第8話 アンタなんか嫌いよ
(おおおおおお、落ち着け俺ェッ!! おちおちおちオチンコォ!? じゃなかったクールに、クールに行こうぜもう駄目だァッ!!)
率直に言おう、敦盛は非常に動揺していた。
ワイシャツ越しに押しつけられた柔らかな乳房の感触、その暖かみ。
頭一つ分背が高い所為で、瑠璃姫の銀髪から香る甘い匂い。
(くらくらする……、コイツってこんなにエロかったっけェッ!?)
というか。
(なんかこう演技だって分かってるのに甘えんぼ系で誘われるとむっちゃ可愛く見えてくるんですけどッ!?)
これは演技、敦盛を敗北へ誘う策略だと分かっていても鼻の下は延びるし今すぐ押し倒したい衝動が襲う。
「もぅ焦らさないで……、アタシ(お腹が空いて)我慢出来ないの…………」
「ぎゃーーッす!? 耳元で囁くなッ!? 童貞虐待法違反だぞ瑠璃姫ッ!?」
「童貞? そんなの関係ないでしょ? だってアンタはアタシのとーーっても可愛いペットになったんだもの」
「こひゅー、こひゅー、こひゅー」
「心臓がばくばく言ってる……よく聞こえるわ」
「あああ死ぬんだ……俺、ここで死ぬんだ……」
ぴとっと彼女が敦盛の胸板に耳をくっつける、それと同時に足を絡ませて、自然と巨乳も強く押しつけられて。
彼としては硬直するしかない。
(落ち着けェ……マジで落ち着け俺ッ、手を出したら借金倍増ッ! というか俺の理性が切れてマジで犯したら泣くだろコイツ、俺は前科一般で罪悪感マシマシで学校も退学どころかクソ親父に迷惑かけるッ! そこまで読んで誘惑してるよなコイツはッ!!)
この状況を解決するのは簡単だ、腕力で振り払って朝食の支度をすればいい。
昨日の残りのカレーを出せば良いだけだ。
だが、――彼女を振り解くだけの行為が酷く億劫である。
なにより。
(負ける? この俺が? この頭とツラだけのバカに? ちょっと誘惑されただけで……負ける?)
認めよう、これは価値ある敗北だ。
早乙女敦盛は攻めに強いが守りに弱い、それを自覚出来ただけでも僥倖。
――体から、興奮が冷めていく。
(うん? 切り替えたわねコイツ素直に誘惑に負けてれば良いものをっ)
天才でも無い、金も無い只の少年に出来ることは何か。
敦盛の脳裏に再び恩師の言葉が蘇る、勝つための、否、せめてドローに持ち込む道筋を描く為に。
『君たちもそろそろ理解する事だろう、――僕ら人一人が出来る事なんて限られてるって。それは恋愛においても同じだよ』
続いて脇部先生はこうも言っていた筈だ。
『もし相手に敵わなくとも、考える事だけは止めちゃいけない。そうすれば相手の土俵をひっくり返す事も可能になるんだからさ』
そう土俵をひっくり返すのだ、敦盛は瑠璃姫の土俵で戦いを強いられている。
誘惑に負けて手を出したら、そして誘惑に勝ってもそれは彼女の実質的な勝利だ。
ならば、着地点を何処に持って行けばいいのか。
(――――コイツに根を上げさせる)
(あっくんはアタシの勝利だけは防ぐ、なら考えられるのは此方への誘惑っ!)
(それはコイツも読んでる筈だ、でも誘惑するしか無い。…………本当に?)
(はんっ、幾ら甘い言葉を囁いてもアンタの言葉なんて心に一つも響かないのよ! そもそも贔屓目に見てフツメンで年中セクハラしてくる男に何を言われても平気だっての)
ならば、ならばならば。
敦盛は深呼吸をひとつ、そのまま歯を食いしばって優しく瑠璃姫を引き剥がす。
「やぁん、お触りはダメよあっくん」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、ほらちゃんと前向け釦止めてやっから」
「ふぅーん、どんな風の吹き回し? アタシはアンタにとって魅力的でしょ? 今すぐ獣欲のままに押し倒したいでしょ? ――ほら、こうしたら見えちゃう」
スカートを持ち上げて、妖艶な笑みを浮かべる瑠璃姫。
だが敦盛は目もくれずに、さっさとワイシャツの釦を留める。
(エロい事なんて考えるなッ、俺なら出来るッ、コイツみたいに演技じゃない――本気の本当の心、その一部だけを考える事をッ)
もう彼女の魅力は認めたのだ、脳裏にリフレインする感触と匂いと肌色は封印、鍵は後日オナニーする時まで忘れておけばいい。
今必要なのはエロじゃなく、瑠璃姫を誘惑する事でもなく。
「――――ぇ?」
「ありがとう、瑠璃姫」
敦盛は彼女を正面から抱きしめた、邪念無く、ただ感謝の念だけを携えて柔らかく抱擁する。
「は? アンタいったい何を言い出すわけっ!?」
「そのままでいい聞いてくれ……、本当にありがとう瑠璃姫、お前は俺の恩人だ」
「何がよっ!? いや確かにそうだけど素直に言われるとキモイっ!!」
「一度失敗しないと親父は目が覚めなかったと思う、そして優しいお前は俺たち親子に取り返しの付く形で失敗させてくれた。――お前への借金一億、それには額面以上の価値がある」
「~~~~っ!!」
抱きしめてるから、表情は分からなかった。
だが、抱きしめているからこそ彼女の体が強ばった事を感じる。
「瑠璃姫……才能あるお前に嫉妬していつも邪道で勝ちに行きセクハラばかりしてる俺を助けてくれるなんて、俺はなんと言ってお前に恩を返せば良いのか分からない」
「そんなコトっ、そんな台詞なんてっ!!」
「だから――ありがとう、俺をお前のペットにしてくれて。俺を今まで通りに側にいさせてくれて…………感謝してる」
ギリ、と歯が鳴る音がした。
地雷を踏んでしまったのだろうか、しかし彼女は腕の中から逃げ出さず。
「………………ぃ」
「瑠璃姫?」
「…………アンタなんて嫌いよ」
「それでも、ありがとう」
「大嫌い、本当にムカツクっ」
「ありがとう」
感謝の言葉を繰り返す敦盛に、やがて瑠璃姫は深いため息を吐き出して。
――何故か、震えていた。
うざったそうに抱擁から抜け出す、再び見えたその顔はどんよりと曇って。
「アンタの堅いままのチンコが当たったままよバカっ!! もう少しムードを考えて言葉を出しなさいっ!!」
「うえッ!? マジでッ!? いや今は勃起してないぞッ!?」
「今萎えただけでしょソレ、あーあもうペット失格だったらありゃしないわ。昨日の残りのカレーでいいからとっとと用意して」
そう敦盛の部屋を出る瑠璃姫、彼女の姿が完全に見えなくなってから彼は力なくベッドに腰を下ろして。
「…………これは、どうにかなったのか?」
「なにしてんのっ! 早くして久しぶりの登校なのに遅刻させる気? 言っておくけど鞄もアンタが持つし自転車の後ろに乗せなさいよ!!」
「はいはい、今行くって! ――ま、良いか」
敦盛は苦笑すると、自分の鞄を持って部屋を出るのであった。
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