能力者のお悩み相談

中内イヌ

第1話 怪力女



 ここは、とある学校の保健室であるが。


「あの、私は……その、つまり……ですね」


 俺の前に座る少女は視線を床の上に泳がせながら、もじもじと恥ずかしそうに身をよじっている。言葉は途切れ途切れで、なかなか先に進んでくれない。


 頬をほんのりと染め、両手で制服のスカートの裾をきゅっと掴んでいる。彼女が緊張するのは、これから悩みを打ち明けようとしているからだ。


 今この保健室は、生徒のお悩み相談室である。


「キミの名前は?」


「あっ……荒岩滴あらいわ しずく……と、いいます」


「荒岩さんが相談を躊躇する気持ちはわかる。特に今の学校の状況では当然だ」


「べ、別に……自分の〝ニカ〟を秘密にしておきたいとか、そういうことでは……」


 ニカとは、この学校の生徒たちが持つ特別な能力。いわゆる超能力のことだ。


「聞いたことを他言するつもりはない。が、気が進まないなら、無理に相談しない方がいいかもしれないな」


「え?」


「俺は教師でもなければカウンセラーでもなく、しがない小役人だ。悩みを聞いて幾つかのアドバイスをさせてもらうにしても、それらは単にキミたちより少し長く生きただけの大人の意見にすぎない」


「小役人……?」


 小首を傾げた仕草が、不覚にも可愛らしいと感じた。小さく咳払いをして、続けた。


「主に教育を司る省庁で、俺は完全に出世コースから外れてしまった。そんな自分のことを卑下しているんだ。実際、この学校でしていた役割も、能力者たちの各種データの取りまとめ及び政府への報告。元々は完全なる雑用係さ」


「じゃあ、どうして今は?」


「まあ、あのカプセルのせいさ」


 俺たちは、窓の外に視線を向ける。


 夕方のこの時間には稀に、赤い夕陽で照らされたカプセルの外観を、遠目にも確かめることができる。およそ半径2キロメートルに渡り、学校一帯と湖の一部までを包み込む半透明の球体は、この学校と外界とを完全に隔絶していた。


 イメージとして伝えるのなら、大昔のロボットアニメにおいて、研究所を守るバリアーといった感じか。まあ、目の前の少女に話しても共感は得られないだろう。


 カプセルは非生物、あるいは生物でも概ね小鳥以下の大きさであれば(昆虫や微生物なども)影響下にはない。だが、少なくとも生きた人間がカプセルの内と外を出入りすることは不可能だ。


「カプセルが出現したのは夜間。教師など大人たちが近隣の宿舎に帰宅していた時間帯だ。中に閉じ込められたのは、学内に完備された寮に住むキミたち全生徒と住み込みで世話をしている寮母たち。それに加え、俺のようにたまたま残務で学内に居残っていた大人が数名だけ」


 間の悪い自分に、思わず苦笑する。


「つまりカプセル出現以降、学校は機能を失っている。一般カリキュラムを受け持つ教師も、能力研究チームもほとんどが不在。当然、雑用係だった俺もやるべき仕事を失ったわけだ」


「それで先生は、ここで生徒たちの悩みを聞くことに?」


 先生なんて呼ばれると、むず痒い気分になる。訂正したいのは山々だが、代わりになんと呼ばせていいのかわからない。


「大人がなにもせずに、食料の配給を受けるわけにもいかない。できることはないかと考えた結果、相談室ごっこをはじめてみたというわけだ。能力者の中には独自の悩みを抱えているケースが少なくないと、以前から感じていたのでね」


「……ホント、そうなんです。ニカはオリジナルだから、他の人には共感してもらえないかと不安で。だから……」


 荒岩雫の縋るような視線に、思わずドキリとした。


「ま、まあ……役に立っている実感は、まるでないんだが」


「でも、山本くんが言ってましたよ。先生は信頼できるって」


「山本って、山本一矢かずやか?」


「はい! だから、思い切って相談しにきたんです」


 打って代わり、はきはきとした口調。なにより、いい笑顔だ。不安のせいか大人しそうに見えたが、本来の彼女はとても快活な子なのだろう。


「そういうわけなら、そろそろ話してみないか」


 荒岩雫から笑顔が消える。それが彼女の悩みの深さを物語った。それでも、彼女は自分の内にあるものを、ゆっくりと話しはじめる。


「私、感情が昂ると、ものすごい力が……つまり、怪力女になちゃうんです」


「怪力? つまり、それが――」


「はい。私のニカです」


 ここの生徒たちは、能力を片仮名読みで〝ニカ〟と呼称する。正式名称はなんだったか。他に類するものがない無二の力であるとか、あるいは物理法則を第一力とした場合のそれと分けて第二力であるとか、確かそんな感じだ。


「怪力とは、どの程度の?」


「感情の昂り具合というか、度合いにもよりますが」


 能力者が能力ニカを発現する時には、必ずキーが必要となる。いうなれば発現条件だ。荒岩雫の場合、感情の昂ぶりがキーというわけか。


「じゃあ、実際に」


 と、荒岩は周囲を見渡し。


「――そうだ。握力計とか、ありませんか?」


「ああ、それなら」


 保健室だけあって、測定機器は一通り揃っている。俺は戸棚から握力計を出すと、それを彼女に渡した。


 片手で握り込むと、数値が液晶画面に表示される一般的なもの。最大計測値は100kgだが、筋骨隆々の格闘家でもなければ振り切ることはあるまい。あくまで常識の範疇ならば。


「では――」


「?」


 荒岩は握力計を、左手の人差し指と親指で摘まむように持った。二本の指だけでは、本来の握力の三分の一も出ないのではないか。


「……」


 彼女は両目を閉じ、瞑想でもするようにじっと集中する。ほどなく、彼女の左手の指先が俄かに発色。彼女の能力ニカの発現を示す、炎のような紅色のオーラだ。


「いきます」


 彼女は静かに言うと、二本の指をぎゅっと閉じる。


「!」


 力感はまったく感じられなかった。なのに、測定数値はぐんぐん上昇。ついに90㎏を超えると、直後に『計測不能』と表示された。


「す、すごいな……」


 思わず感嘆の声を漏らすと、彼女は指先のオーラを消し寂しそうに言う。


「そうですね……恥ずかしいくらいの怪力女です」


「いやっ、その……」


 悩んでいる彼女に対しては、迂闊な反応だった。俺は慌てて話の矛先を変える。


「感情が昂った時とは具体的には? たとえば怒った時とか、喜んだ時とか」


 さっきの彼女は眼を閉じただけで、感情の起伏があったようには感じられなかった。その点に疑問を覚えたのである。


「怒った時には出やすいと思います。それで、周囲に迷惑をかけることも度々……」


「つまり、それが悩み?」


「いえ、それだけじゃなくって……」


 荒岩は話しずらそうに言葉を切り、俯き加減に床を見た。どうやら彼女の悩みの根幹は、感情の昂ぶりというキーに深く関わっているようだ。


 この学校には様々な能力者がいる。能力ニカの研究を主目的として、この学校が創設されたのは約五年前のことだ。そもそも能力者の存在が明らかになって、まだ十年足らずである。能力ニカについては、まだまだ不明なことだらけだ。


 能力者のカウンセリングなんて、そんな専門職が確立されているはずもない。繰り返すが、俺は単なる小役人。十分な役割を果たせると思う方が、どうかしている。


 それでも、こうして悩みを聞く以上は、たとえ僅かでも力になってやりたいと思っていた。


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