じて、今すぐ連れて帰る。いいえ違うわ、隣の県に用意してあるマンションへと。でも)
二人っきりになって大丈夫だろうか、今の敦盛からは何をするか分からない狂気すら感じられる。
しかし、何時までもこのままでは居られない。
長引けば厄介な担任が彼女の目論見を潰す、竜胆が円が、別の意味で厄介な伊神火澄が何をするか分からない。
「――――随分と大人しいわねあっくん、観念した? アタシからは逃げられないって理解したでしょう?」
「ああ、そうだな。俺は本当の意味でテメェからは逃げられないんだ……」
「アンタにしては殊勝な言葉ね、じゃあ帰って愛し合いましょう」
「帰る? へぇ瑠璃姫お前、この期に及んで二人で帰れると思ってるのか?」
「強気な言葉じゃない、誰かがアタシ達の仲を引き裂けるとでも?」
「まさか、俺とテメェの仲は誰にも引き裂けない。でも一緒には行けない」
「…………分からないはあっくん、アンタは何を言っているワケ?」
冷や汗をかきながら首を傾げる瑠璃姫、聞いているクラスメイト達も理解出来ずに。
でも竜胆は、円は感じ取っていた。
「――――なぁ敦盛、君は何を覚悟したんだ?」
「円の言うとおりだ、敦盛テメェ……決めたんだな?」
移動の最中に口のガムテープを剥がされた竜胆が、円に追従する。
彼らは敦盛に何も出来なかった、でも今、例え言葉だけでも力になると。
敦盛もまた、二人の心意気を理解する。
「ありがとう竜胆、ありがとう円、お前達には世話になった」
「おいおい、別れの挨拶みたいじゃねぇか」
「そうだよ敦盛、溝隠さんと一緒に帰ったら二度と会えないとでも言うのか?」
「いいや違う、違うから……今言っておこうと思ってな」
「何それ、やっぱりアンタの言う事は理解出来ないわ。何がしたいの? 何もする事が無いなら帰るわよ? まぁその状態じゃ何も出来っこないだろうけど」
「――――本当に、そう思うか瑠璃姫?」
まるで歌うような問いかけに、彼女の背筋に悪寒が走った。
目の前の男は誰だ、そんな言葉すら浮かぶ。
(この短時間で何があったのよあっくんっ!?)
逃げ出す前の覚悟を決めた状態とは違う、また別種の何か。
それが理解出来ない、溝隠瑠璃姫には理解出来ない。
彼は愛する瑠璃姫に裏切られて、決死の覚悟で逃げ出してでも捕まって、また復讐と憎悪が待ち受ける永遠に出られない部屋に戻るのだ。
「――――考えたんだよ瑠璃姫」
「何を」
彼女の第六感が告げる、その先を言わせてはならないと。
だが、聞かなければ何かが終わってしまう気がして。
「俺は……お前に何が出来るのかって」
「…………アンタ、どうしちゃったの?」
「どうもするさ、いや気がついたんだろうな自分自身に」
「気づいたって何に」
「自分の事しか考えてない最低の俺だから、きっとお前が俺を憎んでいる事は当たり前なんだって」
「…………驚いた、アンタから、そんな言葉が出てくるなんてね」
冷や汗をかきながら、どうにか彼女はそう答える。
一方でクラスメイト達は、急にざわめき始めていた。
二人の仲が、甘い恋人達のそれとは違う事は薄々感づいていた。
でも確信できる証拠は何も無くて、遅蒔きながら彼女の発明品で誤魔化されていた事に気づいたのだ。
「おい、おい? ……ちょっと待てよ敦盛っ!? お前等の関係ってどうなってるんだよっ!?」
「そうだよ敦盛っ!? ちょっと予想の斜め下をすっ飛んで行ってる気がするんだけど?」
「る、瑠璃ちゃん? こんな状況で申し訳ないのだけれど。二人の関係を教えてくれないかしら?」
「…………だってよ瑠璃姫、俺は腹くくったし最後までお前だけを愛する。だから言ってもいいぞ」
「ちょっとアンタっ!? アタシに匙を投げる気っ!?」
「瑠璃ちゃん?」「溝隠さん?」「瑠璃姫さん……」
三人だけでなく、クラスメイトからも説明要求の視線が突き刺さって。
(しまったっ!? この状況を作り出すのが目的っ!? だから素直にココに来た? い、いや違うわ、アタシには分かる、あっくんの目的は別よ……)
迂闊と言えば迂闊であったと、瑠璃姫は内心で舌打ちした。
彼女としても、逃げられて動揺していた部分が大いにあった。
だが、そんな事を後悔してももう遅い。
(あっくんを連れて逃げ出す……今のあっくんなら抵抗しないかもだけど、この場に居る全員が敵に回るかもしれないっ! どうしよう、どうすれば――)
だが彼女が今出来る事は一つしかない、憎悪を胸に、復讐を完遂するのだ。
それが目前なのだ、今更誰の目も気になどしない。
敦盛がしてみせたみたいに、彼女の憎悪で黙らせれば良いのだ。
――――そして。
「仕方がないわね…………、ええそうよ。アタシはあっくんを憎んでる、それも出逢ったときからね」
何処までも冷たく出されたその言葉に、彼女の目論見通りにクラスメイト達は絶句したのであった。
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