第23話 施設内アナウンス

 


「敷島君が落ちてくる勢いも凄かったけど、やっぱり月見さんが文句なしに一番ね。徐々に悲鳴が大きくなってくるの、待っていてとても楽しかったわ」

「確かに健吾先輩の落下ぶりも捨てがたいですが、私も月見先輩が一番ですね。小学生達に『お姉ちゃん頑張ったね!』って褒められてたところもポイントが高いです!」


 あれは良かったと話す桐生先輩と珊瑚は楽しそうだ。

 対してそれを聞く月見は耳まで真っ赤で、か細い声で「だって怖かったから……」と訴えている。だが怯えていた自覚はあるのかそれ以上の反論は出来ないようで、ムグムグと言い淀んだ後、所在なさげにストローを咥えてジュースを飲むことで沈黙した。


 三人掛けの丸テーブルに、水着姿の女の子が三人。楽しそうに――月見の胸中は定かではないが――話す姿は見ていて眩しい。

 とりわけ月見と桐生先輩は蒼坂高校の男子人気トップに君臨する二人。男達はちらちらと視線を向け、中には通りがかりにわざわざ足を止め「声掛けようぜ」なんて話し合う者までいる。

 ……のだが、そんな不埒な者達は総じて、彼女達の隣のテーブルで眼光鋭く睨んでくる男達に気付くとそそくさと去っていった。


 誰か?

 もちろん、俺達である。


 さすがに六人掛けのテーブルは無く男女でテーブルを分けての休憩となったが、かといって向こう側を放っておくわけにはいかない。

 むしろ俺達はあえて水着姿で語り合う事も無いと、各々携帯電話を手に適当な雑談を続け、そして隣のテーブルに近付こうとする輩が現れると揃えてガンを飛ばしていた。


 そんな中、


「でも、滑り終えた月見さんの水着が脱げちゃったのは流石にビックリしたわね」


 あれは予想外だったと話す桐生先輩の言葉に、俺と木戸がぎょっとする。


 水着が脱げた……!?


 月見が滑り終えた直後ならば、俺達はまだウオータースライダーの乗り場にいた。見下ろした際、確かに彼女は一度自ら上がろうとしてしゃがみこんでいたが、まさかあの時に……。

 張本人である月見を見れば、胸元を押さえて「脱げかけただけです!」と必死に訂正している。だがその訴えは『脱げてはいないが脱げかけた』と半分肯定しているようなものだ。


 まさか俺達が階上に居る間に、そんなハプニングが起こっていたなんて……。


 ちらと横目で宗佐を見れば、白々しくそっぽを向き、さも聞こえなかったといった体を装っている。だが誰が見ても分かる程に顔は赤く、それどころか耳まで赤い。

 宗佐はウォータースライダーで先陣を切っていた。つまり月見より先に地上に降り、彼女の到着を見守っていたわけだ。

 ……そして、脱げかけたというハプニングも目の当たりにしたのだろう。


 これもまた宗佐らしい話である。

 この手の星のもとに生まれたというか。内容問わず否応なしに騒動の渦中にあるというか。

 月見にとっては災難でしかないが、まぁ唯一目撃した男が宗佐だったのは不幸中の幸いというものだろう。見れば顔を赤くさせてちらちらと宗佐の反応を窺っているが、ショックで嘆いたり見るからに落ち込んだりといった様子はない。



