第31話 彼女のホントウ?
「ありがとう、早乙女君…………」
敦盛と竜胆が全裸で拳を合わせるまでの一部始終を、奏は陰から目撃していた。
この場にへは瑠璃姫も誘ったのだが、彼女は昼食を優先して。
(瑠璃ちゃんは、この場に居た方が良かったわね。……いいえ、本当にそうかしら?)
彼女がこの場に来なかった理由は明白だ、もはや女子の中で、男子の中ですら事実となっている――盗聴。
未だにそれが続いていると気づいていないのは、件の敦盛だけだろう。
(ふふっ、宛が外れたわね瑠璃ちゃん。私と彼だけなら筒抜けだっただろうけど)
敦盛と共に居るのは竜胆、奏達三姉妹が愛し。
計らずとも、そっちの方面で鍛えてしまった竜胆その人だ。
彼は常に、盗聴対策を取っており。
(この場の出来事は、瑠璃ちゃんが知る事は無い。――これは絶好の機会だわ)
奏と瑠璃姫はクラスメイト以上の、親友と言っても過言でもない仲である。
でもだからこそ、見えてくるものはあって。
(竜胆は気づいてないだろうけど、少し変なのよね瑠璃ちゃんと早乙女くん)
一見すると、理想的な幼馴染み以上恋人未満な関係に見える。
だが、そう見え過ぎるのだ。
それは、敦盛が先ほど叫んだ劣等感に起因するものではない。
(早乙女君の抱えてた感情は意外だったけど、不思議では無いわ)
第一に、彼女がその事に気づいていない筈がない。
(根拠は無いけれど、私の勘がそう囁いてる)
そもそも、彼女の行動は奏にとって不可解に思えるのだ。
(早乙女君のお父様の借金の事もそうだけど、わざわざそれを瑠璃ちゃんが救った意味は何? なんでその上で早乙女君に月々百万もあげるのかしら?)
第二に、瑠璃姫が敦盛の好意を止めている節があげられる。
(私への想いが本物でも、それ以上に瑠璃ちゃんに早乙女君は好き。でも、その好意をギリギリで拒んでいる……気がするわ)
先に家に呼ばれた時も、直前に何か進展があった様だ。
その上で予定通りという顔をし、彼女は奏を出迎えた。
(正直、早乙女君のセクハラはドン引きの領域だけど……瑠璃ちゃんは拒んでいない。まるで増長させる様に、軽い仕返しで済ませてる)
彼女が学校に来る前は分からなかったが、彼と彼女の物理的距離は近い。
気安いボディタッチは当たり前、時には勘違いしても不思議ではないぐらいの密着具合で。
(聞けば、衣食住の全てを早乙女君がしてるって言うし)
幼馴染みとしての関係、主人とペットという関係を考えれば変に思うことは無いのかもしれないが。
(――それでも、私には瑠璃ちゃんが何か隠している様に見えるわ)
彼女はきっと、彼より早く己達が四角関係に陥っていると気づいていた筈だ。
でも彼女の行動は、それを複雑化させる事しかしていない。
(瑠璃ちゃんが早乙女君の事を好きなら、私との仲を進展させようとはしないわ。むしろ先手を打って押し倒しに行くか、竜胆へちょっかいをかける筈)
奏の肉食嗜好を抜きにしても、普通では考えられない行動の数々。
故に。
(瑠璃ちゃんは早乙女君に執着している、――でも何故? 恋心? 愛? それとも他に何か?)
