第24話 クリスマスの贈り物
一言どころか単語だけの宗佐からの連絡に、思わず首を傾げてしまう。
「……右?」
「宗にぃからですか? 私にも届いてました」
どうやら同じメッセ―ジが送られてきたらしく、珊瑚が不思議そうに自分の携帯電話を眺める。
次いで二人揃ってメッセージのままに右を向き……、数組のカップルを挟んだその先で、こちらを覗く様に身を乗り出してヒラヒラと手を振る宗佐と月見の姿を見つけた。
「なんだ、あいつら近い席だったのか」
驚いたと思わず呟けば、珊瑚が同意だと頷きながら二人に手を振る。
間に挟んだ男女の数は十人程度か。声は届かないし、きちんと腰掛け前を見れば視界にも映らなくなる距離。それでも身を乗り出せばこうやって互いの姿を確認できる。
まさに好青年と言わんばかりの余所行き姿の宗佐に、白いコートにピンクのマフラーという可愛らしい服装の月見。なんともお似合いなカップルである。
そんな二人は数度こちらに手を振ると、満足したのか体勢を戻してしまった。間に座るカップル達の影に二人の姿が消える。それとほぼ同時に、俺達も同様に正面へと向き直った。
正面に構えるモールの壁には青と白の光が映し出され、星空を意識しているのか時折光が揺らいだり流れていく。
まだプロジェクションマッピングは始まっておらず、ただの単調な映像だ。それでも目の前にすると迫力がある。
「通りがかりに眺めることはあったけど、こうやって正面からちゃんと見るのは初めてだな」
「私もです。立ち見だとやっぱり正面は人気で早く埋まっちゃうんで、いつも横から見てたんです」
目の前の光景に、珊瑚がほぅと吐息を漏らす。
色合いも合わさってより冬の寒さを感じさせる映像だ。だからこそクリスマスのムードは高まり、手の中のホットコーヒーもより温かく感じられる。
時間になれば壁にプロジェクションマッピングが映し出され、周辺のイルミネーションもそれに合わせて輝きを変えるらしい。
ショッピングモールとはいえ抽選まで行うのだから相当綺麗なのだろう。自然と期待が高まる。
だけど……、とチラと横目で珊瑚に視線をやった。
まさか宗佐達がこんなに近くにいるとは予想しておらず、それがどうにも気になってしまう。
もしかしたら珊瑚はまだ宗佐と過ごすことを望んでいるのだろうか。今すぐにでも月見と席を変えて、宗佐の隣に座りたいと思っているのかもしれない。
隣にいるのが、俺じゃなくて宗佐だったら良かったのにと、もしもそんなことを考えているのだとしたら……。
それを考えると期待よりも言いようのない不安が勝り、だからこそ俺は視線をそらしながらも意を決して彼女に尋ねた。
「なぁ、俺と来て……、今隣に居るのが俺で良かったと思うか?」
俺の心からの問い掛けである。
情けないかな呟くような声量で、そのうえ答えが怖くて珊瑚の方を向くことすら出来ない。
珊瑚は宗佐が好きで、兄妹の仲を超えて、……いや、兄妹という次元とは全く別の感情、それこそ俺が珊瑚を好きだと思うのと同じ意味合いで好きなのだ。その感情を誰よりも長く、他の女子生徒よりも、月見よりも長く抱いていた
珊瑚の宗佐への気持ちが正真正銘『恋』だと俺だけは知っている。だからこそ、彼女の気持ちが簡単に変わるとは思っていない。無理に押し留めて俺を選んで欲しいとも思わない。
だから待つと決めた。
決めた、けど、俺のことを見始めていて欲しい。
この焦燥感は卒業を前にしているからか、それとも先日『その時』が目前に迫っていると知ったからか、もしくは今日二人で過ごせたことが嬉しいからなのか。
焦燥感と緊張を胸に、勇気を出して珊瑚の返答を促すように彼女を見れば……。
手元の紙袋を眺めて、まったく聞いていないときた。
「……ガッカリだ」
「何が!? 何がガッカリですか!?」
「いや、何でもない……」
思わず溜息を吐けば珊瑚が失礼なと拗ねた表情を浮かべている。
だが確かに、先程の俺の問いかけは緊張のせいで小さな声だった。屋外の、それも人が集まっている場所では聞こえなくとも仕方ない。俺が悪い。……悪い、けど。
「でも、だからって……。いや、俺が悪いんだけどさ……」