 そんなやりとりの中、数人のスタッフが慌ただしく休憩所の近くを駆けて行った。

 トランシーバーで会話を交わしており、周囲で休んでいた者達も何事かと彼等の去っていった先を視線で追う。


「何かあったのかな」


 とは、ぐいと背を伸ばして様子を窺おうとする月見。

 いまだ頬を赤くさせながら「どうしたんだろう、騒がしいね」と捲し立てるように話して事態を探ろうと頑張るあたり、これを機に話題を変えたいのだろう。

 だがスタッフは既に人込みの中に消えてしまい、ここからでは背を伸ばしても、それどころか立ち上がっても状況を知るのは難しそうだ。

 周囲も同様、しばらくは何事かと囁いていたが、次第に興味を失って各々雑談に戻ってしまった。足を止めていた者達もぱらぱらと散っていく。


「さっきもなんか騒いでたな。ほら、流れるプールに居た時、反対側がざわついてただろ」

「そういえば、俺達が着替え終えた時も女の人の声が聞こえたな」


 木戸の話に俺も思い出して話す。宗佐も心当たりがあるのか、昼食時に珊瑚と一緒にケバブ屋に並んでいたら……と似たような事例を話し出した。

 どうやらこのプール内で何かしらのハプニングが頻発しているようだ。

 といっても、よっぽどの大事件ならばすぐさま閉園するだろうし、ざわついた場所を人払いしている様子もない。


 いったい何が……と考え、俺はふと顔を上げた。

 休憩所内に設置されたスピーカーから流れていた音楽がふつりと途切れ、代わりに女性の声が聞こえてくる。


「さっきから、客同士の衝突が……ってアナウンスがよく流れるな」


 施設内には各所にスピーカーが設けられ、平時は音楽が流れている。流行りの曲や夏らしいアップテンポの曲だ。

 それが定期的に途切れ、園内アナウンスに切り替わる。施設の説明、時間毎のイベントの告知、お土産や名物料理の紹介、迷子の案内。そして先程俺が言った『客同士の衝突』。


 詳しく言うのであれば『混雑ゆえに客同士の衝突が多発しているから注意してくれ』というものだ。

 確かにプール内は混んでおり、流れるプールや波の出るプールでは油断すると近くの客と肩がぶつかる事も多々あった。といっても、夏のプールなんてどこもこんなものだろう。


「でもちょっと多くないか? ほら、また流れた」


 休憩所のスピーカーを見上げつつ話せば、宗佐と木戸が確かにと頷いた。

 先程流れたのは夕方からのライトアップについて。そしてその最後にまたも『混雑しており……』と注意喚起をしてきたのだ。

 安全に運営するため必要なのは分かる。だが注意喚起の内容は他にもあるはずなのに、この一点だけやたらとアナウンスされている。


「どっかで客同士がぶつかって喧嘩でもしたのか?」

「こんなに頻繁にか? 物騒すぎるだろ」


 注意喚起のアナウンスはこまめに流れているが、かといって周囲が殺伐としているわけでもない。それに喧嘩が起きればもっとざわつくだろう。

 かといって、ならば何が起こっているのかと問われても俺にはさっぱり見当がつかない。



 そんな会話を続けていると、珊瑚が「あっ」と声をあげた。


「そろそろお母さんに電話しないと」


 曰く、母親から一度は連絡が欲しいと言われているらしい。

 高校生の娘に対して過保護な気もするが、先日の墓参りの一件を思えばむしろ電話連絡で済んだと考えるべきか。熱中症を起こした事こそ隠しているが、暑くて直ぐには帰宅出来なかったとは話しているのだ。


 だが休憩所は人が多く賑わっており電話はしにくい。周辺も同様。それにいつ再びアナウンスが流れるか分からない。

 珊瑚が周囲を見回し「静かなところを探してきます」と立ち上がれば、当然のように宗佐も席を立った。どこなら電話出来るかと話しながら二人が歩き出し、あっという間に人込みの中に消えていく。


 それを見届けると、「そういえば」と木戸が立ち上がった。


「夕方からのライトアップってどこなんだろ。俺、ちょっと地図で確認してくる」

「あ、それなら私も行くよ。確か入り口に大きな地図があったはずだから。そこに行こう」


 木戸に続き月見が立ち上がり、俺達に「待っててね」と告げて去っていく。

 二人の姿もまたあっという間に人込みの中に消えて見えなくなった。


「敷島君、そっちのテーブルに移っても良いかしら」


 さすがにテーブル二つを二人で独占するのは気が引けたのか、桐生先輩がテーブルの上を手早く片してこちらへと移ってくる。

 そうして俺の向かいに椅子に座るとニヤリと笑みを浮かべた。


「二人きりね」という声は、先程までの楽しそうな色合いよりもかなり甘い。

 先程までの楽しそうな彼女の笑みが、いつの間にか悪戯っぽいものに変わっていた。



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