第23話 軍資金の使いどころ
喫茶店で暖かい飲み物を買って会場へと戻る。
手の中のコーヒーは普段より暖かく感じられ、ふわりと芳しい香りが鼻を擽る。
珊瑚はホット抹茶ラテを頼んでおり――そのチョイスは相変わらず彼女らしい――暖を取るように両手でカップを持っている。軽く一口飲み、ほっと息を吐くと同時に「暖かい」と呟いて表情を和らげた。
「良いんですか? お金、出して貰っちゃって……」
大丈夫かと尋ねてくる珊瑚に、俺は気にするなと返した。
俺達のように飲み物で暖を取ろうと考えた客は多いようで、店内は満席、注文だけでもそこそこの列が出来ていた。
それを見て、個々に並んで会計をするのは手間だから纏めようと提案し、「俺が出すから」と告げたのだ。多分スマートに言えていたと思う。多分。
飲み物を買おうと言い出したのは俺だし、それぐらいしなくては。……じゃないと、兄貴に合わせる顔が無い。
「でも今日の抽選に当たったのは健吾先輩だし、この場合は連れてきて貰った私が出すべきじゃないですか?」
「奢ったって言っても飲み物一杯だぞ。気にするなよ。……それに、ここで奢られたら兄貴に怒られる」
「なぜお兄さんが?」
「いや気にするな、こっちの話だ。それなら、今度猫カフェに行く時に猫のおやつを奢ってくれよ」
日中に行った猫カフェ。おやつを注文して猫達に群がられていたカップルの姿を思い出す。
聞けば、猫のおやつとはタッパーに入った鳥のササミらしく、それを群がる猫達に食べさせる事ができるらしい。膝はおろか肩にまで猫が乗り、四方から餌を強請られる。中にはこちらの腕に前足を引っかけてアピールしてくる器用な猫も居るというではないか。
それは一度体験してみたい。そう話せば、珊瑚が頷いて返す。……が、それでもどこか引っ掛かると言いたげな表情だ。
猫カフェの猫用おやつは、今珊瑚が手にしている飲み物とは比べるまでもなく安く、それを気にしているのだろう。
このままでは差額を払いだしかねない。ならばと、俺は彼女が口を開く前に話し出した。
「俺が奢ったお礼に妹が猫のおやつを買うとなると、結果的に俺は猫に奢ったことになるだろ。これで猫センサーを装備できるかもしれないな」
「猫センサーですか?」
「あぁ、猫に貢献するとセンサーが着くんだろ?」
以前に宗佐達を交えて猫カフェに行った時、珊瑚は月見を相手に『猫センサー』なるものの話をしていた。
猫への愛と貢献度によりセンサーを身に着け、日頃から猫や猫カフェを見つけられるようになる。それを聞いた月見が感銘を受け、珊瑚を『猫師匠』と呼び出したのだ。
その話に乗じて冗談めかして告げれば、珊瑚も表情を明るくさせクスクスと楽しそうに笑った。
彼女もまた当時を――と言ってもつい先日の事だが――思い出しているのだろう。……それと、もしかしたら奢りを貫きたい俺の胸中を察したのかもしれない。
「甘いですね、健吾先輩。一度や二度のおやつ献上では猫センサーを取得することはできませんよ」
「思ってた以上に険しい道なんだな。やっぱり指導が必要か。よろしくな、猫師匠あらため妹猫」
「それだと宗にぃまで猫じゃありませんか?」
以前にも増して呼び名にしっくりこないのか、珊瑚が眉根を寄せて首を傾げる。
もっともすぐさま表情を和らげ苦笑する。俺も思わず笑みを零し「そろそろ行くか」と歩き出した。
周囲はクリスマスムード一色で、とりわけステージ周辺は飾りと明かりでより雰囲気が出ている。子連れや友人同士の客も居るには居るがやはりカップルが多く、その殆どがピッタリとくっ付いてる。
中にはマフラーや膝掛を共有している者も居り、彼等にとっては寒さすらも身を寄せるための演出なのだろう。
クリスマスというイベントゆえ、いちゃつくカップルを煙たく見る者は居ない。
そんな中を通り、そしてカップルがより多い中央エリアの席に座るのか……。
それを考えれば恥ずかしさが募るが、周囲を眺める珊瑚の横顔を見て己を奮い立たせた。
男の俺からしてみれば豪華なイルミネーションといえども結局のところは電飾でしかなく、綺麗とは思えども見入るほどのものではない。
だが珊瑚はイルミネーションが好きで、今まさに瞳を輝かせている。そして俺はそんな彼女のことが好きなのだ。
「それじゃ、中に入るか」
決意を新たに、それでいて意気込んでいるのを悟られまいと珊瑚に声を掛ければ、揺れるように光るオブジェを眺めていた彼女がはたと気付いてこちらを向いた。
今以上に綺麗なものが見られると期待に満ちたその表情は可愛く、俺にはどのイルミネーションよりも輝いて見える。
次いで彼女が鞄から取り出すのは当選ハガキだ。
学校で渡した時のやりとりを思い出し、なんだかくすぐったいような照れ臭さが胸に湧く。
「持ってきてくれたんだな」
ここまで来たのだから当然な気もするが、それでも今日という日に、珊瑚の手に俺が渡した当選ハガキがある事が嬉しくて堪らない。返事こそまだだが、俺の気持ちはきちんと珊瑚に届いているのだ。
それを実感する俺に対し、珊瑚は「忘れてるかと思いました?」と冗談めかして笑った。
少し頬を赤らめているのは、きっと俺の考えを察したうえでの照れ隠しなのだろう。それが分かって、俺も冗談に乗る事にした。
「妹の事だから、クリスマスのハガキじゃなくて年賀状でも持ってきそうだなと思って」
「失礼ですね、そんな間違いしませんよ。それに、年賀状はもう出しました。ちゃんと元旦に届きますよ」
得意げに珊瑚が話す。
曰く、年賀状は毎年早めに準備し、余裕を持って投函するらしい。祖母の影響だろうか。珊瑚らしい話だ。
更には「来年は猫年なので猫の柄です」と言い切るあたりもなおさら珊瑚らしい。
これには俺も「どうせ毎年なんだろう」と返し、そろそろ行こうかとどちらともなく歩き出した。
受付を済ませて中に入る。といっても、受付とは言えども結局のところ当選ハガキをスタッフに見せるだけだ。
立ち見客が囲む中を通って行くのは恥ずかしくもあるが、それでもステージを間近で見た珊瑚の「綺麗」という呟きで恥ずかしさもチャラになる。更にははぐれまいと普段よりも距離が近いのだから、周囲からの視線など気に掛するのは無駄だ。
今は珊瑚のことだけを考えよう。そう己の言い聞かせ、長椅子に記されている座席表を眺めながら歩く。
「えっと、ここらへんかな」
「番号は……。この席ですね」
中央エリアに入りハガキに書かれている席を探し、二人並んで腰を下ろす。
両サイドがカップルという気恥ずかしい座席ではあるが、それでも全体的な見通しもよくステージも近くて良い場所だ。目の前に建つモールの外壁に映像が映るのだから、これはかなりの迫力を感じられるだろう。
そんなことを考えていると、鞄に入れていた携帯電話が震えだした。見れば宗佐からのメッセージ。だがその内容は『右!』という簡素過ぎて意味の分からないものだった。
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