川口直人 82

 23時―


 資料の見直しをしていると不意にスマホが着信を知らせた。電話の相手は和也からだった。


「もしもし?」


『あ、兄ちゃん?今時間いいかな?』


「ああ、いいぞ?」


『聞いてくれよ、実はさぁ…何だと思う?』


「何だよ、妙に勿体つけた言い方して…早く言えよ」


『いいか?聞いて驚けよ?何と鈴音さんに会ったんだよっ!』


「何だって?鈴音に…?それ、本当なのかっ?!」


『本当だよっ!もう俺本当に驚いたよ』


「何処でっ?何処で鈴音に会ったんだ?!」


『俺のアルバイト先男女4人で飲みに来ていたんだよ。2時間飲み放題で来てたよ』


「そ、そうだったのか…それで?鈴音の様子はどうだった?」


『うん、楽しそうにしていたよ。でも驚いたよ。まさかまたバイト先で鈴音さんに偶然会えるとは思えなかった。ひょっとして俺と鈴音さんって運命の赤い糸で結ばれているのかなぁ…』


「…おい、和也。お前…」


『ちょ、ちょっと待ってくれよ。まさか本気でとっているの?』


「違うのか?」


『冗談だってっ!本気にとらないでくれよっ!』


「ならいいけど…」


『それで鈴音さんの事なんだけどさ…』


「何だ?まだ何かあるのか?」


『うん。実はさ…鈴音さん達が帰る前にバイトあがったんだよね。それで店を出て歩いていたら、俺の前を鈴音さんが駅に向かって歩いていたんだよ。随分お酒に酔っていたみたいで足元がふらついていて…突然転びそうになったんだよ』


「えっ?!鈴音は大丈夫だったのか?!」


『大丈夫だったよ。俺が背後から抱きとめたからさ』


「そうか…それで?」


鈴音の事を和也が抱きとめた…。何となく複雑な気持ちが湧き上がって来る。


『うん。鈴音さん…かなり酔っていたみたいだから一緒に新宿駅まで行くことにしたんだよ』


「どんな会話したんだ?」


鈴音と和也がどんな会話を交わしたのか気になった。


『う〜ん…大した話はしていないよ。この間ファミレスで会った話をしたくらいかな。でもこの間会ったときよりは元気そうだったよ』


「そうか…。元気そうなら良かった…」


『うん。だから…早く迎えに行ってあげたほうがいいよ』


「努力するよ」


『あのさ…それで提案があるんだけど…』


「何だ?」


『俺も鈴音さんと顔見知りになった事だし…色々協力したいなと思って…』


「協力?」


『うん、そうだよ。その鈴音さんの幼なじみと3人で協力して…兄ちゃんが一刻も早く彼女の元に戻れるようにさ…』


「ありがとう。和也…」


『それじゃ又ね』


「ああ」


そして俺たちは電話を切った。


「鈴音…。待っていてくれ…。必ず…迎えに行くから…」


俺は鈴音に誓った―。




****



 和也と電話で話してから1周間程経過していた。あれ以来また常盤恵利との連絡は途絶えていたが、今はあの女に関わっている暇は無かった。台湾の企業とのやり取りで忙しかったからだ。


「…よし、これならいけそうだ」



明日、この資料を常盤社長に見せるんだ。これだけの営業利益が見込めるなら流石の社長も川口家電から手を引いてくれるだろう。


「ふ〜…」


時計を見ると午後7時になろうとしていた。

そう言えば最近岡本と連絡を取り合っていなかった。和也が協力してくれるという話もまだ伝えていなかったし…。


「よし、久しぶりに岡本にメールをしてみようか…」


そして俺は岡本にメールを打つ為にスマホをタップした―。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る