川口直人 16

 加藤さんと帰りの電車に乗って色々な話をした。とても楽しい時間だった。そして電車は新小岩駅に到着した。

2人で一緒に改札を出たところで俺は言った。


「加藤さん。俺は駅で元カノに電話入れてみるからここで別れよう。今日はとても楽しかったよ。ありがとう」


そうだ、すみれにもう二度と連絡しないでくれとはっきり伝えるんだ。


「うん、こっちも楽しかった。今日は付き合ってくれてありがとう。それじゃあ頑張ってね」


加藤さんは俺が彼女とよりを戻す為に電話を掛けるのだとばかり思っているようだった。しかし、それを俺は否定しない。


「それじゃ、またね」


手を振ると、加藤さんも手を振ってくれた。


「うん、また」


そして俺に背を向けて去って行く。


「…」


その後ろ姿を見届けた俺はすみれに電話を掛けた。


ピッ


スマホをタップしてすみれの番号を押した。



トゥルルルル…


すみれ…電話に出るだろうか…?


『もしもし?!』


驚いたことに1コール目ですみれが電話に出たのだ。


「…」


驚いて思わず無言になるとすみれの声が受話器越しから聞こえて来た。


『もしもし、直人なんでしょう?』


気のせいか、その声は嬉しそうに聞こえる。


「あ、ああ…そうだよ」


『良かった…電話掛けて来てくれたのね?待っていて良かった。貴方なら必ずいつか連絡が来ると思っていたから』


その言葉に何故かムッときた。俺なら必ずいつか連絡が来る…?一体それはどういう意味で言ってるんだ?


「すみれ、俺が今日電話掛けたのは…」


『ねぇ、今からマンションに行ってもいい?何かおいしそうなお酒買っていくから…今夜泊めてよ』


え?一体すみれは何を言っているんだ?俺達はとっくに終わっているのに…マンションに泊まるだって?その時、加藤さんの顔が脳裏に浮かんだ。そうだ、俺が今回すみれに連絡を入れたのはすみれと完全に縁を切る為なんだ。俺が今好きな女性は…加藤さんだから。


「すみれ、聞いてくれ」


『何?』


相変わらず受話器越しのすみれは浮かれている。


「もう二度と連絡を入れないでくれ。正直言って迷惑なんだ。俺が今日電話掛けたのはその事を告げる為だったんだから」


『え…?な、何それ…復縁の電話じゃなかったの…?』


すみれの声が震えている。復縁?冗談じゃない。


「復縁のつもりは全く無いよ。俺にはもう…別に好きな女性がいるからね」


『え?!す、好きな女性って…まさか、彼女が出来たのっ?!』


「…何そこまで話さなくちゃならないんだい?そういう訳だから…もう金輪際、二度と電話もメールもしてこないでくれ。迷惑なんだよ」


そして電話を切ろうとするとすみれの必死の声が聞こえて来た。


『やだ!やめてっ!お願い、電話切らないでよっ!謝るから…何でもするから許してよ…直人っ!』


「…ごめん」


短く一言、それだけ言うと俺は電話を切って空を見上げた。いつの間にか空には一番星が浮かんでいた―。


「…帰ろう」


明日からは仕事が始まる。だから…今夜は早く寝よう。


「…」


トボトボと家路を目指して歩きながらさっきの電話の事を考えていた。あのすみれが泣いていたけれども…俺は何も感じる事は無かった。


「俺は…ひょっとすると…冷たい男なのか…?」


1人、俺は呟いた―。



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