川口直人 36
昨夜、加藤さんから電話の許可をもらった俺は朝から加藤さんに電話を入れてしまった。今朝はコーヒーの話題をした。だから駅前でコーヒー豆を挽いてくれる店を教えてあげた。その後、ついでに仕事が終わった後でも電話させて貰えることになった。
彼女のお陰で、その日は張り切って仕事をすることが出来た―。
午後6時半―
「すみません、お先に失礼しますっ!」
ユニフォームを着たまま、先輩たちに挨拶をして本日の引っ越し現場を後にすると早速加藤さんに電話を入れた。そして、少々強引だったかもしれないけれど、加藤さんを食事に誘った。俺の好きな店、中華料理店…気に入ってくれるといいな…。
ドラッグストアで消臭スプレーを買って、店の外の駐車場で念の為に身体や服に振りかけ、クンクンと匂いを嗅いでみる。
「うん、多分大丈夫だろう」
そして途端に不安になってくる。すみれはユニフォーム姿の俺と歩くのを嫌がっていた。…どうしよう。加藤さんに嫌がられたりしないだろうか…?
一抹の不安を抱えながら駅を目指して歩きだした―。
****
18時50分―
新小岩駅前で加藤さんが現れるのを待っていた。まるでデートの待ち合わせをしているみたいで10代の少年の様にワクワクした気持ちでいる自分自身に驚いていた。
何故、俺はこんなにも加藤さんに惹かれているのだろう…。彼女には幼馴染という好きな相手だっているというのに。
その時、人混みに紛れて加藤さんの姿が見えた。
「加藤さんっ!」
俺はまるで子供の様にはしゃいで彼女に手を振っていた―。
2人で中華料理店に入った。店内は込んでいたけれどもあらかじめ予約をしておいた。折角加藤さんを誘ったのに混雑していて中に入れない…なんて事にだけはなってもらいたくなかったからだ。加藤さんが「ありがとう」と言ってくれただけで心が弾んだ。
加藤さんが選んだメニューはやはり天津飯だった。卵料理が好きなのだろう。俺が頼んだのは酢豚定食。肉体労働をしていると、時々酸っぱい料理が食べたくなってくる。2人でメニューを注文すると尋ねてみた。
「それじゃあさ…オムライスは好き?」
「うん、大好き。特にトロトロで、デミグラスソースがかかっているの最高!」
加藤さんは楽しそうに笑みを浮かべながら答えてくれた。その表情があまりにも可愛すぎて、思わず顔が赤くなってしまった。
「ど、どうしたの?!」
加藤さんが驚いた様子で尋ねて来た。
「い、いや…か、加藤さんが…あ、あまりにも可愛かったから…つい…」
つい、思ったことを口走ってしまう。
「え…?」
すると次の瞬間、加藤さんの顔が真っ赤に染まる。その姿もとっても可愛かった
そして再び思う。
彼女が…俺の恋人だったら、どんなにか幸せなのに―。
「うわ~美味しそう…」
メニューが運ばれてくると、加藤さんの顔が嬉しそうに綻んだ。
「うん、本当だ。凄く美味しそうだね。それじゃ食べようか?」
「そうだね。いただきまーす」
「いただきます」
しかし、次の瞬間加藤さんのスマホが鳴り…彼女の顔がこわばった。それですぐに分った。着信相手は…あの男だと。
「出なくて…いいのかい…?」
加藤さんが心配で声を掛けた。
「うん、いいのいいの。さ、食べよ」
暫くなり続けた後…電話は切れた。
「ね?切れたでしょう?」
「あ、ああ…そうだね…」
珍しい…あの男がこんなにすぐに引き下がるなんて。
「やっぱり美味しい~…」
「前から思っていたけど…加藤さんは本当にいい笑顔で食べるよね」
「そう?美味しい食べ物を口にすると、つい顔が笑っちゃうんだよね」
「そこが…すごくいいと思うよ」
つい、顔が赤らむ。
「川口さんは酢豚が好きなの?」
「うん…夏場は良く食べるかな?引っ越し会社は肉体労働だから…夏場は汗かくんだよね。だから暑い季節は…あ」
そこまで言って気付いた。やはりまずいだろうか…?
「どうしたの?」
「い、いや…現場から直帰してきたから‥ひょっとして汗臭いんじゃないかと思って…。今日はあまり汗かいたつもりはないんだけど…。消臭スプレーもしたしな…」
もしかして自分では気づかなかったけれども匂っているのだろうか…?
「そんな事気にしなくていいよ?私は何も気づかなかったし…」
加藤さんがそこまで言った時、再びあいつから電話がかかって来た―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます