第24話 小悪魔あらため小悪魔様
俺の向かいに座り、桐生先輩が悪戯っぽく、そして妖艶に微笑む。
つい先程までは遊ぶことに意識がいっていたからか普通に見れたというのに、こうやって改まって正面で微笑まれると彼女の美貌に緊張してしまう。
気付かれないようにそっと視線を他所に向けるも、そんな俺の抵抗など予想していたと言いたげに桐生先輩が小さく笑った。
「二人きりで緊張する? それとも恥ずかしいかしら。喜んでくれても良いのよ? せっかくだから今のうちにじっくり見つめて堪能する?」
小首を傾げ、さらにはテーブルに身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込んでくる。じっと見つめてくる黒い瞳、形の良い唇がやんわりと弧を描いている。
動揺する俺の反応を楽しんでいるのだ。
それに対して俺は、せめてここで一矢報いねばと考え、そっと胸元で手を組んだ。
「それなら拝みます」
「やめて、拝まないで」
絶対にやめて、と桐生先輩が念を押してくる。そのうえ組んだ俺の手を軽く叩いて阻止してきた。
先程までの悪戯っぽい笑みもどこへやら、やり返されたことが不服なのか睨んでくる。その表情もまた不機嫌な時の猫のように魅力的なのだが、今の俺の胸にはちょっとした爽快感があった。
一矢報いるぐらいは出来ただろう。
「まさかやり返されるなんて思わなかったわ。やっぱり敷島君って面白い」
気に入ったと言いたげに桐生先輩が俺を見つめてくる。
そのうえ「ほかの男の子達とは違うのね」とはっきりと告げてくるのだ。その言葉は『特別』を意識させ勘違いしかねない。もっとも、それすらも桐生先輩は分かって言っているのだろうけれど。
なんて恐ろしい。
さすが小悪魔、一矢報いるどころではまったく動じない。
「そうやって意識させて手玉に取るのがやり口ですか」
「いやね、人聞きの悪い。敷島君のことを気に入ってるのは本当よ。従うばっかりの親衛隊達よりも、敷島君みたいな子を手玉に取るほうが面白いのよ」
「いま手玉に取るってはっきり言いましたよね。……でもまぁ、あいつらよりはマシって思われてるのは有難いかも」
桐生先輩に特別視されて不要な嫉妬を買うのはご免だが、あの嫉妬集団と分けて考えて貰えるのは嬉しい。これは俺のプライドの問題である。――級友相手に失礼なと言うなかれ。あいつらの嫉妬と暴走を日々目の当たりにしていれば「一緒にしないでくれ」と願って当然だ――
そこまで話し、そういえばとここに来たばかりの事を思い出した。
詳しく言うのであれば、ここに来たばかりの、更に木戸と合流したばかりの時。
「木戸が親衛隊の奴等は『明日』ここに来るって言ってました。桐生先輩があいつら撒いてくれたんですね」
「だってせっかく遊びに来たんだもの、邪魔されたくないじゃない」
自分を慕い日頃利用しまくっている男達に対して『邪魔』とは非道な気もするが、桐生先輩の口調は随分とはっきりとしている。
それほどまでに今日を楽しみにしていたのだろう。日頃どれだけ大人びていようと小悪魔系の性格だろうと、彼女は俺達と同じ高校生なのだ。プールで遊ぶの日を楽しみに、そして今も純粋に楽しんでいる。
もっとも、すぐさま、
「誤情報を流すくらいどうってことないわ。ついでに月見さんの親衛隊も騙しておいたから」
と妖艶でいてあくどく笑うのは相変わらずである。
「ここまでくると流石と言うべきか……。いや、でもそうなると、一人騙されずに今日来た木戸も流石と言えるのか……」
「それなんだけど、木戸のことも騙せたと思ってたのよね。どこからバレたのかしら……。あいつ、私すら把握してない情報網があるみたいなの」
「木戸のやつ、明日も来るって言ってましたよ。抜け駆け禁止を守ってるってことにしたいみたいなんで」
よくやるもんだ、と呆れつつ話せば、桐生先輩が返事替わりに肩を竦めた。参ったと言いたいのか、それとも木戸の執念と厄介さに流石の桐生先輩も呆れているのか。
しかし明日も来るあたり木戸の『抜け駆け禁止を守ってるふり』も徹底している。
思い返せば、以前に木戸が俺に対して「桐生先輩に贔屓にされていて羨ましい」と言ってきたことがあった。