「なんですかさっきから。次はちゃんと聞きますから、もっとはっきりと大きな声で言ってください。さぁどうぞ」
「……それで言えたら苦労はしない」
脱力感を覚えながら「なんでもないから」と話をうやむやにすれば、すっきりしないのだろう珊瑚がなんとも言い難い表情を浮かべた。
だがそれでもこの話題を深追いする気は無いのか、「それなら」と話を改め……、次いで、紙袋を俺に差し出してきた。
待ち合わせをしたとき既に持っていたもので、買い物でもしてきたのだろうかと考えて気にもしていなかった。重そうなものでもないし俺が持たなくてもいいだろうと、そんなことを考えていたのだ。
それを俺に差し出してきた。
……これは、もしかして。
「……え?」
「今日のお礼です。……それに、クリスマスですから」
紙袋を俺に差し出して話す珊瑚の頬は赤いが、今の俺も負けじと赤くなっているだろう。
だがここで赤くなって終わってはなるものかと「俺も」と若干上擦った声ながらに告げ、鞄からラッピングされた袋を取り出した。先日プレゼント用にと買った品物だ。
それを差し出せば今度は珊瑚がキョトンと目を丸くさせた。
どうやら渡すことだけを考え、貰えるとは思っていなかったようだ。……お互いに。
「あの、これ……」
「クリスマスだろ、だから」
「あ、ありがとうございます」
「いや、俺の方こそありがとう」
しどろもどろで礼を言い合い、互いの贈り物を受け取る。まさにプレゼント交換といったやりとりが妙に恥ずかしいが、俺のプレゼントが彼女の手に渡ったことが嬉しく、そして手の中に彼女からのプレゼントがあることもまた嬉しい。
思わず顔がにやけそうになるのをホットコーヒーを飲むことで誤魔化したのだが、ブラックにしたはずが甘く感じられるのはどういうことか。気付かないうちに砂糖をいれてたのか、それともこの空気に浮かれているのか。後者の可能性が高い。
そんな自問自答をすることでなんとか冷静を取り繕い、クリスマスらしく赤と緑で華やかに彩どられた包装を解いていく。
中から出てきたのはタンブラーだ。
白地に桜の花が描かれたシンプルなデザイン。クリスマスプレゼントにしては些か季節を先取りしているが、これは俺が受験を前にしているからだろう。
「桜咲く、ですよ」
縁起が良いと珊瑚が笑う。
そうして今度はタンブラーと一緒に入っていたドリップコーヒーへと視線をやった。
一杯分が個別に梱包されたものだ。桜の絵やクリスマスらしい絵がパッケージに描かれており、中には猫や兎などの動物の絵柄もある。
「健吾先輩、いつもコーヒー飲んでるから」
だからタンブラーと一緒にと選んだのだという。
確かに俺はコーヒーを頼むことが多い。今もまさにで、先程買ったばかりのホットコーヒーに視線をやれば、珊瑚が「頼むと思ってました」と得意げに笑った。
桜の柄といい、そこまで珊瑚が考えてくれていたことが、そして『いつも』と言えるほどに俺のことを見てくれていたことが嬉しい。
だからこそ改めて礼を告げれば、彼女は照れ臭そうに笑い、手元の包みに触れた。
俺があげたクリスマスプレゼントだ。今度は自分の番だとゆっくりと包みを解き、「わぁ」と小さく声を漏らす。その声色には喜びの色が強く、思わず心の中で安堵してしまった。
「可愛い、凄く綺麗」
「ハンカチは、ほら、夏祭りで浩司が汚しただろ。それと……、髪飾りは似合うと思って」
俺の言葉に、珊瑚が頬を赤くさせて感謝の言葉を口にする。
次いで彼女は手早く髪を纏めると、贈ったばかりの髪飾りをつけて俺に見せてくれた。小さな花の飾りを並べた、華美過ぎずそれでも華やかさのあるデザイン。イルミネーションの中で着けると光を反射して輝いている。
思った通り似合っていて「どうですか?」なんて照れ臭そうに微笑まれては可愛いとしか返しようがない。
気恥ずかしくて、落ち着かなくて、なにより嬉しい。
なんとも言い難いむず痒さだ。だがそれは珊瑚も同じなのだろう、彼女の頬も赤い。
そうして互いに頬を赤くさせたまま苦笑しあえば、周囲の外灯がゆっくりと明かりを落とし、開始を知らせる音楽に周囲から期待の声があがった。
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