第16話 ツリーの前でツーショット
「実稲ちゃん、ファンの人達の対応終わったみたいなんで、私もう行きますね」
「東雲のことだからてっきり妹の名前を呼びながら探し回るのかと思ったけど、外だとちゃんと連絡してくるんだな」
「『外で私の名前を叫んだら、それが互いの名前を呼び合う最後だと思って』って言ってやめさせました」
「相変わらず的確に脅す」
その時の東雲はさぞや震えあがり、肝に銘じたに違いない。
だがいかにシビアな態度を取ろうとも、こうやって一緒に買い物に来てるあたり仲は良いのだろう。
それを話せば、珊瑚が「たまにですよ」と答えた。
東雲は読者モデルをしている。それどころか最近はテレビドラマに出演したりと仕事の幅が広がり、そのぶん多忙になっているらしい。
放課後の一時ならばまだしも土日は仕事が入ることが多く、ゆえに今日のように一日掛けて遊びに、それもショッピングモールという人の多い場所に出ることは極稀だと珊瑚が話す。
それを聞き、木戸と西園が感心したような表情を浮かべた。
ライバルを褒めるのは癪ではあるが、俺も東雲の働きぶりは認めざるを得ない。……働きぶりだけは。
「でも普段は人混みを避けるのに、今日はショッピングモールに来たんだな。この時期は特に混んでるだろ」
ショッピングモール内は既にクリスマス一色で、あちこちの店でキャンペーンだのセールだのをやっている。
それゆえ普段よりも混雑しており、現に東雲もファンに見つかり囲まれて今に至る。一日遊びに出るにしても、もっと人の少ない場所や、せめて屋外の方が良かったのではないか。
「それは、だって……。いえ別に、ただ買物しようってなっただけです」
それだけです、と念を押すように断言し、珊瑚が席を立つ。
一瞬なにかを言いかけたように見えたが気のせいだろうか。
だがそれを問うより先に、彼女は俺達に一礼して足早に人混みの中へと去っていった。
珊瑚を見送れば自然と解散の空気になり、誰からともなく立ち上がった。
休み明けには学校で会うため別れを惜しむことはない。まだ寄るところがあるという西園とはその場で別れ、木戸とはそのままの流れで共に駅まで向かった。
駅までの道のりも美しくライトアップされている。通路はもちろん道なりにある店も電飾で飾り店頭にオブジェを置き、中にはクリスマスソングを流している店もある。
いかにもクリスマスらしい景色。……なのだが、俺達が一切それらを見ずに歩いたのは言うまでもない。
男二人でイルミネーションを眺める趣味はない、それなら帰って勉強でもしていた方がマシ。というのが合致した意見である。
男なんてそんなもの。とりわけ俺も木戸も、共にイルミネーションを眺めたい女の子が居るのだから猶更だ。仮に彼女達が居れば喜んで寄り道しただろうけれど。
そうして駅に辿り着き、同じ方向の電車に乗る。
することも無く扉上部に掲げられた路線図を眺めていると、木戸が何かに気付いたのか「あ、」と声を漏らした。
「テープ」
ポツリと呟かれた単語に、思わずオウム返しで「テープ?」と尋ねた。
「どうした、買い忘れか?」
「いや、テープでくっ付けたら使えるかもしれないと思って」
考え込みながら木戸が話す。破いた当選ハガキのことを言っているのだろうか。
綺麗に真っ二つに破かれてはいたものの、むしろ綺麗に真っ二つに破いたからこそ、テープで繋げれば元の形には戻せる。
抽選とはいえ所詮はショッピングモールのイベントだ。規定も厳しくなく、入場の際にハガキこそ見せるが本人確認等はしないという。
それぐらいの緩さなのだから、たとえハガキが破れていても、テープで貼り付け「手違いで破いてしまった」とでも説明すれば入れてくれるだろう。
もっとも、木戸からしたらその救済措置は不本意でしかない。
桐生先輩の目の前でハガキを無効にするからこそ意味があるのだ。
「桐生先輩の目の前でシュレッダーにかけるか。……いや、いっそ燃やすぐらいしてみせようか」
「やめとけ、溜息どころじゃ済まなくなるぞ」
「本当は桐生先輩に渡すのが良いんだろうけど、二番煎じってのはダサいよなぁ」
悩んでいたかと思えば一転して意地の悪い笑みを浮かべる木戸に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。
「くそ、やっぱり気付いていたか……」
呻くように呟けば更に笑みを強める。
さらには、
「あれで気付かないわけがないだろ」
という手痛い一言。
何も言い返せず、逃げ道を求めるように周囲を見回すが車内に逃げ場などあるわけがない。帰宅ラッシュには少し早い時間帯ゆえ混雑もしておらず、車内は空いてるのに逃げ場は無いというあんまりな状態だ。
なんて居心地が悪いのだろうか。
再び路線図を見上げれば、降車駅はあと一つ先。到着すれば俺が降りて木戸と別れられるのに……。
だというのに電車はゆっくりと速度を上げていく。遅々とした進みだと心の中で車掌を恨んでしまう。
もっとも、特に遅延しているわけではなく至って平常運転である。こういう時は時間の経過が遅く感じられるものだ。車掌は謂れのない八つ当たりである。
だがこのままでは楽しまれる一方だ。せめて反撃ぐらいしなくては。
そう考えて木戸に向き直った。
「テープで張り付けて男友達を誘って行ったらどうだ。ツリーの前で……」
言いかけ、ふと話の途中で言葉を止めた。
思い出すのは桐生先輩に言われた言葉。俺が真似しようとした言葉。
「……なぁ、木戸の当選ハガキっていつ届いたんだ?」
「結構前だな。一次と二次抽選があって、俺一次抽選の方だから、もしかしたらどの抽選よりも早いかも」
「高校の抽選より前か?」
「だいぶ前」
随分と早い段階で当選ハガキを受け取り、そして破いていたらしい。それ以降ずっと鞄の中に入れっぱなしという扱いの悪さだが、木戸にとってはもはや不要なハガキなのだから仕方ない。
綺麗に真っ二つに破かれたハガキを思い出せば、それと同時に、俺の脳裏に桐生先輩の言葉が蘇った。
『珊瑚ちゃんに断られたら木戸と二人で行ったらどう? ツリーの前でツーショット撮って送ってちょうだい』
俺が当選ハガキを受け取り、その足で珊瑚を誘いに行った途中のことだ。
偶々高校に来ていた桐生先輩と遭遇し、冷やかし半分でかまをかけてくる彼女に「俺は珊瑚しか誘わない」と宣言した。その別れ際に言われた言葉。
あの時、俺はまだ木戸が当選していた事を知らなかった。
だから俺は桐生先輩の言葉を、俺の宣言を信じたうえで『珊瑚以外を誘わないなら、
木戸の名前を出したのも共通の知り合いという理由だけで、彼女らしい冷やかしと鼓舞を交えた言葉だと思っていた。
いや、きっと桐生先輩のことだ。それらの意味は十二分に含んでいただろう。
だけど、それだけではなかった。
彼女が信じたのは俺だけではなかった。
あの言葉はきっと、『
俺はもちろん木戸も本当に好きな相手しか誘わないと理解し、『木戸が自分以外の女の子を誘うわけがない』という絶対的な自信のうえに発せられた言葉だったのだ。
なんだ、と心の中で小さく呟いた。
「シュレッダーは要らない。燃やすなんて馬鹿な真似するなよ」
「ん?」
「安心しろ、信用されてるよお前」
笑いながら木戸の背中を叩けば、タイミングよく電車が駅に着いて扉が開いた。
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