川口直人 37

 まただ…またあの男から電話がかかってきた。本当になんてしつこい奴なんだ?まるで本当のストーカーの様に思える。


「亮平…」


加藤さんはじっとスマホを眺めている。


「加藤さん…その電話…」


「いいの、別に。大した要件じゃないだろうし」


すると今度はあっさり電話が切れた。しかし次の瞬間―


トゥルルル…


「「え?」」


加藤さんと2人で同時に声を上げる。

なんて奴だ…まさか俺の電話に連絡を入れてくるなんて…っ!


「ごめん…出るよ」


「う、うん…」


加藤さんが申し訳無さげに俺を見た。


ピッ


スマホを手に取り、耳に当てた。


「もしもし…」


『川口だな?鈴音は…鈴音と一緒にいるんだろう?」


何て殺気走った声を出すんだ?


「ああ。彼女なら今俺の目の前にいるよ」


チラリと加藤さんを見た。


『何でだ?何でお前が鈴音と一緒にいるんだよ!』


「え?それは一緒に食事しているからだ」


『一緒に食事だって、まさか鈴音のマンションに上がり込んだりしてないよなっ?!それともお前の部屋に連れ込んだのかっ?!』


奴は嫉妬にまみれた声で怒鳴りつけた。


「は?…そんなはずないだろう?中華料理店に来ているんだよ」


『出せよっ!早く…鈴音を電話に出せっ!」


「え…?電話に出せって…」


向かい側に座る加藤さんを見ると、青い顔でこちらを見ている。その姿に胸がズキリとした。


「電話に出してくれっていてるけど…?」


加藤さんは一度ため息をついた。


「分かった…出るよ。スマホ、貸してくれる?」


手を俺の方に差し出してくる。


「どうぞ…」


「ありがとう」


加藤さんは細い手でスマホを受け取ると耳に押し当てた。そして暫く2人で話をしていたが…。


「私が川口さんと付き合おうと勝手でしょう?…べ、別にそういう意味じゃ…」


えっ?!


驚いて顔を上げて加藤さんを見た。すると彼女と目があってしまった。自分でも顔が赤らんでいる自覚があった。加藤さんはバツが悪そうに視線をそらせると言った。


「どういうつもりで電話を掛けてきたのかは知らないけど…私の事はもう気に掛けないで。それじゃ…切るからね」


加藤さんが電話を切ると尋ねた。


「話し…終わったの?」


「え?あ・う、うん。まあね‥。電話ありがとう。あ~あ…折角の天津飯がさめちゃったな…」


加藤さんは蓮華を取るとため息を付いた。


「加藤さん…」


大丈夫だろうか?


「ほ、ほら。食べよう。冷めちゃうよ?中華は温かいうちに食べるのが一番なんだからさ?」


「う、うん。そうだね…」


そして俺たちは再び一緒に食事を始めた―。



****


 2人で何となく気まずい思いをしながら店を出て歩いていた。道すがら、ポツリポツリと話をした。加藤さんの幼馴染の男について。

俺が幼馴染の事を好きなのか尋ねると、加藤さんは何故か酷くうろたえた様子で結局答えられなかった。


やがてマンションに到着すると加藤さんが言った。


「今日は誘ってくれてありがとう。それに…御馳走になっちゃったし」


「こっちから誘ったんだから当然だよ。それで…明日から仕事なんだよね?」


本当はもっと一緒にいたい。その言葉を言えないのがもどかい。


「うん。そうだよ」


「心配だから…明日から朝、晩…電話を入れてもいいかな?」


「川口さん…うん…いいよ。ありがとう。気にかけてくれて」


加藤さんはどこか儚げに笑った。


「…違うんだ…」


胸がズキリと痛む。


「え?」


「あ、い・いや…勿論心配だって言葉に嘘は無いけども…電話を入れた本当の理由は…加藤さんの声が聞きたいからなんだ。君の事が…好きだから…」


そうだ、やっぱり…俺は加藤さんの事が好きだ。


「か、川口さん…」


すると、突然加藤さんの大きな目に涙が浮かぶ。


えっ?!


俺の言葉で泣かせてしまったのか?


「え?ど、どうしたの?!加藤さん?」


「え…?どうかした…?」


「いや…どうかしたじゃなくて…何で…泣いているの…?」


「え?」


目尻に触れ、自分の涙に気付いたのだろう。


「や、やだ…私、なんで…?」


加藤さんは慌てて目をゴシゴシ擦る。


「加藤さん…!」


俺は彼女の腕を掴み、引き寄せると強く抱きしめていた―。

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