川口直人 70
「兄ちゃん…いいのか?」
それはクリスマスイブの夜の出来事だった。この日は弟の和也がマンションに来ていた。
「何が?」
シャンパンを飲みながら返事をした。
「何がって…今夜はイブだろう?俺と2人で部屋で飲み合ったりして…本当に大丈夫なのかなって思ってさ」
「イブだからどうしたっていうんだよ」
テーブルの上に並べられた料理の中からチキンを選ぶと和也を見た。
「…婚約者と会わなくていいのかなって思ってさ」
その言葉に思わず手が止まる。すると慌てたように和也が言った。
「あ、ご・ごめんっ!別に悪気があって言ったわけじゃないんだ!た、ただ…さ…」
「いいんだよ。確かにデートには誘われたけどな…」
全く…あの時の事を思い出すだけで腹が立ってくる。常盤恵利は数日前、あろうことか鈴音から奪ったホテルの宿泊券を差し出して、2人で一緒にお泊りデートをしようと言ってきたのだ。
そのチケットは何処で手に入れたのかを尋ねると、図々しくも金券ショップで売られていたなどと言ったのだ。そんな嘘をついて俺を騙せると思った事も怒りを増幅させる。そして結局俺は常盤恵利の誘いを断った。仕事で忙しいから無理だと言って。俺の返事にてっきりまたヒステリックに暴れるかと思っていたが、驚いたことに今回はあっさりと身を引いてきた。
あれは…一体どういう風の吹き回しだったのだろう?
だけど…。
「そうだ…鈴音が…チケットを売るはずがない…」
気付けばポツリと口に出していた。
「…どうしたんだ?兄ちゃん」
和也が声を掛けてくる。
「いや。何でも無い。そんな事より、和也は良かったのか?俺なんかと一緒にイブを過ごしたりして…デートとかの約束は無かったのか?」
すると和也は口を尖らせてきた。
「俺には彼女なんかいないよ。あ、そうだ。兄ちゃんの恋人だった…鈴音さん…だっけ?すごく綺麗な人なんだよね?」
俺はじろりと和也を睨みつけた。
「お前…まさか鈴音に手を出すつもりか?」
「や、やだな〜…じょ、冗談だってば!そんな凄んだ目をしないでよ」
和也は慌てた様に言うと、チキンに手を伸ばしてかぶりつく。
「あ〜やっぱり美味いな〜」
そして美味しそうに頬張る。そんな和也を見ながら思った。
和也は…いい奴だ。もし、俺がどうしても常盤恵利と別れられずに…最悪、結婚出来なかった場合はいっそ和也に…。
「な、何?人の顔じっと見たりして…」
俺があまりにもじっと見つめているからか…うろたえたように和也が尋ねてきた。
「和也…実は、お前に頼みがあるんだ…」
「え…?」
俺は和也にあることを頼んだ。
和也は最初驚いて一度は断ってきたけれども、最終的には頷いてくれた。
そうだ、今の俺は鈴音にどうしてあげる事も出来ない。だとしたら、信頼できる者に鈴音を託すしか無いんだ。
俺が全てを解決出来るまで―。
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