第24話 決戦の場所
「ベルマーク部の部室? 何度か美術室から出てくるのを見たことがあるから、美術室を兼用してるんじゃないか? え、敷島の妹が入部したのか? ……妹じゃない、なんだよそれ」
「あいつらの部室かぁ……。そういえば、前にうちの部が依頼した時は、終わった後に家庭科室に入っていったな。なんだ敷島の妹が入部したのか。またうちの部も世話になるだろうしよろしく言っておいてくれ。はぁ? 芝浦の妹? だってお前がいま妹って言ったんだぞ」
「俺が見かけた時は、依頼後なのか疲れた疲れた言いながら野球部の部室に入っていったな。野球部は依頼が多いから、ベルマークの代わりに部室を間借りしてるのかも。というかお前妹も居たんだな。男兄弟だと思ってた。……妹だが妹じゃない? なんだよそれ、幻覚でも見てるのか?」
……。
…………。
「いったいどこが部室なんだ……」
聞けば聞くほど部室候補が増えていき、思わず唸るような声をあげてしまう。
頭を抱えれば、通りがかった女子生徒が怪訝な顔で横を通り過ぎていった。廊下で絶望してる生徒が居れば不審に思うのも当然。だが今の俺には取り繕う余裕はない。
なにせ、休み時間になるたびベルマーク部に心当たりのありそうな友人に片っ端から聞いて回っているのだ。
その結果、部室候補が増えて手に負えず今に至る。――そして俺が珊瑚を妹と呼ぶことで勘違いも増えている――
「いっそ直接聞きに行くべきか……」
だが『俺がいるから安心しろ』なんて格好つけた事を言った手前、肝心の部室を聞き忘れたなんて恥ずかしくて言い出せるわけがない。
笑われて茶化されればまだ良い方、下手すれば『大口を叩いた割には頼りにならない先輩』という烙印を押されかねない。それだけは避けねば。
かといって、このままのんびり聞きまわる猶予が無いのも事実。
次の授業が終われば昼休みに入り、午後の授業が始まればあっという間に放課後だ。
「美術室、家庭科室、野球部部室……。あとどこが挙がってたか。くそ、どれが正解なんだ」
不確かな情報で動くわけにはいかない。
見当違いな場所を陣取った結果、二本目のネクタイもみすみす犯人の手に渡り、再び池へ投下……なんてことになりかねない。
いや、それよりも犯人と珊瑚が一対一で鉢合わせの方がまずい。相手は他人のネクタイや鍵を盗んで池に捨てるような輩なのだ。激昂して珊瑚を傷つける可能性だってある。
そんな事になったら、俺は珊瑚はもちろん宗佐にだって合わせる顔がない。
「仕方ない、昼休みになったら腹を括って妹のところに行くか」
笑われ失望されたとしても、作戦の成功を重視すべきだ。
名誉はいずれ挽回できるはず。……多分。頑張れば。
向こう一ヶ月は笑われ事ある毎に引き合いに出される覚悟はしておこう。
そう自分を鼓舞してひとまず教室へと戻れば、男子生徒達の呪詛が迎えてくれた。
とても気分が悪い。
「なんだ、また宗佐がモテたのか」
うんざりとした気分で手近に居た一人に声を掛ける。
呪詛イコール男達の嫉妬、それすなわち宗佐がまたモテたということ。
聞けば、また早瀬が現れたらしい。生憎と宗佐は眠っていたのだが、彼女はそれを愛おし気に見つめた後、そっと机に菓子の入った袋を置いて去っていったという。
更には、どこから聞きつけたのか、他のクラスの女子生徒までもが宗佐にお菓子を差し入れし……と、数人が続いた。
なるほど、見れば宗佐の机には菓子が幾つか並んでいる。
だというのに当人はいまだグースカ寝ているのだから、これは嫉妬されてもおかしくない。
「あ、でも一人だけ小袋のソース置いていった子がいたな。並ぶ菓子見て『チョコレートソースじゃないからね! お弁当用だからね!』って忠告して去っていった。あれは何だったんだ? 菓子だと埋もれるからちょっと変わった差し入れで芝浦の気を引こうっていう新たなパターンか?」
「嫉妬のあまり穿った見方をするなよ。たんに弁当の袋に入れ違いでも起こして届けに来たんだろ。でも妹が来るなら待ってりゃ良かったな」
しまった、と思わず呟く。
ベルマーク部の部室を知るため教室を出ていたのが仇となった。
だがどれだけ悔やもうとも、珊瑚は既にここには居ないし、追いかけようにも休み時間はあと数分足らずで終わる。
無駄な徒労になったと肩を落とせば、呪詛を奏でていた数人がよく分からないなりに慰めてくれた。
こいつらも根は良い奴なのだ。これでもかと嫉妬し呪詛を奏で定期的に爆発するけれど。
「仕方ない、やっぱり昼休みになったら妹のところに行くか」
溜息を吐きつつ自分の机へと向かう。
