第32話 彼女にはまるっとお見通し



 次の日の朝、敦盛は瑠璃姫を置いて先に出ようと早く起きた。

 今日、偽装恋人という手段を以て彼女の真意が分かる。

 そう考えると、妙に緊張してしまい。


「……しまった、誤字った。スマホの方に連絡入れておけば良かったか?」


「バカじゃないのアンタ、こんな簡単な感じ間違えるなんて。小学生からやり直して来たら? というか何で書き置きなんか?」


「そりゃお前、俺が――…………? る、瑠璃姫っ!? なんでテメェが起きてるんだよ!! まだ朝の六時じゃねぇか!!」


「あっくん? 女の子の身支度には時間がかかるのよ? これぐらいの時間には起きてるの当たり前じゃない」


「いつもテメーは後一時間は遅かった気がするが、そんなに時間がかかるのか?」


「ま、今日は特別って所ね。――だってアンタ、昨日は怪我して帰ってきたでしょ? 今も痛むなら薬ぐらい塗ってあげようかと思って」


 当たり前のように気遣う瑠璃姫に、敦盛は目を丸くした。


(気づかれてたッ!? 気持ちは嬉しいけ――いや違う、コイツが俺の怪我を気遣った? そ、そんなバカなッ)


 あり得ない、むしろ瑠璃姫ならば嬉々として指さし嘲笑するところではないか。

 その傷口を指で押して、敦盛の反応を楽しむぐらいは――――。


「……騙されねぇぞ、俺の傷に塩でも塗るつもりだろうッ!!」


「いやアタシはどんな鬼畜なワケっ!? 一応とはいえ、軽傷とはいえ怪我人にそんなコトしないわよっ!?」


「俺の知ってる瑠璃姫なら――そのおっぱいで薬を塗ってくれるサービスをしてくれる筈だッ!!」


「頭の病院行く? 良いところを知ってるわよクソ童貞?」


「分かった、妥協しよう。……胸の谷間を見せてくれながら優しく薬を塗ってくれたら信じる」


「――――……はぁ、バカねぇあっくん。今日だけ特別なんだからね」


「………………………………あん? え?」


 制服のブラウスの釦を外し始めた瑠璃姫、窮屈そうな胸元が解放されて黒いブラが見える。

 その勝ち気な瞳は優しく敦盛を見つめ、どうしたの? と不思議そうに首を傾げて銀の髪が揺れた。

 甘い香りが、ふわりと漂って。


(え、どゆことーー? ま、マジ? え、デジマ? なんでコイツあっさり聞いてくれてるんだッ!?)


 彼としては混乱するしかない、思考が定まる前に彼女は手際よく敦盛の制服を脱がして、良く見ると傍らには薬箱が。


「しっかしアンタ、何してこんな変な打ち身だらけになってんの?」


「…………お、男には事情ってもんがあんだよ」


「事情ねぇ……、ね、なーんで横向いてるワケ? あっくんのリクエスト通りに胸の谷間見えてるわよ?」


「きききッ、気のせいじゃないかなッ!?」


「声裏返っててる、何か後ろめたいコトでもあんの?」


「まーさかぁ!」


「ま、良いけどね。アンタだって偶には飴も必要でしょ、さ、ご飯にしましょアーンしてあげる」


「…………………………マジ、かァ」


 腑に落ちない物を感じながらも、ぐいぐい来る瑠璃姫に敦盛は流されて。

 それは、正に熱愛同棲中の恋人といったラブラブ行為。

 そして食べ終われば。


「じゃあ行きましょっか、アンタは怪我人だしね歩いて行くコトを許すっ」


「え、お前体力大丈夫か?」


「腕組むか手を繋いで、ちゃんとアタシを引っ張って行きなさいよ。疲れたらお姫様抱っこ、当たり前でしょ?」


「お、おう……テメェが良いなら良いけどさ」


 何かがおかしい、明らかに変だ、だが何をどう指摘すれば良いのだろうか。

 彼女の言うとおり、単に敦盛を気遣って、そしてさもそれは気まぐれな行いであると。


(――――あ、今少し口元が歪んだ)


 瞬間、ゾクっ、と彼の背筋に震えが走る。

 絶対に、絶対に何か企んでいる。

 だが。


(右腕におっぱいの感触ウウウウウウウウッ!! 誰がッ、この世にッ、この感触から逃れられるっていうんだよッ!!)


 加えて。


(これ見よがしに胸元緩めやがってッ!! あーもうこれ視線バレてるよ、ほらニマニマしてるしィ!!)


(おーほほほっ、あっくんなんかチョロいチョロい! ワザと隙を作ったら罠だって分かってても釘付けになるんだからホントバカよねコイツ)


(ぐぬぬッ、不味いぞ。これは不味い……、このままだと奏さんと竜胆が待ってる集合場所に着いちまうッ!!)


(気づいてないと思った? 明らかに自転車で通る道から外れてるわよね? ――――あははっ)


 敦盛は確信した、ヤバイ、と。

 数十分歩き、そろそろ学校近くのコンビニ。

 駐輪場のある裏門から正反対の正門へ行く道筋、そのルートは歩きでも遠回りであり。

 更に。


「おはよう、早乙女く…………ん? 珍しいわね瑠璃ちゃん、今日は歩いて登校?」


「敦盛はよーっす、――珍しいなお前が歩きだなんて」


「いやぁ、奇遇だな二人とも……」


 二人の視線が敦盛に突き刺さる、勿論言いたいことなど明白だ。

 瑠璃姫がこの場に居る、それはつまり偽装恋人計画が出だしから躓いたという事で。

 目配せを行う三人、その隙を瑠璃姫が見逃す筈がなく。


「おはよ奏、竜胆。それにしても奇遇ねぇ、こーんな所で出会うなんて。どしたの? アンタ達の家から反対方向じゃない」


「ちょっと立ち読みしたくてな」


「私は付き添いって訳よ」


「成程、――それであっくん? アンタがコンビニに来た理由は?」


 またも突き刺さる視線、奏と竜胆は上手く誤魔化せと。

 瑠璃姫は態とらしい笑みを浮かべ、しかしてその眼光は鋭い。


(どうするッ、計画ではクラスの皆の前で恋人発表をッ、――だが気づいてんだろッ、何かを買って……誤魔化せるか?)


(さ、どんな言い訳を聞かせてくれるのかしら? まさかアンタもコンビニに立ち読み? 買い物とか普通の答えをするワケじゃないわよねぇ?)


(…………やはりセクハラ、可能性を感じてコンドームを買いにッ、いやダメだ予想されている筈だッ!! ならば――――)


(セクハラに逃げる? それとも? ――この状況で取り得る選択肢なんて限られてるのよあっくん。このアタシがそれを予想出来ないとでも?)


 沈黙が流れた数秒、意を決して敦盛が口を開こうとした瞬間だった。

 彼はその首をぐいっと引かれ。


「――――ん」


「…………………………え?」


「瑠璃ちゃんっ!?」


「おまっ、敦盛!? 瑠璃姫さん!?」


 キス、そう瑠璃姫は敦盛と強引にキスをして。

 そうなれば彼の喉から出掛かった言葉は出ない、加えて奏と竜胆も唖然とし。


「ねぇ、――――バレてないと思ったの? 偽装恋人作戦って、それで何をするつもりだったの? アタシを騙そうとして、それで、何をするつもりだったのかしら?」


 バレていた、全て筒抜けだった。

 その事実に三人は言葉を失ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る