第50話 淵



 教室に続く道、その一歩一歩が地獄に続いてる様に思えた。

 最後の賭けに失敗し逃走は失敗、竜胆は行動不能、円は善意だろうが死刑宣告に思える。

 担任の脇部英雄もどうなっているか分からない、そして何より――瑠璃姫だ。


(どうして……どうしてこうなったんだよ……)


 もっと、彼女に優しくすれば良かったのか。

 もっと、彼女の心を察して離れれば良かったのか。

 もっともっと、もっともっと、答えの出ない事を求めて心は乱れる。


(こんなに苦しいなら――出逢わなきゃ良かったのか?)


 瑠璃姫とう人生に敦盛が関わらなければ、あの日、無邪気に彼女とゲームで争わなければ。

 彼女と過ごした日々は、間違いだったのか。


(でも、でもさ……)


 楽しかった、嬉しかった。

 彼女の作り出す発明で騒ぐのも。

 彼女が美味しそうに、敦盛が作った料理を食べるのも。


 寝付けない夜に、徹夜でゲームをしている事もあった。

 雨の日に、二人で寝ころんでマンガを読んでいただけの日もあった。

 勉強を教えて貰った日もあった、新しい服でファッションショーをした日もあった。


 バレンタインには義理だと言ってチョコをくれ、クリスマスにはプレゼントを送りあい。

 誕生日には二人だけでパーティを開き、去年は確か豪華にも炊飯ジャーを貰った筈だ。

 瑠璃姫に送ったのは、夜な夜な手縫いしたクッションで。

 そんな日々が、掛け替えのない日々が。


(全部……嘘だったっていうのか? もう二度と帰ってこないのか?)


 改めて今、敦盛は直面した。

 瑠璃姫は敦盛の事を憎んでいて、きっと全てが好意を抱かせる罠だったのだ。

 でも。


(――――こんなに好きなのに、今でも、今までの事は嘘じゃないって思ってしまうぐらいに、愛してるのに)


 彼女には届かない、伝わっても、受け取ってくれない。

 返ってくるのは憎しみだけで、未来永劫、死ぬまで彼女の憎しみに晒されて、逃げることも許されないというのだろうか。


(また戻るのか? あの白い部屋に拘束されて? また? アイツを傷つけて、全てを奪われて望みが無いまま生きるのか?)


 絶体絶命のバッドエンド、ピンチを通り過ぎて行き止まり。

 この先には何もなく、絶望だけが待っている。


(俺は…………俺は…………――――)


 こういう話がある、窮地に陥ると人は本性を露わにするという。

 では早乙女敦盛の場合はどうか、か細い希望を胸に愛する者を傷つけてでも逃げ出して。

 それすら無駄だった、親友やクラスの、そして担任にも迷惑をかけ状況は悪化し。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)


 敦盛は。


(――――――――愉しいなァ)


 笑った、口元を歪め瞳を爛々と輝かせて。

 そうだ、今、敦盛は悦楽にも似た愉しさを覚えていた。

 下腹が熱で疼くような、思わず大声で笑ってしまいそうな愉しさ。

 理解出来たのだ、いまこの瞬間、敦盛は真の意味で彼女を理解して共感してしまったのだ。


(苦しいんだ苦しいんだッ!! だから殺したい、殺したい、殺したいなァ!! 瑠璃姫ェ!! 俺の想いが届かないなら殺したいッ!!)


 そして同時に。


(嫌だ嫌だ嫌だッ、俺は何て事を考えるんだッ! 苦しいからって愛してる相手を殺すなんて――嗚呼、嗚呼、嗚呼、それは逃げだッ、殺してしまえばそこで終わるじゃないかッ!! 俺の気持ちもッ! 瑠璃姫の気持ちもッ、死んでしまったらそこで終わりじゃねぇかッ!!)


 矛盾無く同居する感情、知らなかった。

 苦しむという事が、こんなに愉しいだなんて。


(苦しい、苦しい、嗚呼、アイツを力付くで犯したいッ!! 閉じこめて永遠に繋がっていたいッ!!)


 どうしてやろうか、何をしてあげられるのか。


(苦しい……苦しいんだ瑠璃姫……、お前が俺を愛してくれないなら――――殺したい、俺の手で終わらせたい、そうすればお前の憎しみも終わるんだ……)


 目の前が急に開けた感覚、周囲の光景が色づいていく感覚。

 そんな事を考える自分が、そう思える自分が。


(そうだ……瑠璃姫が俺の事を憎むのも当たり前じゃないか、俺は俺の事ばっかりで、瑠璃姫の事を考えずに……だから憎まれて当たり前だったんだ)


 嫌いで嫌いで、心の底から大好きだ。


(俺は……幸せだったんだな、こんなにも瑠璃姫を想えて、瑠璃姫に人生を捧げて復讐される程に想われて)


 だから今でも。


(――――愛してる、瑠璃姫)


 晴れきった日の澄んだ空の様に、敦盛の心は清々しく。

 故に、……一つの結論に至った。

 どうしたら瑠璃姫の憎しみは消えるのか、その為に何が出来るのか。


(最後のプレゼントを用意しなきゃな)


 今、教室の扉が開いて。

 そこには脇部先生もその妻も、クラスメイトも瑠璃姫も、全員が待っていたのであった。


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