川口直人 72
12月29日―
この日は仕事納めだった。
「直人…ご苦労だったな」
父が声を掛けて来た。
「いや、大丈夫。大分資金もたまって来たし…この分だと来年5月には川口家電の買収金額の半分を集められそうだし。そうすれば買収は免れ、俺も社長令嬢と結婚しなくて済むからね」
すると何故か父の顔が曇る。
「直人…実はその事についてなのだが…」
そこに突然父のスマホが鳴った。
「あ…悪い。直人。弘からだ」
弘と言うのは父の弟で川口家電の副社長を務めている叔父さんだ。
「それじゃ、俺は帰るよ」
「ああ、またな」
そして父はスマホをタップして電話に出た。
「もしもし…」
俺は父に背を向けると、1人駅の方へ向かった。
だけど、この時の俺はまだ知らなかった。叔父さんからの電話が一体何を示すものだったのかと言う事を―。
****
21時―
「ふぅ~…」
マンションの鍵を開けて中へ入り、すぐにコートを脱いでフックに掛けるとネクタイを緩めた。
「やっと今年も終わったか…」
背広を脱いでハンガーにかけると、すぐにバスルームへ向かった。
ピッ…ピッ…
モニターを操作し、湯張りするとすぐに着がえを取りに部屋へ戻った。
クローゼットからタオルと下着、部屋着を取り出してバスルームへ戻ると大分お湯がたまっていた。
「…よし、入るか…」
そして俺は服を脱ぎ始めた―。
「いい湯だったな…」
今夜の入浴剤はヒノキを使った。ヒノキ湯は鈴音も大好きな入浴剤だった。
「鈴音は…今夜も仕事だったのかな…」
本当ならイブを一緒に過ごし、年末年始は2人で温泉旅行へ行ってゆっくり過ごす予定だったのに…全て駄目になってしまった。
冷蔵庫に向かい、クラフトビールを持ってきた。このビールは鈴音が初めて俺のマンションへやってきて…2人で飲んだ思い出のビールだ。
そしてその夜…俺と鈴音は結ばれた。
「鈴音…今どうしているんだ…?」
実家に戻っているだろうか?それとも岡本と一緒に過ごしているのか?
鈴音の声が聞きたい。俺の傍にいて欲しい…。
その時―。
トゥルルルル…
突然スマホが鳴り響く。着信相手は見るまでも無い。何しろこの電話にかけてくる相手は限られているのだから。
「もしもし…」
『直人?今何時だと思っているの?』
いきなりこれだ。部屋の時計を確認すると22時少し前だった。
「21時45分だけど…?」
それがどうしたと言うのだろう?
『貴方ねぇ…!一体今まで何してたのよっ!!』
「何って…仕事から帰って、風呂に入って…それで…」
しかし、常盤恵理は俺が言い終える前にヒステリックに叫んだ。
『どうしてよっ!仕事が終わったらすぐに電話をしなさいって言ってあるでしょう?!それなのに…私に電話してくる前にお風呂にはいっていたですってっ?!』
「あ…すまない。今夜は仕事納めで…かなり疲れていたから…」
だから出来れば常盤恵理の声など聞きたくも無かった。
『フン…まぁいいわ。それじゃ一つ教えてあげる。明日の朝6時のネットニュースを見るのよ。面白い記事が載るから。それじゃお休みなさい』
それだけ言うと電話は切れてしまった。
明日の午前6時…?一体何があるって言うんだ…?
首を傾げながらも、今日は盤恵理から解放された事が嬉しかった。
そこで俺はもう1缶ビールを飲む為に台所へ向かった―。
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