第12話 嫉妬と憎悪と裏切者



 珊瑚にとって宗佐は兄としても異性としても唯一の存在で、今彼女を支えられるのは宗佐だけだ。

 俺が隣で気遣っても、話を聞いても、宗佐の代わりにすらなれない。


 改めて己の立ち位置を思い知らされた気分で、自然と逃げるように視線を逸らしてしまう。

 そんな真剣味を帯びた空気の中、いまだ一人情けない姿をしていた木戸が「仕方ねぇなぁ」と呟いて立ち上がった。

 顔面に貼られていた『裏切者』の紙を剥がし、それをまじまじと見つめる。何かを決意したと言いたげな表情に、俺はもちろん木戸に紙を貼り付けた男子生徒達も怪訝に視線をやった。


「そろそろ俺もはっきりさせないとな」

「おい、木戸……?」

「敷島、こいつら適当に撒いたら連絡するから」


 それじゃ、と一言付け足して木戸がおもむろに鞄からカメラを取り出す。例の一眼カメラである。

 そうして『裏切者』と書かれた紙を無造作に丸めて鞄に押し込むと、


「桐生先輩! 俺と写真撮りましょう!」


 と、俺達を探して店の周りを歩いていた桐生先輩と月見に駆け寄っていった。


「あら、こんな所に居たの?」

「ちょっと散歩してたんです。というわけで桐生先輩、写真を! 俺とツーショットを! 月見さん、カメラお願いして良いかな」

「うん、良いよ」


 流れるような手際の良さで月見にカメラを手渡し、木戸が桐生先輩の横に並ぶ。

 観光地だからかもしくは着付けの効果か桐生先輩もノリ気で、並ぶ二人の距離は普段よりもだいぶ近い。更には場所を変えてまた二人で……と、撮影は続く。

 桐生先輩も満更では無さそうに微笑んでおり、普段の小悪魔様からは考えられないサービス精神ではないか。


 そのうえ木戸は携帯電話まで取り出し月見に差し出している。言わずもがな、一眼カメラだけでは飽きたらず、携帯電話にもツーショット写真をおさめるためだ。

 月見も感化されたかカメラマン意識を燃やし、構図や立ち位置など指示を出し始める始末。

 ちょっとした撮影会だ。もっとも、絶景の観光地ゆえに珍しい光景でもなく、周囲を見回せば同様に撮影会に興じる観光客は少なくない。


 そうしてしばらくはカメラのシャッター音と電子的なシャッター音が鳴り続け、あらかた撮り終えた後、木戸からとどめの一言。


「桐生先輩、あとで写真送りますね」


 と、これである。


 といっても、会話だけ聞けば極平凡な流れである。メールなりSNSなり、そういった手段で撮影した画像を送り合うなど高校生にとっては日常茶飯事だ。

 だが今のやりとりで重要視すべきはそこではない。

 それは俺はもちろん眺めていた男子生徒達も察したようで、はたと我に返るや嫉妬の炎を一瞬にして燃え上がらせた。


「き、桐生先輩と! 着物姿の桐生先輩とツーショットだと!」

「しかも『あとで送る』ってどういう事だ!? 木戸は桐生先輩の連絡先を知ってるのか!? 親衛隊は抜け駆け禁止だろ!」

「あんな可愛い月見さんをカメラマンにするとは、これは冒涜と言える!」


 各々が声高に木戸への恨み辛みを叫びだす。――学校じゃないのでもう少し声を落としてもらいたいところだが、飛び火しかねないので黙っておく――

 そうして嫉妬にかられた男達は標的を裏切者木戸に定め直し、勢いよく駆け出していった。


「奴を討ち取れ!」

「謀反だ! 奴は謀反者だ!」


 この和の雰囲気に合わせているあたり、律儀さが感じられる。 


 こうなると予測していた木戸は嫉妬集団が駆けつけてくるや踵を返して走りだした。運動神経を誇るだけあり反射神経も逃げ足も見事なものだ。

 去り際に、ちゃっかりと月見に「好きに撮っておいて」とカメラを託すのも忘れていない。


 そうして木戸が走って逃げれば、嫉妬の炎で焼きつくさんと男子生徒達も後を追う。

 残されたのは俺と、予期せぬ場所で顔見知りに会って目を丸くさせている月見と、さすがにこの事態は予測できなかったようできょとんとしている桐生先輩。

 俺達の周りをひらひらと桜の花びらが舞い落ちていく。風流な光景だが、いまだけは間の抜けた空気を感じさせた。


「木戸君、どこに……。あれ、いまの、皆どうして……?」

「月見、あんまり気にするな」

「敷島君、さっき木戸くんが……。それを男の子達が……なんで皆がここに?」

「木戸も放っておけば戻ってくるだろ。さ、次に行こう」


 頭上の疑問符を飛び交わしている月見を宥めて促す。まだ事態を理解しきれていないのだろう、彼女は唖然としながらもそれでもコクリと一度頷いて返してきた。

 対して桐生先輩はといえば、早々に理解したのか呆れ顔で肩を竦めている。もっとも、理解はしたが木戸を助けに行こうとしないあたり、理解の早さを含めて流石と言える。


 そんな二人を先に歩かせ、俺は騒がしい集団が駆け抜けていった先に視線をやった。

 今頃どこを走っているのか。もしかしたら既に木戸は捕まっており、正座させられ尋問会でも開かれているかもしれない。もしくはいつもの調子で、嫉妬もどこへやらお茶でもしながら談笑している可能性もある。


 そんな事を考えながら、嫉妬の的を買って出てくれた木戸と、そして標的を木戸に変えてくれた学友達に心の中で感謝した。



◆◆◆



 その後は平穏に名所や物産品の展示を眺めながら、そして土産物屋へと誘い込まれていく月見と桐生先輩に付き合いながら過ごし、日が落ち始めた頃に着物を返してそのまま宿へと戻った。

 うまいこと嫉妬集団を蒔いて木戸も途中から合流したのだが、その際に更に増えている二人の土産屋の袋に唖然としていたのは言うまでもない。若干俺への視線に同情の色が混じっていた。

 ちなみに、嫉妬でここまで追いかけてきた一行もあらかたの事態を察してくれたようで、俺の携帯電話に『今回は大人しく観光を楽しむ』という旨の連絡が入ってきた。

 追伸で『芝浦が復活したら討ちに行くから』と書かれていたのはご愛嬌。俺も宗佐が普段の鈍感無自覚なモテ男に戻ったら連絡すると返しておいた。その際には俺も木戸も一切の情けを抱かす宗佐を彼等に差し出すつもりである。



 そうして旅館の部屋へと戻れば、そこには宗佐と珊瑚の姿。

 のんびりとお茶をしながらテレビを見ており、俺達が戻ってくると「おかえりー」と何事も無かったかのように笑ってきた。その様子に安堵していいのか拍子抜けしていいのか。

 とりわけ珊瑚はつい数時間前までの消沈した様子が嘘のようで、月見と桐生先輩の着物姿の写真を見るや「私だって似合いますから!」と対抗意識を燃やしていた。宗佐は宗佐で、月見の写真を見てしどろもどろになりつつも褒めようとしている。


 いつも通りの宗佐と珊瑚の様子に、俺達は誰からともなく顔を見合わせて安堵の息を吐いた。



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