※川口直人 49(大人向け内容有り)
スマホをタップして緊張の面持ちで電話に出た。
「もしもし…」
『直人か?久しぶりだな』
電話越しから聞こえてくる父の声。
「久しぶり…」
『どうだ?仕事には慣れたか?引越し業者は肉体労働で大変だろう?』
「確かに大変かもしれないけれど、やりがいはあるよ」
『そうか…それは何よりだ』
父の電話で何となく違和感を感じた。今までの父ならば、何故会社を継がないで肉体労働の会社に入社したのだと散々文句を浴びせられてきたのに、何故か今は別人のようだ。
「何か…あったの?」
『あ、ああ…ちょっとな…お前に相談したいことがあるんだ。電話では何だから…近い内に会えないだろうか?…忙しいか?』
「…」
俺は一瞬黙ってしまった。忙しいかと問われれば、仕事が特に忙しいわけではない。けれども鈴音との時間を取られるのは嫌だった。
『やはり…無理か…』
深いため息混じりの声を聞くと、不意に罪悪感のようなものが芽生えてきた。
「大丈夫だよ…。今週の金曜日はどうかな?」
金曜日なら鈴音は遅番で、俺は早番だった。それに翌日も2人とも仕事なので、2人で一緒にマンションで過ごす予定もない。
『金曜日でいいのか?』
「いいよ、俺の仕事は土日が休みというわけじゃないからさ」
『そうか。なら…20時に家に来てくれ』
「…分かった。それじゃ切るから」
『ああ、悪いな』
それだけ言うと電話は切れた。スマホをポケットにしまうと急ぎ足でマンションへ向かった。
鈴音が待ってるから―。
****
501号室の部屋の扉をガチャリと開ける。玄関には鈴音のローファーの靴がきちんと隅っこに置かれている。
その靴を見るだけで鈴音が来てくれている事が分かり、幸せを感じる。
すると廊下からパタパタと軽い足音が聞こえてきて、次に鈴音が姿を見せる。
「お帰りなさい、直人さん」
クリーム色のカフェエプロンに、肩まで届く髪を後ろで一つにまとめた鈴音が笑顔で迎えに出てきた。
俺の愛しい恋人…。
「ただいま、鈴音」
玄関先で鈴音を抱きしめ、いつものようにキスをした―。
****
「今夜はね、ハヤシライスを作ったの。本当はもっと別のものにしようかと思ったんだけど、ちょっと時間が無くて…ごめんね」
鈴音が申し訳なさげに言う。
「え?何故謝るんだい?ハヤシライス俺は好きだよ?うん、とっても美味い」
スプーンで口に運びながら言うと、鈴音は嬉しそうに笑った。
「本当?ありがとう」
そして鈴音もハヤシライスを食べ始めた。
「うん、美味しくできてる。良かった」
俺を見て笑みを浮かべる鈴音を見ていると、今夜は帰したくなくなってきた。
「鈴音…」
「何?」
「明日は…2人とも仕事だけど、今夜泊まっていかないか?着替え…置いてあるんだし」
俺の言葉に鈴音は少し考え込む素振りをしたが、すぐに頷いた。
「うん、そうするね」
****
「はぁ〜いいお湯だね…」
俺と一緒に湯船に浸かりながら鈴音がため息を付いた。
「うん、新しい入浴剤買って良かったな」
鈴音と向かい合わせに湯船に浸かりながら返事をする。
「また一緒に温泉旅行に行きたいな〜。今度は露天風呂にも入ってみたいし」
「そうだな。絶対また一緒に行こう」
「うん」
笑顔で微笑む鈴音があまりにも可愛らしく…鈴音の手を掴んで引き寄せるとキスをして、その場で身体を重ねた―。
****
情事の後―
ベッドの上で俺の腕の中で静かに寝息を立てている鈴音をじっと見つめながら思った。
この幸せがずっと長く続きますようにと。
けれど…俺と鈴音は思いもよらない形で引き離される事になる―。
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