「先輩の妹じゃありません!」

さき

第一章 二年生春

第1話 去年と同じ春


 高校二年の春、というのは何とも言えない微妙な時期である。

 新入生のような新鮮さはなく、さりとて卒業年度のようなしみじみとした感情も湧かない。『去年と同じ』であり『きっと来年も同じ』という感覚。

 とりわけ我が蒼坂高校はクラス替えもないので、進級しても顔触れには一切の変化はない。感覚としては単なる連休明けと同じだ。


 溜息交じりに窓の外へと視線をやるも、この景色もまた見慣れたものだ。

 一年の時には二階から眺めていた景色を今は一階から眺めているわけだが、そこに新鮮さなどあるわけがない。

 そんな景色を、目新しい制服に身を包む数人の生徒が歩いている。見るからに一年生と分かる初々しさだ。

 高校生活が始まってようやく二週間が経つ今は、きっと何もかもが新鮮で輝いて見えるのだろう。


「俺達にもあんな時代があったのか。来年になればもう少し感慨深いもんがあったりするのかね」


 初々しい一年生達を眺めてそんな事を呟けば、背後から「さすがに枯れすぎだろ」と失礼な声が掛かった。

 振り返れば男子生徒が呆れた表情で俺を見ている。クラスメイトに対して「枯れすぎ」とは失礼すぎやしないか。

 まぁ、確かに思い返せば枯れた発言ではあるが。


「こうやってお前が後ろに座るのも二回目、また来年の今も同じようにお前が後ろに来るんだろうな」

「仕方ないだろ、名前順なんだから」


 尤もな事を言いつつ、鞄を横に掛けて席に着く。

 俺はそれを半身向けながら見届け、この光景もまた新鮮味がないなと溜息を吐いた。


 俺――敷島健吾しきしま けんご――と、こいつ――芝浦宗佐しばうら そうすけ――の縁も、思い返せば一年前の新学期、まだ初々しい頃に今のように名前順で座った時から始まっている。

 宗佐はちゃらくも堅苦しさもなく、人当たりの良い外見をしている。いかにも好青年と言った風貌で、真後ろに座る宗佐を見て、新しい環境に緊張していた俺は少し安心したのを今でも覚えている。

 懐かしい。

 もっとも、そんな初々しい出会いを思い返して俺が話すも、


「俺は『でかくて威圧感のあるやつがいる』って内心で思ってたけどな」


 と、宗佐が屈託なく笑って俺の思い出をぶち壊してきた。

 見目の良い宗佐の屈託のない笑顔は輝いて見える。まさに好青年、老若男女問わず好印象を抱きそうな笑顔だ。

 ……傍目にはきっとそう映るだろう。

 少なくとも、俺は眩い笑顔なぶんだけ腹が立つのだが。


「もうちょっと言い方ってものがあるだろ」

「いや、俺の言い分は正しい。あの貫禄は高校一年生のものじゃなかった」


 悪気なく宗佐が断言してくる。

 まっすぐに俺を見つめてくる瞳に偽りの色は無いが、逆に偽りなく堂々と失礼な事を言ってのける神経を疑いたい。

 ……が、正直に言えば思い当たる節が無いわけでもない。


 細身で爽やかなまさに今どきの好青年と言った外見の宗佐とは真逆に、俺は体格もしっかりしており背も高い。優れた体躯は男としては誇らしくもあるのだが、悉く「威圧感がある」と言われると一概に美点とは言い切れないだろう。

 そのうえ新一年生の新学期となれば緊張し、自ずと表情も硬くなる。当時の俺はどれだけ威圧感を醸し出していたことか。

 となれば、いくら胸中で戦慄していたとはいえ、恐れることなく愛想よく対応してくれた宗佐には感謝すべきかもしれない。


「そういえば、去年は遅刻ギリギリが常だったくせにここ最近は妙に早いな」


 去年一年間、宗佐は常に遅刻ギリギリで登校してきた。

 俺達のクラスの担任は『自分が教室に入る前に滑り込めばセーフ』という暗黙のルールを設けており、それを利用してほぼ先生が来るのと同時に教室に滑り込む。

 それどころか、最後の方は先生と談笑しながら教室に登場する余裕ぶりを見せていた。ーークラスメイトが遅刻しそうな時には、うまく先生を引き留める役さえ買っていた。……俺も二度ほどお世話になってるーー

 最初こそ都度叱っていた先生達も根負けしたのか、「元気に来てくれるならそれで良い」と幼稚園に対するようなコメントをしていたほどだ。


 そんな宗佐だが、二年になってからは毎日余裕を持った時間に来ている。

 といってもまだ二週間程度しかたっていないのだが、こいつの遅刻ギリギリ癖を知っている者からすれば驚愕の事実と言ってもいい。


「まさか去年の自分の生活を反省して改善……なんて事をするわけがないよな。いや待て、何も言うな。俺も去年からの付き合いだが宗佐のことは分かっているつもりだ。お前が遅刻をしなくなったのは……」

「俺が遅刻しなくなったのは?」

「……別人と入れ替わったんだな。改めて、はじめまして宗佐のそっくりさん。これからよろしくお願いします」

「別人の可能性を考えたうえに、別人を受け入れた……!」


 俺のあんまりな態度に、宗佐が悲痛な声をあげる。

 次いで「別人なわけないだろ」と不満そうに訴え、俺の肩をバシンと叩いてきた。さすがに入れ替わり説は不服らしい。

 だが俺の肩を叩いたことで気が晴れたのか、すぐさまニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 得意気で何とも腹立たしい笑みである。思わず眉根を寄せて「何だよ」と尋ねれば、俺の問いかけを待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「俺が遅刻しなかったのには理由がある。それも崇高な理由が!」

「崇高な理由?」


 いったい何だと尋ねれば、引っ繰り返らんばかりに胸を張った宗佐が、


「妹だ!」


 と高らかに宣言した。

 この返事に、俺はもちろん、周りで雑談をしていた者達さえも目を丸くさせて宗佐へと視線を向ける。――そりゃクラスメイトが突如高らかに「妹だ!」と声をあげれば誰だって驚くというもの――


 だけど、そうか……。


「妹もうちの高校に通ってるんだもんな。毎朝兄妹一緒に登校してるのか」


 得意気な宗佐に、俺もなるほどと頷いて返す。

 次いでニヤリと笑みを浮かべたのは、年頃の男子高校生にとって『毎朝妹と登校』というのは気恥ずかしいはずだからだ。

 いくら家族仲が良かろうと、家族を誇っていようと、それを外で、しかも友人に話題にされるのは思春期には耐えがたいものである。


 ここは一つ兄妹仲をからかってやろうか。

 ホームルームが始まるまでまだ時間があるし、慌てる宗佐を見て時間を潰すのも悪くない。

 そう企むも、当の宗佐はと言えば……。


「あぁ、毎朝珊瑚さんごと一緒に登校してるんだ! わざわざ部屋まで迎えに来てくれるからな! いい妹だろう!」


 と、自信たっぷりに高らかに告げてきた。


 忘れていた。

 こいつは極度のシスコンなのだ。兄妹仲をからかわれて恥ずかしがるわけがない。

 むしろ助長させてしまった。これは下手すれば長くなる。

 そう落胆していると、


「……迎えに行くというより『待てども待てども宗にぃが起きてこないので仕方なく部屋に迎えに行ってる』と言う方が正しいです」


 という、半ば呆れたような声が割って入ってきた。


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