第24話 キスなんて興味ない
台所では雰囲気も何も無い、という訳でソファーに移動した二人であったが。
「で? ここからどーすんの?」
「…………あー、恋人繋ぎとか、ダメですかね?」
「なんで疑問系なのよ、奏にするようにって言ったでしょ。アンタ、あの子の前でもそうやって怖じ気ずくの?」
「やったらァ!! 手ェ出せッ!!」
「はいはい、威勢だけは良いんだから。――はい、これでいいかしら?」
瑠璃姫の右手と己の左手を繋ぎ、指を絡ませる。
彼の右手は彼女の腰に回され。
「このままキスするの? それじゃあ落第ね」
「まさか、――愛の言葉を囁かせてくれ」
「ふぅん、アンタがどうやって奏を口説くのかよく聞いておいてあげる」
「それじゃあ――…………」
熱っぽく、色っぽく、恋している様に瑠璃姫を見つめ。
――目の前の彼女はとても綺麗だった。
シミ一つない肌、勝ち気そうな目はよく見ると切れ長で耽美にすら思える。
柔らかそうな唇、今からこの唇とキスをするのだ。
(俺は…………、何を、何て言えば良いんだ?)
そして、言葉が出ない。
口紅を付けていないのに赤い唇から目が離せない。
けれど原因は、それではなくて。
「………………あっくん?」
「いやちょい待ち、タイム」
「ここで?」
(こんな形でコイツとキスして良いのか?)
彼女はとても美しくて、――鮮明に思い出せる、あのベランダの夜の彼女の神秘的な顔を。
彼女はとても温かくて、――正直、駄肉贅肉と思っていた体つきは非常に魅力的で。
(こんな俺の隣に居てくれているコイツに、こんな形でキスして……いいのか?)
背筋がゾクゾクと震える、胃にずっしりと重苦しい熱い何かが生まれる。
(俺は……、俺、俺は……ッ)
気づいてしまった、奏の代わりに瑠璃姫とキスするという罪深さに。
気づいてしまったのだ、好きな人の代わりに、また違う魅力をもった大切な女の子とキスするという背徳を。
だから。
「…………止めようぜ。これはダメだ」
「あら、どうして? 美少女とキスする絶好のチャンスじゃない」
「だがな……」
体を離そうとする敦盛に、瑠璃姫は絡まった指に力を込めて。
己の左手で彼の頬に手を添えて、逃がさない。
簡単に振り払えそうな拘束、しかし今の彼ならば逃げないと確信して。
「ね、言ってよあっくん。愛の言葉、アタシは聞きたいわ」
「俺は……」
力なく反らされる視線、彼女の口元は歪み。
そうだ、これなのだ。
(ふふっ、うふふふっ、これが見たかったのよ――)
彼女は確信していたのだ、敦盛がこのキスの意味に気づき行為を止める事を。
二つの女性への好意に迷う、この瞬間を。
……瑠璃姫は、敦盛を泥沼に誘う様に己の顔を彼の耳元へと近づけて。
「大丈夫よあっくん、今アンタの目の前に居るのは奏。アンタがだーい好きな奏、よく見て? 長い髪、同じでしょう? 白い肌、一緒でしょう? 知ってた? 腰の細さ、殆どサイズが違わないの」
「――――~~~~ッ お前ッ」
「アタシを奏だと思って、愛の言葉をちょうだい?」
(なんでこんなことッ!!)
耳元で囁かれるウィスパーボイス、意識してしまう、重なってしまう。
瑠璃姫の髪が、黒く見えた。
腰の細さを確かめるように、手が動いてしまう。
白い肌から、目が反らせない。
――だからこそ、気づいてしまう。
奏と瑠璃姫は違う、重なったからこそ浮き彫りになる。
敦盛が好きなもう一人の女の子は、瑠璃姫の様な事を言わない。
こんなに感情の籠もらない瞳で、微笑まない。
そう、この状況で冷静に表面だけの笑みなど作らない。
(俺は、誰と一緒に居るんだ?)
いつも一緒に居た女の子の、始めてみる顔。
それが何を意味しているかは、まだ理解出来ないけれど。
「――――、綺麗だ、反則だよお前」
「あら、ありがと」
「気づかなかった、お前の髪がこんなに綺麗だなんて」
「いつも苦労して手入れしてるのよ、勿論あの子も」
「白い肌って、正直不健康に見えてた。でもこれってさ……神秘的って言うんだな」
「ふぅん?」
流れが変わった、瑠璃姫はそう直感する。
(奏への言葉じゃない、――アタシへの?)
(届け、いや届かせる。奏さんじゃなくて、俺は、今この瞬間の俺は)
視線が交わる、彼女の赤い瞳は無機質に彼を覗いた。
彼の目はそれを受け止めて、感嘆の息を漏らす。
「バカみたいだ俺って、テメーのそんな。害虫を見るような目を魅力的に思うだなんて」
「酷い言い草ね。女の子への愛の言葉じゃないわ、――でも嫌いじゃないわよ」
「…………何を、考えてる? 瑠璃姫は俺に何を望んでるんだ? 代わりにキスしても、虚しいだけだろう俺もお前も」
すると彼女は殊更ににっこり微笑んで、敦盛にはそれが猛獣の笑みに見えた。
次の言葉が彼女の本音だと、そう確信する。
そして。
「――――ねぇ、奏と竜胆がキスして……どう思った?」
「テメーは……」
「ねぇ、ねぇねぇねぇっ、好きな人が恋敵とあんな熱烈なキスしてっ、それで満更でもないしむしろ幸せそうな顔してっ、アンタはどう思ったのっ? アタシは知りたいのっ! アンタの心が知りたいのよっ!!」
狂気すら感じられる勢い、だが不思議と敦盛は違和感なく受け止めている自分に気づく。
きっと、これが瑠璃姫の心の確かな所の一部なのだと直感した。
だから、無言を貫いて。
「ねぇ、ねぇ……答えて、答えなさいよあっくんっ? アタシを好きだと言った口で奏も好きだって言ってさ、その挙げ句に奏をかっさらわれてどう思ったの? キス、したいでしょう? 悔しいでしょう? いいよあっくんなら、その憤りをアタシにぶつけていいの…………」
何も答えない敦盛に、彼女の心はささくれ立った。
彼の、この幼馴染みの事など好きではないのに。
彼が、己の親友の事を好きだという事実を。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼…………、どうしてくれようかしらあっくん?)
冷静に受け止めなければいけない、自分が天秤の片方に乗っている事を。
瑠璃姫は熱い吐息を一つ、ゆるやかに彼と体を離して。
「このヘタレ」
「すまん」
「謝ったってもう遅いわ、時間切れ。何なのアンタ、まともに雰囲気一つ作れないじゃない」
「いやそれ俺だけの責に「――ホントに奏の事が好きなの?」
「――――…………は?」「んっ」「はァアアアアアアアアアアアアアアアっ!? い、今ッ、お前何したッ!?」
敦盛の唇に、瑠璃姫の唇が重なった。
ふい打ち過ぎた、虚を突かれた、あまりの言葉に怒るより先にキスが来て、彼の頭が真っ白になる。
(え、え? なんでッ!? なんでコイツキスしたッ!? いやマジでキスされたの俺ッ!? 何でッ!?)
戸惑う彼の前で、彼女は己の唇を色っぽく舌で舐めて。
確かにキスしたのだと、意識しろとアピール。
それが分かっていて、敦盛は視線を釘付けになる。
「ふふっ、アンタの初めてのキス。貰っちゃった」
「お、おまッ!? オマエッ!?」
「残念ねぇあっくん? アンタはこれから一生、奏にファーストキスを捧げられないの……。あ、奏のファーストキスはきっと竜胆だからイーブン……いえ、あの様子だと何度もキスしてるわね」
「~~~~~~ッ!? だから何でッ!?」
「ホントにお気の毒さま、アタシで我慢してねっ」
「そう言うならもう一回してみろよバカッ!!」
「いいわよ?」
「は?」「んー、ちゅっ」
「二回目ェッ!?」
顔を真っ赤にしてソファーから立ち上がる敦盛に、奏はニマニマと笑いながら告げる。
「これは先払いよ、――これから先、アンタがキスする事になったら思い出しなさい。アンタのファーストキスの相手がアタシで、…………アタシのファーストキスの相手がアンタだって。これは命令っ」
いつもの様にからかう声色、しかして無機質で。
そして、無味乾燥な瞳の輝き。
「~~~~~~このバカ女めッ!! 俺はメシ作りに戻るッ!!」
逃げ出した敦盛は。熱さが移ったような唇の暖かさに、柔らかな弾力に。
――――奇妙な興奮と、焦燥感に溺れそうになっていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます