第25話 わがままメイド
「珊瑚ちゃん! どこに行ってたの!」
珊瑚に抱きついたまま喧しく騒ぐのは一年の
彼女もメイド服を着ているあたり、この店の店員なのだろう。……もっとも、店員のわりに客である俺達に愛想笑い一つ寄越さない徹底したスルーぶり、それどころか可愛さに惹かれて声をかけてくる他所の男共を一別する冷ややかな目線、どれをとってもメイドとはほど遠いのだが。
ちなみに、なぜ俺がこの一年女子のことを知っているかと言えば、彼女もまた葵坂高校で名の知れた美少女だからだ。
目鼻立ちのはっきりした顔つきは幼さを全面的に残し、低い身長と高校生にしては凹凸の全くない体つき、そして二つ結びのツインテールが年よりもだいぶ年下に見せる。ランドセルを背負っていても違和感がなさそうだ。
その外見が一部の男子生徒から「それが良い」と絶賛され、熱烈な支持を得ているのは深く語らないでおこう。
おまけに性格は弩がつくほどの我が儘。
そこが堪らないと、年下好きの男子生徒達が――中には年下好きで済まされない輩もいる気もするが――彼女に好意を寄せ、我が儘も喜んで受け入れてしまう。それが更に東雲の我が儘を助長させ……という悪循環にある。
「実稲ちゃん、ビックリするから突然抱き着くのやめてよ」
まったくと言いたげに珊瑚が東雲を自分の体から引きはがした。
強引なやり方に東雲が膨れっ面をするが、それもまた愛らしさを感じさせる。チラチラと東雲に視線を送っていた男達の表情が一瞬にして呆けだす。
そう、東雲もまた美少女なのだ。
一年生ながらに隠れミスコンの上位に食い込んでくる、月見や桐生先輩と争えるほどの美少女。
当然だが親衛隊もいるわけで、思い返せばうちのクラスにも東雲の親衛隊が数人いる。たまたま彼等と話していたところその話題になり、いかにあの未成長な体が魅力的か、ツインテールとリボンの調和がどうの、我が儘な性格が云々……と熱く語られたのだ。
その熱さと内容にドン引きしたのは記憶に新しい。
そんな東雲実稲を前に、誰もが唖然としたのは言うまでもない。
なにせ美少女が突然出てきて
「お、おい妹。なんで東雲がお前に」
「健吾先輩の妹じゃ」
「珊瑚ちゃんは敷島先輩の妹じゃありません!」
「それは私の台詞だから!」
再び珊瑚に抱き付き、おまけに定番と化したやりとりに割って入ってくる東雲は、まるで珊瑚を渡すまいとしているようだ。やたらと睨んでくるあたりあながち間違いでもないのだろう。
対して珊瑚はと言えば、呆れとも疲労ともとれる表情を浮かべつつ、盛大に溜め息をついてしがみつく東雲に視線を向けた。
「実稲ちゃん、今は休憩の時間でしょ? 着替えてどっか見てきなよ」
「実稲は珊瑚ちゃんと居るの」
「ほら、男の子達から遊びに来てくれって言われてたじゃん。顔出してあげなよ」
「珊瑚ちゃんとなら行く」
きっぱりと言い切る東雲の表情を見るに、これは説き伏せるのは不可能だろう。
どうやら珊瑚もそう判断したらしく、溜め息をつきながらせめてと東雲を引き剥がした。「あとで一緒にクレープ食べに行くから、とりあえず離れて」というセリフから、東雲の扱いに長けているのが分かる。
「実稲ちゃん、私とクレープ食べたいなら今は働こうよ。あっちの注文とってきて」
「なんで実稲が!」
「メイドだからね。はい、いってらっしゃい」
あっさりと言い切る珊瑚に、東雲がしばらく不満そうな表情を見せたのち、それでも渋々といった様子で他所のテーブルへと向かっていった。
その瞬間にあちこちからメイドを呼ぶ鐘の音が――もちろんすべて男である――鳴りだすのだが、それに対して東雲が「うるさい! 珊瑚ちゃんの声が聞こえなくなるでしょ!」と怒鳴り付けたのは言うまでもない。
「すみません、実稲ちゃんが煩くしちゃって」
「珊瑚ちゃんのお友だち、こ、個性的な子だね……」
乾いた笑いを浮かべながらも月見がフォローを入れる。あれを『個性』とオブラートに包むあたり、やはり月見は優しい性格をしている。
対して、俺は月見ほど優しくもないし言葉を濁すオブラートも持ち合わせていない。なのであっさりと「あれはどういうことだ?」と問えば、珊瑚が心底疲れたと言いたげに肩を竦めた。
「彼女は同じクラスの東雲実稲ちゃんです」
「名前は知ってる。有名だよな」
「雑誌のモデルもやってるんだよね。確かに、すっごく可愛いもんね」
「そうなんです。実稲ちゃんは可愛くて、モデルの仕事もしてて、男の子にも人気があって、それでいて凄く我が儘で、だから友達が私しかいないんです」
きっぱりと答える珊瑚に、俺と月見が思わず顔を見合わせてしまった。
東雲が可愛いのは分かる。確かに一年生女子の中では群を抜いて可愛く、幼い頃からモデルをやっていたというのも納得だ。
ゆえに男から人気があり、我が儘なのも慕う男からしてみれば可愛さを増させるのだろう。
だけど、友達が珊瑚しかいないっていうのはどういうことだ?
あれだけ可愛くてモデルをやってれば人気者になっていそうなものだが……。
そう疑問を抱いて珊瑚に視線を向ければ、それを察したのだろう一度深く溜息を吐いて話しだした。
「実稲ちゃんは凄く可愛いけど、凄く我儘なんです。でも実稲ちゃんを好きな男の子達は『そこが良い』って言って、実稲ちゃんの我儘を直ぐに聞いちゃうんです」
「確かに、うちのクラスの男達の中でも『東雲は我儘だからこそ』って言ってたな」
「実稲ちゃんもそれが分かってて性格を直さないし、男の子達は競って実稲ちゃんの我が儘を聞こうとするし……。悪循環です」
珊瑚曰く、東雲実稲は我が儘であり、そして我が儘も彼女の魅力の一つなのだという。
東雲に好意を寄せる男子生徒達は、何かあると『困ったな、東雲がまた俺に我が儘を言ってきた』とまったく困った様子のない声色で自慢し合っているらしい。
そんな男達に対し、ならば東雲はどう思っているのかと言えば、これがまったくの
つまりどうでも良い。騒ぐなら勝手に騒いで、使える時にだけ使えれば良い、と。
「そりゃあまた、随分な性格だな……」
「そんな性格してれば、当然ほかの女の子からは嫌われるわけです」
当然と言えば当然な話だ。
異性に対してやたらと敏感になるこの時期に、いくら美少女とはいえ我が儘で男を顎で使っている女が同性から慕われるとは思えない。
そこに嫉妬があるのか無いのか定かではないが、『可愛い』というだけで異性から嫌われることは無いが、さりとて『可愛い』というだけで異性から好かれるわけでもないのだ。
「男を使うって点なら桐生先輩と似てる気もするな。あの人も厄介な性格してるだろ」
名前を口に出せば、俺の脳裏に高らかに笑う桐生先輩の姿が浮かび上がる。
きっと今の俺の発言を聞いたら「人聞きが悪いわね」と楽しそうかつ悪戯っぽく笑う事だろう。もしくは「そんな風に思われていたのね、悲しい」と泣き真似をしてくるか。
だが珊瑚はきっぱりと「桐生先輩とは違います」と言い切った。
「桐生先輩は飴と鞭を使い分けてるんです。それに、利用するといっても誰彼構わずってわけじゃないし」
淡々と桐生先輩を語る珊瑚の言葉に、思わず納得してしまう。
言われてみれば確かに、桐生先輩は目的のためならば男を利用する性格だが、利用する相手はきちんと選んでいる。それに俺も振り回されてはいるが助けられた記憶もある。
……もっとも、それでも厄介な性格であることには違いないのだが。
「でも実稲ちゃんは本当に無差別に我が儘で、男の子でも女の子でも容赦なく我が儘を言って利用して、敵と判断すればすぐに攻撃的になるんです」
「よくそれで問題にならなかったな」
「……問題にならないわけがありません」
俺の言葉に珊瑚は眉間に皺を寄せ、とうとう月見の隣に座りだした。
どうやら本格的に語る気らしいが、メイドとしての仕事を放って良いのだろうか?
と、そう疑問に思えども話の続きも気になるわけで、俺はあえて指摘せず、むしろ先を促すように視線を向けた。
「あれは春も終わりに差し掛かった頃の放課後。ベルマーク部の仕事で校舎裏に行こうとしたら、その途中で実稲ちゃんが数人の女の子に囲まれていたんです」
「あぁ、あの性格ならそうなるか……」
「女の子達は集団で実稲ちゃんに何か言っていて、実稲ちゃんも負けじと言い返していて。私が声を掛けても誰も聞いてくれないし、かといってそこを通らないわけにもいかないし。だから……」
「だから?」
一瞬、珊瑚が言葉を濁す。
言いにくい話なのだろうか。だがさすがにここで終わりにするわけにもいかず先を促せば、当時を思い出しているのか珊瑚は小さく溜息を吐き、再び口を開いた。
「だから、『そういうのはもう充分です!』って集団のど真中を通過しました」
……。
珊瑚の話を最後に、シン、と静まったのは言うまでもない。
といっても、静かになったのは俺と月見だけだ。珊瑚の話を聞いていなかった周囲は依然として賑やかで、あちこちで鐘の音が聞こえメイド喫茶らしい受け答えが聞こえてくる。
そのなかでも東雲を呼ぶ声がやたらと耳につくのは、それだけ彼女を慕う男が多いからか、それとも珊瑚の話を聞いたばかりだからだろうか……。
というか、今はそんなことを考えている場合ではない。
「妹、さすがにそれは……」
「ただでさえ宗にぃ絡みでうんざりしてるんですよ。そのうえ別件で通せんぼされたら誰だって怒ります。私は悪くありません」
「だからって、おまえ……」
確かに珊瑚が普段から苦労しているのは知っている。
宗佐を慕う一人として、そして宗佐の妹として、二重の意味で彼女は恋愛沙汰に巻き込まれているのだ。自分の立場を客観的に考えていることもあり、相当ストレスは溜まっているのだろう。
だからって先程の台詞とど真ん中通過はないだろ……。と視線で訴えれば、彼女は不満そうな表情を浮かべながら「たとえば……」と俺に視線をむけてきた。
「たとえば、普段宗にぃ絡みの騒動に巻き込まれている健吾先輩が、木戸先輩絡みの集団に道を塞がれたらどうします?」
「ぶち切れて木戸のことぶん殴るな」
「でしょう」
ご理解いただけたようで、と珊瑚がしれっと頷く。
だが確かに、俺も日頃宗佐周りの騒動で迷惑を掛けられ続けている。そのうえ木戸絡みの騒動となれば、諸悪の根元を絶つべしと木戸を討つだろう。
なるほど。先程の珊瑚の言い分も台詞も納得である。
むしろ暴力行為に出ないあたり、まだ理性が残っていたとさえ言える。
……ちなみに、俺達の話を聞いて「みんな仲良くしようよぉ」と切ない声をあげている月見は無視しておくことにした。無自覚とはいえ、彼女もまた迷惑をかける側の人物なのだ。
「それで、結果的に東雲を助けたことになって懐かれたってわけか」
「そんなところですね」
肩を竦めつつ肯定する珊瑚の表情はどこか達観している。
だがそんなところも東雲にとって良かったのかもしれない。こういった手合いの騒動に関して慣れている珊瑚は、味方にもならないが敵にもならないのだ。
敵ばかりの東雲にとってみれば貴重な存在とも言えるだろう。
「だからって、あの独占欲はかなりのもんだな」
「実稲ちゃんも悪い子じゃないんですけどね。ただ人よりだいぶ我が儘で、人よりかなり独占欲が強いだけで……」
そう微妙なフォローを入れかけた珊瑚が、言葉の途中で調理室の扉に視線を向けた。
それにつられて振り返れば、今まさに入店したての男女の姿。もちろん宗佐と西園である。
二人は案内係であるメイドになにやら説明しつつキョロキョロと周囲に視線をやり、俺達に気付くと宗佐が片手を上げ……。
「芝浦先輩ですね! 実稲と結婚してください!」
と、横から勢いよく飛び出てきた東雲のタックルをもろに受け、吹っ飛んでいった。
「それで、東雲がなんだって? ただ人よりだいぶ我が儘で、人よりかなり独占欲が強いだけで?」
「人より独占欲が強いだけで……、それでとっても、本当に、物凄く、迷惑な子なんです」
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