第26話 素直じゃねぇなお前は
「決まったんなら、俺、帰るわ」
「ちょっと早乙女くん?」
「いやだってさ奏さん、竜胆が瑠璃姫のお守りしてくれるならそれで良くね?」
「成程、それが目的か敦盛……」
「次の授業は脇部先生だよ? それでもサボるの?」
「――ああ、今の俺には……静寂が必要なんだぜ」
遠い目をしてカッコつける敦盛に、円と竜胆と奏の三人は目を丸くして。
一方瑠璃姫は内心ほくそ笑む、これは昨日の事がだいぶ大きなダメージになっているからだ。
「バカな……敦盛が脇部先生の授業をサボるだと!?」
「いやマジで何があったの? 敦盛がそんな事言い出すなんてよっぽどだぜ!? くっ、これだから溝隠さんは敦盛に相応しくないんだっ!!」
「――――瑠璃ちゃん? 昨日、早乙女君と何した訳?」
「そうねぇ……、あっくんがサボらなければ口が軽くなる……かもねっ」
「戦略的撤「いや逃がさないぜ、お前は俺の代わりに奏の好きな人の役目があるんだからな?」
「ぬおおおおおおおおッ!! 離せッ! 助けてくれ円!」
「ごめんね敦盛、これを期に福寿さんとの恋人になった時の雰囲気を掴んでみたら? 可能性は薄いけど勉強しておくことに意味があると思う」
「その気遣いはいらねぇよッ!? カモン奏さん!! 助けてくれないとおっぱい揉むぞ!!」
「………………そうね、良いわよ別に。今の早乙女君は竜胆な訳だし、ふふっ、ええ、一度ぐらいなら許してあげる」
「マジでッ!?」「はぁっ!?」
奏の言葉に、男二人は絡まる。
円は静観し、瑠璃姫は眼光鋭く推移を見守って。
「かーッ、こんな事で奏さんの胸は揉みたくないんだけどなぁ、かーッ、こう言われちゃ男として揉まなきゃ失礼だよなぁ、なんたって今の俺は竜胆なんだから、なッ!!」
「おまっ!? このバカっ!! 揉むなよ絶対に揉むなよフリじゃねぇぞっ!! 揉んだら最後、俺もお前も地獄行きだぞっ!!」
瑠璃姫への当てつけもあり、これ幸いと指をわきわきさせる敦盛。
一方で、竜胆は非常に焦った顔。
奏と瑠璃姫はアイコンタクトで頷きあって。
(糞っ! やられたっ!! これは罠だっ! このアマ状況を利用して罠を仕掛けてきやがった!!)
(まー、マジで揉むつもりはねぇけどさぁ……。不味い事態だぞコレ、揉んだら後で瑠璃姫に付け込まれて、竜胆はこれを口実に奏さんに迫られる)
(――俺は信じる、敦盛は揉まない。いや、俺が揉ませない。…………だからっ!)
(竜胆は揉まない前提で進める筈だ、瑠璃姫と奏さんはどっちでも構わない。――――それがどうしたってんだオラァ!! おっぱい一つで立つフラグがあるかもしれねぇだろッ!!)
次の瞬間、敦盛が手を伸ばすより早く。
「ペットとして足をお揉みします瑠璃姫さん!」
「はッ!? ズリィぞテメェ!!」
「ズルい? 何も問題ないだろう、俺は純粋な気持ちでマッサージを。お前は不純な気持ちで胸を揉む。――そこに何の違いがあるって言うんだ」
「まったく違うじゃねぇかよ!!」
「だいたいお前、今は俺なんだろう? 何の権限があって止めるんだ」
「権限って……いつもお前が止めてるじゃねぇか!」
「いや、俺は瑠璃姫さんがゴーサインを出したら止めないぞ?」
「え、マジ?」
「という訳で瑠璃姫さん、どうかご許可を」
「そうねぇ……どうしようかしら」
「早乙女君は竜胆なんだから、マッサージを止めるなら私は嫉妬して貴方を止めるわ」
「味方が居ねぇ!?」
どうすれば良い、と迷う敦盛を竜胆は静かに見据える。
(正直な話、ガキじゃねぇんだ胸の一つぐらいは事故だ。――でもな、お前はそう思わないだろう敦盛)
親友である、価値観を共有している、引いては理解者である故に彼は理解していた。
敦盛は今、分岐点にある。
瑠璃姫と奏、どちらが本当に大切な人なのか。
(選ぶのはお前だ敦盛……ま、奏を選んだのなら俺は応援してやるけどな)
いざそうなったら本当に応援できるのか、心の奥底の叫びが聞こえたが竜胆は気づかないフリをした。
何より彼の見立てでは――。
(ホント、素直じゃねぇよなお前は。瑠璃姫さんとの距離が近すぎて見えなくなってるんだよ)
果たしてどちらを選ぶのか、竜胆だけではなくクラス全員が静かに見守って。
静寂。
ゴクリ、と敦盛の唾を飲む音が響いた。
瑠璃姫か、奏か、彼の決断で四角関係に大きな変化が訪れる。
クラスの誰もがそう思っていた、思いこんでいた。
だが、四角関係、つまり見守る竜胆以外には二人が居て。
(――――どうか、早乙女君が後悔しない決断を)
(くくくっ、あはははははっ!! なんて愉しいのっ!! あっくんのこんな顔をみれるなんてっ!! たかだか立場を交換しただけでっ、まだ何もしてないってのにっ!! まるでこれで全てが決まるみたいじゃない!!)
動く、瑠璃姫の手が伸びる。
その先は敦盛――ではなく、竜胆の顔。
たおやかに、淫靡な手つきで彼の頬に手を添える。
「瑠璃姫ッ!?」
「あらあっくん、今のあっくんは竜胆なんでしょう? そして竜胆はアタシの意志ならば止めない」
「…………瑠璃ちゃん?」
「瑠璃姫さん、何を――」
何をする気だ、何を言う気だ、敦盛が焦燥に駆られ二人が身構えた瞬間。
「何をってキスするのよ、――――昨日みたいにキスするの。忠実なペットにはご主人様からご褒美があるでしょ?」
「敦盛っ!?」「そんな信じてたのに敦盛!!」「早乙女君?」
「~~~~~~ッ!? ば、バカ野郎ッ!! なんで今そんなッ、言うんじゃねぇよノーカンだノーカ……………………あ」
途端、クラス中から黄色い歓声が上がって。
「聞いた聞いた!?」「聞いた、あの野郎!」「ま、そうなると思ってたけどな」「奏さんに賭けてたのに!」「やっぱ瑠璃姫さんは……」「ふむ、詳細を希望するぜ!」
「ち、違うッ! これは違うんだッ!!」
「へぇ、悲しいわあっくん。アタシのファーストキスだったのに……ぐすん」
「テメェ敦盛!! 瑠璃姫さんとキスして何否定しとうとしてるんだ!!」
「あちゃー、女狐の罠にハマちゃったかぁ……」
「瑠璃ちゃんにキスして、私の胸を揉もうとしたの? ――――軽蔑するわ」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオ!! なんでこうなるんだアアアアアアアアアアアアア!!」
頭を抱え叫ぶ敦盛に、周囲は彼の不調の原因を確信する。
彼はファーストキスに戸惑う、ピュアピュア童貞ムーブをしていたのだと。
「ごめんねあっくん、アタシとのキスがそんなに忘れられなかったのね? 奏のおっぱいを揉むなんて言って、本気じゃなかったんでしょ? 憧れと好きの区別も付かなくて戸惑ったのね? ――元気だして、おっぱい揉む?」
「揉むかバカ野郎!!」
「あら残念、じゃああらためて竜胆に足をマッサージしてもらいましょうか」
「させるかバカオンナ!!」
「へぇー? ほーお? ふーん? どんな理由であっくんは止めるのかなぁ?」
「殴りてぇ…………!!」
「きゃーこわーい、助けて奏!」
「ふふっ、素直にならなきゃダメよ早乙女君」
「――――ゴフッ!?」
バタっ、と倒れ伏す敦盛。
その背を堂々と踏みつけ高笑いする瑠璃姫、そして奏と竜胆は冷静に考えを巡らせる。
(これで早乙女君の気持ちは瑠璃ちゃんに傾いた……彼の性格からして、キスしてしまったらもう確定ね。――後は素直にさせるだけ)
(瑠璃姫さんと敦盛が……、やっぱ落ち込みもしねぇな俺。自覚してた通り、ただ恩義を感じてただけか。――それより、だ)
(早乙女君と瑠璃ちゃんがくっつけば、それを口実に出来るわ。一時的にでも仮にでも、理由をつけて恋人に持ち込む。……私はやるわよ)
(これを見逃す奏じゃねぇよな、瑠璃姫さんか敦盛か、奏がテコ入れするのは……敦盛だな。なら俺が側に居て阻止するか、二人の仲は二人で決着をつけるべきだろう)
四角関係が、大きく動こうとしてたのだった。
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