川口直人 10

 年末年始は実家に帰るつもりは全く無かった。父の猛反対を押し切って、会社の後を継がずに相談も無しに引越し業に就職した俺の事を父は完全に見限っていたからだ。



元旦の日は殆どマンションから出ないで過ごした。注文したお1人様用のおせちを食べながら、ネット配信の映画を観たり…ゴロゴロとして過ごした。普段激しい肉体労働の俺には年末年始の休みはリラックスして休める最高の祝日となった。



****


 そして、1月2日―


今日は正月番組で観たいテレビがあった。


「念の為に録画しておくか…」


そしてリモコンのボタンを押してみるも、テレビは全く反応しない。


「電池切れか…」


外へ買い物へ出るのが億劫だった。

一瞬、テレビの事は諦めようかと思ったが考えてみると昨日は一歩も外に出ていない。


「これだとあまりに不健康かな…」


思わず苦笑すると、コンビニへ行く為にニット帽をかぶり、ダウンジャケットを羽織るとマンションを後にした―。



 マンションが近付いてきた時、足を止めた。こちらに向かって歩いて来る人物が目に入ったからだ。


ま、まさか…あの人は…。


新年早々、何て幸運なのだろう。迷うことなく声を掛けた。


「あれ?加藤さんじゃないですか?」


「あ…川口さん」


これから何処かへ出掛けるのだろうか?彼女はダウンコートにジーパン姿、ショートブーツを履き、肩からはショルダーバッグを下げている。今日の彼女も…やはり綺麗だった。


「新年あけましておめでとうございます」


加藤さんは丁寧に新年の挨拶をしてきた。


「あ、あけましておめでとうございます」


緊張しながら挨拶を返すと彼女が尋ねて来た。


「コンビニに行ってきたのですか?」


「あ…。ええ、乾電池が無くなってしまってテレビのリモコンが動かなくなっちゃったんですよ」


「そうだったんですね。てっきり実家にでも帰っているかと思いました。あ、そう言えば昨年はあんなに素敵なものを頂いてしまって本当にどうも有難うございます。毎日使わせて頂いています」


良かった…使ってくれているんだ。加藤さんの前なのは分り切っていたが、思わず顔が熱くなる。


「い、いえ…使っていただけて良かったです。それで…どこかに出かける予定だったんですか?ひょっとして…デート…だったりとか…?」


そんなはずは無いだろうと思いつつ、尋ねた。


「デート?ああ…そんなんじゃないですよ。プラネタリウムに行ってこようかなって思ったんです」


「プラネタリウム…1人でですか?」


まさか本当に…?


「はい。実は何人かの友達に昨夜連絡を入れたんですけど…皆デートだって言う事で誰も予定つかなかったんですよ」


「そうなんですか…」


加藤さんの口ぶりから、彼氏がいない事が理解できる。良かった…それなら…。


「はい、では行ってきますね。失礼します」


しかし、あろう事か加藤さんはそのまま歩き去ろうとする。そんな…っ!


「あ…ま、待って!」


行かないでくれっ!


「…?」


不思議そうな顔で振り向く加藤さん。


「何でしょうか?」


「あ、あの…もし1人で行くなら…お、俺も一緒について行ってもいいですか?!どうせ部屋で1人でいてもつまらないし…。あ、べ、別に暇つぶしについて行こうって思ったわけじゃなく、プラネタリウムって行ったことが無いから興味があって…」


一体俺は何をやっているんだろう…?自分でも顔が赤いのは十分承知していた。こんな様子ではもう加藤さんに俺が好意を寄せている事が伝わっているのは確実だろう。


「プ」


いきなり加藤さんが吹き出した。


「え…?」


「あ…ご、ごめんなさい…。笑うつもりはなかったんですけどつい…。いいですよ?それじゃ一緒に行きますか?プラネタリウムに」


「はい!」



****


 駅前の賑わい通りを歩きながら俺は質問した。


「加藤さん、どこでプラネタリウムを見ようと思っていたんですか?」


「ええ。スカイツリーの中にあるプラネタリウムに行こうかと思っていたんです」


「へぇ~…スカイツリーか…」


「行ったことありますか?」


「ええ、何回か彼女と一緒に…って。あ!す、すみません!」


しまった!つい口が滑ってしまった。


「え?何故謝るんですか?」


「あ、だ…だって加藤さんの前で別の女性の話をして…」


失礼な事をしてしまった。


「いえいえ…別に謝ってもらうような事じゃないですから…気にしないで下さい。大体私と川口さんはお付き合いしているわけでも無いのですから」


お付き合いしているわけでも無い…。


その言葉に…俺は自分でも驚くほど傷ついた―。

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