敦盛は気づいていないが、授業中の彼女は熱っぽく彼を見つめている。
クラスの殆どが、竜胆ですらそれを恋のそれだと考えているが。
(…………私の杞憂であれば良いのだけれど)
もし仮に、彼女の隠している何かが自身と竜胆へ悪影響を与えるものであれば。
もし仮に、何か事情があって敦盛を結ばれる事が出来ない事情があるのならば。
「――――で、二人とも服を着たわね」
「おわッ!? か、奏さんッ!?」
「テメェ何時から覗いていたっ!?」
奏は笑いあう二人の後ろから声をかけた、制服を着直したばかりの彼らは驚いて抱き合って。
「早乙女君が竜胆に壁ドンした所から」
「殆ど最初じゃねぇかッ!? もしや全部聞いて――」
「ごめんなさいね早乙女君、全部聞かせて貰ったわ」
「おい、おい? つかテメェ何で今更出てきたんだよ。今は男同士の友情のシーンだろ」
「今だからよ、ちょっと提案があって」
にこやかに笑う奏に、敦盛も竜胆も首を傾げて。
あの話を聞いた上での提案とは、いったい何を言い出すつもりなのか。
(つーか今すぐ俺は穴掘って埋まりたいんだけどッ!? 聞かれてたとか超ハズいんだけどォ!?)
思わず竜胆の背中に隠れる敦盛、奏は竜胆を押しのけて彼の手を取り。
「――――恋人になりましょう早乙女君」
「え?」
「は? はぁああああああああああっ!? え、お、おまっ!? 奏っ!? お前いったい何時から~~~~っ!?」
「あら? 止める気なの竜胆? あんなに私を拒んで来た貴男が?」
「聞いてただろうがっ!? 俺はお前のっ!」
「俺はお前の、何?」
「お、おっ、おおおおっ、おおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
「悲しいわ竜胆、この期に及んで答えてくれないなんて…………、ねぇ早乙女君。こんな男なんて放って置いて私と恋人になりましょう?」
「ちょっと奏さん? 俺をだしに竜胆とイチャイチャしないてくれます? ハートブレイクするぞ?」
「あら、バレちゃった?」
「バレるも何も、一目瞭然じゃねぇか」
「~~~~~~っ!! だからテメェの相手は嫌なんだよっ!! いっつもいっつもからかいやがって!!」
「ふふっ、ごめんなさいね竜胆」
奏が楽しそうなのはともかく、敦盛は彼女の真意を問いかけた。
恋人になる、この状況で言い出したという事は言葉通りの意味ではある筈がなく。
「んで奏さん? 恋人って本気じゃないんだろう?」
「え、マジで!?」
「テメェは気付け竜胆?」
「早乙女君は話が早くて助かるわ、――――ねぇ、瑠璃ちゃんのホントウが知りたくない?」
「瑠璃姫の本当?」
「瑠璃姫さんに何かあるって?」
顔を見合わせる男二人に、奏は続けた。
「単刀直入に言うわ、今の瑠璃ちゃんは早乙女君をキープしている様に見える」
「いやそれは俺が奏さんを好きだから……」
「なんでそんな面倒な事をするの? 本当に好きなら早乙女君はとっくに瑠璃ちゃんと恋人になってるでしょ? でもそうじゃない」
「待て奏、瑠璃姫さんは単に素直になれないだけじゃないのか?」
「ええ、そっちの可能性もあるわ。――でも、今までと同じアプローチで、その素直な本音が聞けるのかしら? 私たちは少し複雑な関係だけども、今は三人力を合わせて…………」
「――――瑠璃姫の本音を引き出す為に、偽装恋人になって反応を見る?」
「それで俺も巻き込んで提案を持ちかけて来たのか……」
その行為が正しいのかどうか揺れる竜胆、敦盛といえば。
(やっぱ、瑠璃姫の事も避けては通れないよなぁ……)
彼女の言うことは、彼も不審に思っていた事だ。
だが、偽装恋人というのは過激な行為に感じられて。
そんな敦盛の迷いを見抜いたのか、奏は繰り返した。
「もう一度言うわ、――私と偽装恋人になりましょう早乙女君。瑠璃ちゃんの本当の気持ち、知りたくない?」
竜胆が見守る中、敦盛は静かに頷く。
「分かった、その提案に乗るぜ」
「俺も協力しよう」
「ふふっ、じゃあ明日からよろしくねっ」
奏は大輪の花の様に笑う、だが敦盛の中には不安しかなかったのであった。
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