疲労からどかと乱暴に座るも、それでも宗佐は起きない。短い休み時間でよくここまで熟睡できるものだ。
「宗佐、いい加減に起きろ。お供えみたいになってるぞ」
「ん……。なんだ健吾、お供えって……。そ、供えられてる!?」
「俺も仏花を用意しておけばよかったな。ほら見てみろ、これチョコレートソースだ。クッキーに合うんじゃないか?」
市販品や手作りの菓子が並ぶ中、例のソースを手にとって宗佐の目の前で揺らしてみせる。
「わぁ本当だ。……なんて言うと思ったか! これ珊瑚が持ってきてくれたやつだろ! 母さんから、間違えて珊瑚の弁当袋に俺の分のソースも入れたってメールが来てたからな!」
「なんだ、知ってたのか。というか妹が持ってくるの分かってたなら寝るなよ」
「ごもっとも」
珊瑚に悪いことをした、と宗佐が反省しつつ、机に並べられた菓子を回収していく。「名前を書いておいてくれると助かるんだけど」と呟いているのは、きっとお礼をするためだろう。
それを横目に、俺はしばらく考えた後、宗佐を呼んだ。
「お前、ベルマーク部の部室って知ってるか?」
「ベルマーク部の部室?」
なんで部室を? と宗佐が尋ねてくる。
ベルマーク部の部室について『宗佐に聞く』という案は一番最初にあがった。妹の所属する部活だ、シスコンが把握している可能性は高い。
そうは思えども今の今まで尋ねなかったのは、不安要素があるからだ。
俺が尋ねることにより、結果的に宗佐が関わってしまうかもしれない。
こいつは自らトラブルを起こす事もあれば、トラブルの渦中に意図せず突っ込んでいく事もある。騒動に縁のある男なのだろう。
今回の件も、結果的に宗佐も関与して騒動が大きくなって……となりかねない。
なぜここまで断言できるのかって?
そりゃ、宗佐に引きずられるように俺まで悉く巻き込まれているからだ。
「いや、でも今回の件も結局は宗佐絡みなんだよな。一年前に戻れるなら、お前と知り合う直前の俺を殴ってでも引き留めたい気分だ」
「なんだよ急に。健吾もソースが欲しいのか? 量多めに入ってるから半分ぐらいならあげられるけど」
「斜め上に解釈した挙げ句に優しさを見せるな。そうじゃなくて、とにかくベルマーク部の部室だよ。知ってるのか?」
ここはさっさと聞き出し、宗佐が関わってくる前に話を終えるのが得策だろう。
そう考えて先を促せば、宗佐はあっさりと首を横に振った。「そういえば聞いてないな」という答えに、思わず肩を落としてしまう。
「やっぱり宗佐は宗佐だったか……。期待して損した」
「なぁ、俺はそろそろ泣いて良いと思うんだけど。というか、ベルマーク部の部室なら技術室なんじゃないか?」
「……技術室?」
新たな候補になぜかと疑問を抱いて宗佐を見れば、逆に疑問を抱かれる事こそ不思議だと言いたげに首を傾げてきた。
そうして「だってさぁ」とお供えもとい差し入れの菓子を一つ口に放り込む。こちらの気も知らずに暢気な態度ではあるが、事情を知らないのだから仕方あるまい。
「ベルマーク部の顧問って技術の小坂先生だろ」
「そういえばそうだな」
「それにうちの学校って技術部ないじゃん。放課後技術室は誰も使ってないわけだし、俺が小坂先生なら自分の根城を部室にするな。この間も技術室に呼ばれたわけだし」
「……あ」
淡々と語られる宗佐の話に、俺は目から鱗が落ちるような感覚を覚え……、
「くそ、宗佐が気付いて俺が気付かないことがあるなんて……!!」
と、頭を抱えた。
「健吾、さすがに本気で泣くぞ。次の授業ずっと俺の啜り泣きを聞きながら授業を受けるがいい」
宗佐が恨めしそうに俺を見てくる。
もちろん冗談だ。その証拠に俺が鞄から間食用の菓子を一つ取り出して机に放り投げれば、「よろしい」と上から目線の返事をされた。
得意げな態度と満足そうに笑むその顔は、血が繋がっていないはずなのに珊瑚とよく似ている。
「それで、なんでベルマーク部の部室を知ろうとしてるんだ?」
「ところでそろそろ授業が始まるな、お前ちゃんと宿題してきたか?」
「なんだその露骨な誤魔化し。そもそも宿題は昨日のうちにちゃんとやって……ちゃんとやって……机の上に……置いたまま……」
忘れてきた、と宗佐が机に突っ伏す。絶望を感じさせる姿だ。
それを見てなんとか誤魔化せたと安堵の息を吐けば、タイミングよく先生が教室に入ってきた。
ベルマークの部室はきっと技術室だ。
それさえ分かれば、あとは放課後を待つだけ。
……と、この時の俺はそう考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます