川口直人 13
てっきり手を振り払われてしまうかと思っていたのに、加藤さんはそれをしなかった。俺の後ろを大人しく手を引かれてついてくる。その小さな手を握りしめながら、つい期待してしまう。
加藤さんが俺の彼女になってくれたなら―と…。
1月2日という事もあってフードコートは人で混雑していた。しかも中はカップルで溢れかえっている。俺と加藤さんもカップルの様に見られているのだろうか?加藤さんはこの状況をどう思っているのだろうか…?けれど、尋ねることは出来なかった。
「加藤さん!こっちこっち!ほら、席見つけたよ!」
偶然中央に空いているテーブル席を発見した俺は大きな声で加藤さんを呼んだ。
「すごいね…川口さん。よくこんなに混んでいるのに席を見つける事出来たね?」
加藤さんが感心したように席にやってきた。
「それは一生懸命探したからね~。どう?すごい?」
少しだけ格好つけたくなった俺は普段なら絶対言わないような台詞を言ってしまった。
「うん、すごすごい。だって見て、あんなに大勢の人が席の場所取れなくて、うろうろしてるのに…」
尊敬の眼差しを向けてくる加藤さんを見ているだけで、浮かれてしまう自分がいる。
「それじゃ、彼らの為にも早めに食べて場所を移動しよう。加藤さん、先にメニュー選んできていいよ」
照れくささを隠して俺は言った。
「え?そんな‥いいよ、私は後で。だってこの席を確保してくれたのは川口さんだから私の事は気にしないで先に選んできて?」
「大丈夫だって、俺は男だし…職業がら、食べるのは早いんだ。だから先に行ってきなよ」
「ごめんね。なるべく早めに選んでくるから…」
申し訳なさげな加藤さんに俺は笑顔で手を振った。そして彼女がメニューを選びに言ってすぐの事だった。
トゥルルルルル…
突如テーブルの上に置いたスマホが鳴り始めた。
「?」
誰からだ?何気なくスマホに目を落とし、着信相手を見て息を飲んだ。
「さゆり…」
まただ。ここ最近、連絡が無かったのでもうかかってくることは無いだろうと油断していた。
未だにスマホは鳴り続けていたが、俺は無視を続けた。すると10回ほどでスマホは鳴り止んだ。
今更一体俺に何の用があるというんだ?自分から勝手に男を作って別れを告げてきたくせに…。鳴り止んだスマホをじっと見つめていると、不意に声を掛けられた。
「川口さん?」
「あ、あれ?ごめん。もう戻ってたんだね?」
気付かなかった。いつからいたんだろう?
「うん。お待たせ、どうぞ、お昼買ってきて」
見ると、加藤さんの持っているトレーにはハンバーガーセットが乗っている。
「あのさ、先食べてていいからね?冷めると味が落ちちゃうから」
「え…でも…」
申し訳無さそうな加藤さんに笑みを浮かべて言った。
「いいからいいから。それじゃ買ってくるから」
そしてスマホをテーブルに残し、財布をジャケットに入れると俺は席を立った。
「よし、ラーメンと餃子にするか」
色々なフードメニューを探した結果、中華料理にすることに決定した。…本来であればデート時にラーメンと餃子なんてありえないメニューかも知れないが…あいにく俺と加藤さんはそんな関係ではない。ここは食べたいものを優先することにした。
「おまたせ~…加藤さん」
ラーメンと餃子が乗ったトレーを持ってテーブルに戻り、声を掛けた。
「あ、中華にしたんだね」
加藤さんはまだ殆ど食べ終えていない。
「そう、どうしてもラーメンが食いたくなっちゃってさぁ…ってあれ?何だ
か全然減っていないな?食べてなかったの?」
「ううん、そんな事無いよ。ちゃんと食べてたよ?」
「そう‥なら、いいけど…」
やっぱり身体が細いだけあって、食も細いのかも知れない。何しろ加藤さんは抱きしめれば折れてしまうのではないかと思うくらい、痩せている。
そして席についたとき、再びスマホが鳴り始めた―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます