第18話 再び、放課後の探しもの

 

 俺と宗佐の出会いは去年、入学時からの縁だ。

 初日に名前順で前後に座り、そこから何となく気が合い今に至る。互いの家に遊びに行くこともあり――敷島家があの状況なため、芝浦家にお邪魔することの方が多いが――友人と呼んで差支えないだろう。

 だが万年一緒にいるわけではない。とりわけ下校時は『タイミングが合えば連れ立って帰る』というだけだ。


 今日は宗佐が先生に呼び出しをくらい、帰りのホームルームが終わるや教室を出て行った。「思い当たる節が三つほどある」と堂々とのたまい反省する要素は皆無なのだが、あの神経のずぶとさは見事としか言いようがない。

 対して俺はのんびりと帰宅の準備をし、部活や委員会に向かうクラスメイトを見送り、悠々自適に教室を出た。

 まだ帰るには時間が早い。図書室にでも寄ろうか。

 そう考えながら廊下を歩き、窓の外に見知った姿を見つけて足を止めた。


「……月見?」


 思わずその名前を呼べば、外を彷徨っていた月見が振り返った。

 きょろきょろと周囲を見つつこちらへと近付いてくる。


「どうした、月見も探し物か?」

「うん、ちょっとね……。あれ、敷島君も?」


 俺が『月見も』と言ったことに気付き、月見が不思議そうに尋ねてくる。

 それに対して俺は「いや、別に」と誤魔化した。

 珊瑚のことを思い出してつい「月見も」と口にしてしまった。だがそれを説明するのも気が引け、何を探してるのかと尋ねることで誤魔化した。


「家の鍵が見当たらなくてね。それで……」

「鍵? なんでわざわざ外に出て探してるんだ?」


 家の鍵が見つからないのなら、探すのは鞄の中や机の中だろう。滅多な事では持ち出すものではないし、仮に持ち出した先に置いてきたとしてもせいぜい移動した先の教室ぐらいだ。

 だというのに月見はわざわざ外に出て探している。

 それも、月見が今いるのは校舎裏へと続く道。その先にあるのは駐輪場と藻だらけの池だけだ。自転車通学ならば登校時に落とした可能性はあるが、以前に月見は電車と徒歩で通学していると聞いた。


 それを問えば、月見が分かりやすく慌てだした。

「えっと」だの「その」だのと散々言い淀み、そして思いついたと言いたげに「朝、自転車通学の友達と来たの」と話す。それが咄嗟の出任せだというのは誰だって分かるだろう。

 だが誤魔化すということは、俺には言い難い理由があるということだ。

 ならば深追いはするまいと考え、「そうか」とだけ返しておいた。


「敷島君はもう帰るの? あれ、でも芝浦君は一緒じゃないんだね」

「あいつとセットで考えないでくれ。宗佐は今日も呼び出しだ」

「そっか、敷島君いつも芝浦君と居るからつい……」


 二人一組で考えてしまう、そう苦笑しながら月見が話す。

 それに対して俺はなんと答えて良いのか考え……にやりと口角を上げた。意地の悪い笑みをしていると自分でも分かる。


「お望みとあらばいつだって譲るけどな」

「え?」

「宗佐の隣、羨ましいんだろ」


 にやにやと笑みながら告げれば、月見が一度ぱちんと瞬きをし……、


「なっ、そ、そんな、そんなことないよ!」


 と、一瞬にして顔を真っ赤にして否定してきた。

 その分かりやすさと言ったらない。これでは肯定しているも同然。むしろ淡々と肯定するよりも説得力がある。

 だが月見は「そんなこと」と繰り返し、挙句に真っ赤になった頬を両手で押さえてじっとりと俺を睨みつけてきた。散々慌てふためき、そして慌てふためく様を面白がられていると気付いたのだろう。

 随分と恨みがましそうな目つきだが、それすらも可愛いのだから流石である。


「……敷島君、分かってて言ってるでしょ」

「さぁ何のことだか。それより、家の鍵探さなくて良いのか?」

「もう! 敷島君にはクッキーあげないから!」


 月見が分かりやすく怒りを露わにする。さらには「目の前で食べてやるんだからね!」と怒りを募らせていく。

 さすがに茶化しすぎたか。と俺は苦笑交じりに謝罪の言葉を口にしておいた。

 もっとも月見も本気で怒っているわけではなく、俺が数度謝ると機嫌を直したのか「仕方ないなぁ」とわざとらしい口調で告げてきた。どうやら機嫌は直ったようだ。

 得意げな表情にこちらまで笑い出しそうになるが、さすがにここで笑ったら本気で怒られかねないのでぐっと堪えておく。


「鍵探すの、手伝おうか?」

「大丈夫。駐輪場を少し見て、無かったらもう帰ろうって決めてたの」


 少し見てくるだけだと月見が笑う。

 屈託のないその表情には気遣いやごまかしの色はない。『少し見てみるだけ』という彼女の言葉は本当なのだろう。

 俺も頷いて返し、「見つかると良いな」と告げて分かれた。




 図書室で本を借り、居合わせた友人と少し会話をする。そうしてそろそろ帰るかと昇降口へと向かう。

 早く家に帰ればそれだけ手伝いを任されるので出来るだけ時間を潰したいところだが、時間を潰したとバレるとそれはそれで文句を言われる。

 ほどよい時間に帰り、ほどよい手伝いを言い渡されるのがベストである。

 この時間なら……と帰宅後の算段をたてながら靴を履き替え、のんびりと正門へと向かう。だが途中で立ち止まったのは、校舎裏へと向かう月見の姿を見つけたからだ。


 先程彼女は『少し見てみるだけ』と言っていた。だがあれから約一時間ほど経っている。

 ずっと探し続けていたのか?

 それに今また校舎裏へと続く道にいるということは、一度校舎裏から戻ってきて、再び向かうということだ。


 なぜそんな手間を?


 それも、どこから調達したのか、妙に長い棒を持って……。


「明らかに怪しいな」


 なにやってんだ、と呟き、俺は進路を変えて月見の後を追った。



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