第39話 勝てない
文字通り自由の無い生活の、なんと退屈な事か。
せめて鎖で繋がれいるだけなら、まだマシであっただろうが。
椅子に拘束されていれば、退屈な上にエコノミー症候群になるのではなかろうかと心配までしてしまう。
――その時であった、扉が開いて。
「おう、ようやく来たかテメェ。そろそろ椅子から解放してせめて本ぐらい差し入れしろよ。健康に悪いし退屈で死ぬぞ」
「そろそろ食事でもって持ってきたんだけど、その調子じゃ要らなかったかしら?」
「空腹過ぎて麻痺してるんだよ分かれよッ!! つーかマジで椅子から解放しろよ同じ体制とか俺の腰を壊すつもりか筋肉だって無くなって立てなくなるだろッ!!」
「来る度に思うんだけど、アンタって結構タフよね。何時間か寝ただけでどうしてメンタルが元に戻るの?」
明らかに消耗が顔に出ているものの、溌剌とした瞳の輝きをみせる敦盛に瑠璃姫はため息を一つ。
食事など無くても大丈夫ではないか、とちらりと思うが。
彼が気づかなくとも、監禁から三日目に入ろうとしている。
「ま、つべこべ言わず食べなさい。椅子の事は後で考えてあげる」
「暇を潰す物も頼む」
「それはダメ、下手に物を与えると脱出に使うでしょアンタ」
「…………お前の俺へのその謎の信頼なんなんだ?」
「アタシはあっくんを侮らないわ、アンタは絶対隙あらば何かやらかすに決まってるっ!!」
「だからその謎の信頼なんなんだよッ!? 俺が何をしたって言うんだッ!!」
思えば昔からそんな節があった、瑠璃姫は敦盛を過大評価している気がする。
彼がやった事と言えば、素人ながら料理の腕を磨いたこと。
そして。
「ねぇあっくん? 何処までアタシをバカにするワケ? この天才のアタシに勝ち続けるなんて普通の人間に出来る筈が無いじゃない」
「勝ち続けるって、そらお前の目的さえ分かれば簡単――とは言わないが何とかなるだろ。ほら、昔っから逆襲されるの前提って感じだし、何処まで突っ走るかラインが分かってるっていうか」
「そこまで理解されてて油断なんて出来るワケが無いでしょうがッ!! だからこうして一線を越えないとアンタを捕まえる事すら出来なかったでしょうにっ!!」
「…………成程?」
「全然分かってないっ!! アンタは絶対に分かってないわっ! ああもうこれだからあっくんは~~~~っ!!」
「あー、なんかスマン」
「そうやって謝るのが勘に障るって言ってるのよっ!! 喋る自由さえ無くしてやろうかしら!?」
地団駄を践んで悔しがる瑠璃姫、確かにそれは彼の言うとおりだ。
相手の目的や踏み込む線を、そして己のスペックを把握していればどんな相手でも勝利は容易いだろう。
だが、――それを実行出来る者がどれだけ居るのか。
(アタシよっ!? あっくんの相手はこの天才であるアタシなのよっ!!)
認めたくない事ではあるが、瑠璃姫に無く敦盛に存在するモノ。
それは即ち、――発想力。
勿論、世紀の天才発明家である彼女には相応しい発想力がある、想像力がある、引いては知能がある。
だが、だが、だが。
敦盛のそれはベクトルが違う。
(何で……、何でアタシはコイツの出会ったのよっ!!)
特段、勉強が出来る訳ではない。
特段、運動が出来る訳ではない。
特段、人に慕われている訳でも。
早乙女敦盛は凡人だ。
何処に出しても恥ずかしくない凡人、社会に出ればそのまま埋もれてしまいそうな。
――料理という観点では、一国一城の主となれそうではあるが。
それすらも、大きな目で見れば埋もれる程度の。
「…………アンタに自覚が無いなら、それでいいわ」
「誤解されたままじゃねぇのソレ?」
唯一自由に出来る首を傾けて不思議がる敦盛、それを瑠璃姫は舌打ちと共に睨み。
彼女にとって彼の恐れるべき点は、ひとつ。
それは彼が、彼女と波長が合う事に特化している事であった。
(出会い方が違えばね、アタシは素直にアンタに恋してたかもしれないけど、――それはあり得ない「もしも」)
もし同性であれば、奏以上の唯一無二の親友となっていただろう。
もしこの事を他の誰かが知って、その者がロマンチックな感性をしていたならばこう言っただろう。
――――運命の恋人、と。
それに気がついてしまったから、自覚してしまったから。
瑠璃姫の執着と憎悪は加速した、加速してしまったのだ。
(アタシは負け続ける、あっくんがあっくんで在る限りっ)
それは気が狂いそうな真実だった、世界を一変させる発明が出来ようとも。
その気になれば、宇宙だって取れるであろう頭脳を以てしても。
溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛に勝てない。
いくら過程で勝利を収めても、最終的にはひっくり返される。
「――――アタシは、絶対に。油断、しないわよ、あっくん」
「今の俺に何が出来るってんだよ…………」
こうして手に入れた、敦盛を手中に納めたのだ。
後は、彼の心を丹念に折っていくだけなのだ。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼……本当に、本当にどうしてやろうかしらねぇ、あっくん?)
どうすれば彼が傷つくのか、美味しい料理を食べさせればプライドが刺激されるのでは? と時間をかけて調理し持ってきてはいた。
だが。
(ダメ、ダメよそんなんじゃダメ……、あっくんは喜ぶだけ)
口移しで食べさせる事も考えていた、嬉しさ半分屈辱半分。
一方的に与えられるという行為により、じわじわと依存させる良い手だと思っていた。
(甘かったわ、ほぼ丸三日間を水分しか取ってないのに。排泄行為を全てアタシに委ねさせたっていうのに)
こうして、元気に口を聞ける余裕がある。
こうして、冷静に考えられる余裕がある。
なら。
(――――もっと過激に行きましょう)
スンッ、と瑠璃姫の頭が冷える。
彼女の細まる目に、敦盛は嫌な予感が止まらなくて。
「そ、そうだメシ持ってきてくれたんだろッ!? 早く食わせてくれよ。いやー、お前が作ってくれたメシなんて何時ぶりだ? オバさんが生きてた頃以来じゃないか?」
「ふふっ、ふふふ……。残念だけどご飯は少し後よあっくん。ちょっとアンタにして欲しい事が出来たの」
「…………拒否権は?」
「あると思う? ええ、でも喜んでねあっくん……、せっかく恋人になったんだもの。その証が欲しくって」
「………………な、成程?」
「い~~っぱい、愛して、ね? あっくん……」
瑠璃姫はそう言うと、ワイシャツを脱ぎ捨てる。
その下は黒いスケスケのショーツのみ、上は何もなくとても扇情的であった。
だがどうしても、敦盛には嫌な予感しかしなかったのである。
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