川口直人 76

「はぁ〜…」


最悪な気分でマンションへ帰ってきた。時計を見れば午後2時を過ぎていた。もうとっくに昼を過ぎていたが食欲なんか皆無だった。


「終わりだ…もう何もかも…」


呟くとソファの上にドサリと寝そべり、天井を眺めた。やっぱり…岡本と常盤恵利を会わせるべきじゃなかった。岡本が彼女に喧嘩をふっかけてきたから…鈴音の事を持ち出したから常盤恵利は…大切な鈴音を脅迫しようとしたんだ。

そしてそれを阻止する為とは言え、俺はとんでもない約束をしてしまった。


結婚でも何でもするから鈴音にだけは手を出さないでくれと―。


「鈴音…。ごめん…俺はもう二度と…鈴音には会えないかもしれない…」


目を閉じると鈴音の姿が蘇って来る。交際期間は僅かだったけれど、結婚まで考えた女性は鈴音が始めてだった。今年…クリスマスイブにプロポーズするつもりだったのに…気が早いかもしれないけれど来年には結婚を考えていたのに…全て常盤商事のせいで駄目になってしまった。

俺は…憎しみしか持てない女と家庭を持たなければならないのか…?

そう思うと、絶望しか無かった―。




****



トゥルルルルル…

トゥルルルルル…


電話が鳴る音で目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「誰からだ…?」


今の新しいスマホの電話番号を知っている人間は限られている。


常盤恵利か、岡本か…?どっちにしろ電話に出たくない相手だ。

 

いっその事無視してやろうかと思い、何気なく着信相手を見てみるとそれは弟の和也だった。


「和也…?」


起き上がるとすぐにスマホをタップした。


「もしもし」


『あ、兄ちゃん?今電話いいかな?』


「ああ、別に構わないぞ」


ベッドから起き上がると返事をした。


『年末年始、バイトが入っちゃってさ。川口家電の仕事手伝うの無理そうなんだ』


年末年始は和也にも会社の事業計画を見直す為に書類の整理を頼んでいたのだ。


「バイトが入ったのか?なら仕方ないな。それで?今度のバイト先は何処なんだ?居酒屋か?」


『違うよ、ファミレスだよ。年末年始の間だけ、派遣されるんだよ』


和也は学生の傍ら、飲食店に派遣される派遣会社に登録していた。


「ふ〜ん…。ファミレスか。和也はファミレスでのバイト経験長いからな…いいんじゃないか?」


『うん、そういうわけだからさ。ごめん、協力できなくて』


電話越しから和也の申し訳なさ気な声が聞こえてくる。


「別にそんな気にするなって。それで場所はどこなんだ?都内か?」


『今度のアルバイト先は千駄ヶ谷だよ。駅前のファミレスなんだ』


「え?千駄ヶ谷」


その言葉に耳を疑った。


千駄ヶ谷…鈴音の実家であり、岡本が住んでいる駅…。


「和也っ!お前、今から会えるかっ?!」


気付けば俺は大きな声を上げていた―。


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