その際に俺は木戸も同じだと、お前も桐生先輩に気に入られているだろうと言って返した。事実、今も桐生先輩は木戸だけは手に負えないと肩を竦めているし、あいつの失敗談は楽しそうに聞いていたのだ。
だがそれを聞いた木戸は喜ぶどころか一瞬にして顔を青ざめさせ、白々しい笑いでそんな事ないと否定して逃げていった。
「そうか、あれは抜け駆けがバレたらやばいと考えたのか」
どうやら俺は図らずも木戸の抜け駆けを周囲に暴きかけていたようだ。
申し訳なさは全く抱かないが、合点はいったと頷く。
そして同時に、それほど必死なのかとも考えた。
木戸の切り替えは見事なもので、集団で居る時はいかにも『桐生先輩を慕う男達の一人』とした態度である。
周りと同じように宗佐を妬み、周りと同じように宗佐に嫉妬し、時にその嫉妬を爆発させて宗佐を攫って行く。かと思えば今日のように飄々と単独行動を取り、桐生先輩に付き纏う。
明日もきっと『その他大勢の一人』に戻って何事も無かったかのようにここで過ごすのだろう。
出し抜き仲間を裏切って……と言えば聞こえは悪いが、そうでもしないと桐生先輩相手に渡り合えないと思っているのか。
そしてそこまでするほど、あいつは本気で桐生先輩の事が好きということだ。
「これも恋心ゆえと考えると、俺もいずれあんな風になるのか……?」
さすがに木戸程とはいかずとも、月見を慕う宗佐や、そんな宗佐を慕う月見や桐生先輩のように、俺もいつか誰かに必死で想いを寄せるのだろうか。
日頃恋愛沙汰とは無縁な生活のため――これほど巻き込まれてはいるが無縁とは酷い話である――今一つピンとこないと首を傾げれば、俺の悩む様から察したのか、桐生先輩が楽しそうに笑った。後輩を愛でる先輩といった年上らしい笑みだ。
「誰かを好きになって、相手の事ばかり考えて、必死に追いかける。そのうち敷島君にも分かる日がくるわ」
「そうですかねぇ」
「今はそうやって余裕のある態度を取っていられるけど、意外と近いかもしれないわよ。その日も、その人も」
「……その人も?」
桐生先輩の意味深な言葉に尋ね返す。
だが彼女は楽しそうな笑みを浮かべ、「自分で気付きなさい」と言い切ってしまった。
そのうえこの話は終いだと言いたげに他所へと視線をやり、何か見つけたのか片手を上げた。見れば宗佐と珊瑚がこちらに歩いてくる。どうやら電話を終えたらしい。
ほぼ同時に、別の道から月見と木戸もこちらに向かってくるのが見えた。
「さぁ、次はどこに行きましょうか」
戻ってきた宗佐達に対し、桐生先輩が弾んだ声で尋ねる。年相応の楽しそうな声で、まるで先程の意味深な言葉など無かったかのようだ。
宗佐達もそれに応じ、次の目的地を話し合う。まだ行ってない場所はどこか、ライトアップは何時からか、それまでに何をしたいか……。
そんな楽しそうな会話を、俺だけは加わることが出来ずに呆然としながら聞いていた。
桐生先輩は『意外と近いかもしれない』と言っていた。
『その日』とは、俺が誰かに恋をする日のことで……。
だけど、『その人』とは……?
告げられた言葉の意味を考えようとし……、「健吾先輩」と名前を呼ばれた。
気付けば宗佐達は既に立ち上がっており、テーブルや椅子の位置を戻したり次の目的地の場所を確認したりと移動の準備をしている。
そんな中で俺一人だけ椅子に座ったまま考え込んでおり、不思議に思った珊瑚が声を掛けてきたようだ。
「健吾先輩、どうかしましたか?」
珊瑚がじっと俺を見つめて尋ねてくる。それを聞いたのか宗佐達も不思議そうにこちらを見ている。
それに対して俺は一瞬目を丸くさせたもののすぐさま我に返り、首を小さく横に振って考えを消すと何でもないと答えて立ち上がった。俺の答えを信じたのか、珊瑚が「それなら行きましょう」と促すように歩き出す。
それに続いて俺も歩き出そうとし……、数歩前を行く桐生先輩の表情に気付いた。
これ以上ないほど楽しそうな笑みを浮かべて、それどころか俺と目が合うとパチンと優雅にウインクをしてくるではないか。
……一矢報いようなんて馬鹿な考えだった。
この人には絶対に敵いそうにない。
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