川口直人 11

「あの…」


気づけば声を掛けていた。その時―。


「鈴音…?」


見覚えのない若い男が加藤さんに声を掛けた。


「え…?亮平…どうしてこの駅に…?」


加藤さんが男に話しかけている。

亮平…?

随分親しげに名前を呼んでいるな…。亮平と呼ばれた男は加藤さんに近付いてくると言った。


「だって昨夜メールしただろう?明日何所かへ出かけようかって。何か奢るって言っただろう?」


そして俺の方をチラリと見る。


「でも、私・断ったよね?今日は用事があるからお姉ちゃんと過ごしてあげてって」


「ふ~ん…そっか。男とデートだったのか?だったらはっきりそう言えば良かっただろう?」


「ち、ちが…っ」


な、何だ…この男の失礼な態度は…。一体加藤さんとどんな関係があるんだ?だけどこの男から見れば俺と加藤さんはデートをしているように見えたのだろうか?こんな状況で不謹慎なのは分かっていたが、思わず顔が熱くなる。


「去年までは男と一緒に暮らしておいて、今は1人暮らしになってまた別の男を見つけたのか?随分変わり身が早いな?鈴音…お前ってそういう女だったのかよ?」


男の乱暴な口調は止まらない。


「亮平。待って、そういう女ってどういう意味なの?」


「男にだらしないって意味だよ」


「そ、そんな…」


加藤さんの顔に悲しみの表情が浮かぶ。自分が部外者なのは分かっていたが…もうこれ以上黙って見ていられない。


「おい、さっきから黙って聞いていればあんまりな言い方じゃないか?これじゃあ加藤さんが気の毒だ。それに俺は彼氏じゃない。近所に住んでるだけだ」


ついに我慢できず、俺は亮平と呼ばれた男に抗議した。


「へぇ…でもその割には親しげだったな?第一何故鈴音の苗字を知ってるんだ?」


腕組みしながら言う男の態度にムッと来るも、加藤さんを困らせたくなかったから、出来るだけ心を落ち着かせて言った。


「それは俺が加藤さんの引っ越しを受け持った担当者だったからだ」


「ふん…そう言う訳か?つまりお前は鈴音が気に入って、住所を知っているから付きまとっているのか?いいのかい、それって…職権乱用っていうんじゃないのか?」


な、何だって…?!


「亮平っ!」


加藤さんが強い口調で男に言った。


「鈴音、先に約束していたのは俺だろう?出かけるなら俺と行こう」


男はついに加藤さんの腕を掴んだ。


「いや!離して!」


なんて男だ…!加藤さんの話を聞こうともせずに…!


「おい!加藤さんが嫌がっているだろう?離せよ!」


俺はが男の腕を掴んだ。


「何だよ、お前は!俺と鈴音の事に口出すな!」


男は俺を睨み付ける。こんな男にみすみす加藤さんを渡してやるものか!


「何だ?痴話喧嘩か?」


するとその時、通行人の声が耳に入ってきた。周りを見渡すと、いつの間にか俺たちは通行人達から注目され、何やら囁かれている。いけない、これでは加藤さんを…。


その時―。


「お願いっ!2人ともやめて…!」


加藤さんが声を荒らげ…俺は男から距離を取った。そうだ、俺の行動は加藤さんを困らせるだけだ。相手のお事も流石にまずいと思ったのか、俯いている。

すると加藤さんは男に言った。


「亮平…昨日、お姉ちゃんが私と亮平が一緒にいるとどんな顔をするか分ってるでしょう?」


「あ…ああ…」


頷く男。


「だったらもうやめて。これ以上私はお姉ちゃんに憎まれたくないの。亮平は私に構わないでお姉ちゃんの傍にいないと」


「鈴音…」


男の顔は青ざめている。


「折角来てもらって悪いけど、そういうわけだから帰って。お願い」


そして加藤さんは男の返事を待たずに、俺に向き直ると言った。


「ごめんなさい。お待たせして。それじゃ行きませんか?」


「え?でも…」


本当にいいのだろうか…?男は顔が青ざめているが…。


「いいんです。もう…昨日から断っているので」


そして加藤さんはあるき始めたので、俺は黙って彼女の後をついて行った―。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る